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173小さな奇跡(筆者)

 

 ここは、東京、日比谷にある、とある喫茶店。

 窓からは、夜であっても途切れることなく車両のライトが多く照らしつけ、皇居のまわりをジョギングしているランナーがたくさん見える。


 ただ、この喫茶店は閉店時間が早く20:00には閉店だ。

 なので、自分としては、この喫茶店を利用することは滅多にないのだけども、実はあの人が働いている会社がこの近くにあるかも、とかいう根も葉もない噂を聞きつけ、もしかしたらと、偶然会えるかも、なんていう妄想を抱きながらも、この喫茶店にいたりする。


 あの人?

 そう、あの人ですよ。


 間もなく、20:00となるので、片付けはじめ、例の喫茶店をあとにする。

 季節は秋、やや冷えており、季節を感じさせる微風が吹き付ける。

 そんな暗がりを日比谷から東京駅丸の内方面へと帰宅の途を歩いていく。


 付近には、明治時代を思わせる建物があり、夜景も綺麗だったりするのか、若い人たちがたくさん写真を取っている。いわゆる映えスポットというのだろう。

 駅前には皇居とへと続く広い石畳の広場がある。薄暗い闇夜の中に映し出される東京駅丸の内、光の演出と建物の煉瓦の陰影がとても美しい。


 周りでは、ある若いカップルたちが結婚式の写真を撮影しているのだろうか、女性は美しい白いドレスにキレイなデコルテ、その隣にイケメンな男がタキシードを着て決めている。

 すぐ近くでは、若い女性同士でキャッキャをはしゃいでいる声が聞こえる。


 そんな中を、自分は東京駅を目指して、一人、真正面に進んでいたんです。

 ただ、本当に偶然だったんですよね。まったく意味はないのだけど、なぜか、そのときだけは気になって、ふと、後ろを向いてしまったのです。


 たまたま偶然です。でも、ちょうどそこに、自分と同じく、東京駅前方面へと歩いていく一人の女性の姿があったのです。

 別にいつもならば、気に留めることなんてないでしょう。

 でもね、似ていたんですよ。どこか面影が、そう、あの人に。


 その人は、いま、自分の真正面にて、何も気を留めることもなく、こちらへと向かって歩いてきます。


 その真正面にいる女性は…、決して、若い人ではないでしょう。

 落ち着いたロングのスカートで、白髪も目立ち始め、ぴちぴちの肌というよりも皺の目立ち始めた肌。


 一言でいえば、お姉さんとはちょっと言いづらくなった年齢ぐらいの人でしょうかね。

 でも…、ですね。例え皺が寄ったとしても、白髪交じりになったとしても、自分にはわかるんですよ。


 あのストレートの髪。

 あの顔立ち。

 あの綺麗な目。

 あの綺麗な腕。

 たとえ、皺がよっても、白髪交じりになっても、あの面影だけは覚えている。


 一瞬、目が合った。


「――さん?」


 ふと、思わず私は、小さくぼそっとつぶやいた。聞こえるかどうかの小さな声。


 けども、偶然なのか、その瞬間だけ、綺麗に雑音がなくなった。

 風の切れる音。周囲の車の音、まわりではしゃぐ人たちの声、それらの雑音が一瞬だけなくなった。

 中学、高校での教室で休み時間にざわついているのが、なぜか急に一瞬だけ静寂になった経験はないだろうか。

 そう、それ。それが、今、ここで起きた。


 本来、雑踏に消えるはずだった小さなその声は、今、目の前にいる人にまで届いた。


 すると、その人はふとこちらを振り返ってくれた。


「えっ。」

「あっ。」


 しばらくの間、沈黙…。


 もう一度、書きます。

 この物語はすべてフィクションです。登場する人物・団体・名称・事件などは架空のものであり、実在のものとは関係ありません。


 だから、この話も筆者の作った単なる物語だと思って読んでほしい。


 風の噂によれば、携帯をトイレに落したらしい。それからというもの、あの日から一切の音信不通になっていた。

 でも、あの日から、ずっと、もう一度あなたに会いたいと思っていた。

 あと一回だけでいいから、一度だけでいいからあなたに会いたいと思っていた。

 でも、決して、会えるわけがないとも思っていた。

 それからというもの、時間は経過し、数年どころか、それ以上の時間が経過していた。

 なんとなく、この付近にいるという情報を聞きつけたけども、どこまで信用できるやら。


 だから、こんなことが起きるなんて思ってもなかった。


 しかも、自分はつくづく運もなければ、周りからも蔑まれてきた男。

 自販機で飲料を買ったら、お釣りも商品も出てこない。

 神社でおみくじを引けば、本来入ってないはずの「凶」を引いて巫女さんも動揺。

 自転車に乗るたびに、警察官が職務質問。

 小学校のうち四年間、中学三年間、高校三年間、全部イジメられ続けた。

 持病のアトピー性皮膚炎をこじらせ、電車に乗れば見知らぬ男に「汚ねぇ」と罵られる。

 そうでなくとも、空いている電車に乗って立っているだけで、見知らぬジイさんに「邪魔だ!」と罵られる。


 そんな人生だった。なにやってもダメな男、そんな男が、唯一、成し得た真の奇跡。

 これを奇跡と呼ばずして何と呼ぶ。


 俺はもう一度呼ぶ。今度は相手に聞こえるように、大きな声で、呼びかける。


「――さん?、――――さんですよね。」


 この東京駅丸の内前の皇居へと通じる広い石畳の広場で、

 美しくライトアップされた東京駅のレンガを背景に、

 一陣の秋を感じさせるやや冷たい風がその人の髪を靡かせ、その人は髪を手で押さえている。


「あっ、―――?。」


 その人は、笑みを浮かべて、こう言うんだ。


「ふふ。―――、元気だった?」


 俺は出会ったんだ。


 そう、あの人に、再び。

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