167消えた妖精(タツヤ)
一体いつからか。引っ越したときぐらいだろうか。おれは、とにかく戻った。あの安マンションに急いで戻った。今はセレブなタワーマンションに移り住んでいるんだが、昔の安マンションも借りたままだった。
急いで、ドアを開け、扉をあける。
机の上に置かれた虫かご。
中には、俺が買ってやった布団が残されている。
近くには、ケーキの食べ残しの残骸が腐敗して置かれている。
けど、そこにアリエルの姿はなかった。
すぐにタワーマンションの最上階にもどり、霞の部屋を叩く。
「霞!、霞!」
中から眠たそうに、パジャマ姿でまぶたを手でこすっている霞がでてきた。
「何よ。こんな朝早くから。」
「もう、昼だろ。それより、アリエルは?、アリエル知らないか?」
「アリエル…??、なんのこと?」
「アリエルだよ。思い出せ。妖精だ、羽の生えた。引っ越す前まで一緒にいただろ?。ほら、いつも虫かごの中にいて、」
「羽の生えた?、何よそれ。虫の魔獣じゃないの?」
「……いや、いい。」
霞は怪訝そうな顔をしているが、状況は俺と同じで記憶からアリエルの存在が消されているのだろう。
これ以上話をしても、埒があかない。
ならば他を頼る。すぐにマンションを飛び出し、リアの店に行く。
「あら、久しぶりね。タツヤさん。レッドダイヤでボロ儲けしてから、まったく地図を作ってくれないじゃない。最近はグローリーホールの近くの地図が需要があるのよ。今度、地図作ってくれない。」
「あぁ、そのうち作るさ。それより、リア、アリエルを知らないか?」
「アリエル?」
「ほら、羽の生えた、生意気な妖精だよ。これぐらいの大きさで、いつも虫かごに入っていたり、おれの肩に乗っていたりしただろ?」
「うん?、タツヤ、大丈夫?、お金持ちになってから少しおかしいわよ。」
「いや、いい。」
リアはバンパイヤ。リアならばと少し淡い期待を抱いていた。でも、ダメだった。
おそらく、他の人に聞いたところで期待はできないだろう。
もう、取り返しがつかなかった。
探したさ。マンションの中。リアの店、ラビリンスの広場に、大迷宮の中。アリエルがいないから、RGF社が建設した設備を使って、グローリーホールの底まで降りたさ。アイギスの城も、宝物庫も全部調べた。
いない。いない。いない。――――どこにもいないんだ。アリエルが。
グローリーホールの底に来たときに、ふと思いついた。アースホールだ。
アースホールっていうのはな、時空間の歪み、自らが所望する場所、時間を見ようと思えば見ることができる。
すぐさま、タワマンの最上階に戻った。
霞は眠そうな顔していたが、「金だ。」と言えば、すぐに目を見開いて「行く!」とついて来てくれた。半信半疑ながらも、アリエルのことを調べてくれるというので、一緒にアースホールまで行ったさ。
そして、見つけたんだ。
久しぶりのアースホール。ここは真っ暗闇の中に、無数の白い球体が浮かんでいる。その1つ1つが過去に時間と空間の歪み。その中から、アリエルがいなくなる瞬間の時間と場所をついに見つけたんだ。
それは、俺たちがタワーマンションに引っ越して直後。
場所は、あの安マンションの俺の部屋。
そこに、半透明というよりも、ほぼ透明になり、消えかけようとしている妖精がいた。
「ねぇ、タツヤ。」
霞がふと俺の手を握った。その手は一瞬ぞくっと震えた気がする。
「うん?、どうした?」
「あたし、思い出しかもしれない。すごい重要なことを思い出したかもしれない…。」
「そうだ。みんな忘れてしまっていたんだ。準備はいいか。行こう。」
「えぇ。」
俺たちは、そっとタワーマンションに引っ越して直後の安マンションの俺の部屋につながる球体に、手を触れた。
景色は切り替わり、昔の俺の部屋へと戻る。
誰もおらず、薄暗い俺の部屋の机の上の虫かごに腰かけて、今に消えそうな程に透明な妖精がいた。
その妖精は、こちらを見つめて話しかけてくる。
「えっと、タツヤ、多分、これを見ているということはきっとアースホールを利用してい見ているのでしょうね。まったく気づくのが遅すぎなのです。レッドダイヤとかに夢中になり過ぎなのです。あたしは妖精アリエル、人々の想いできた純度100%のピュアな妖精なのです。けど、ラビリンスは汚れました。貧民街ができて人々の心は荒んでいくのです。再び戦禍が起きました。人々に余裕がなくなっていくのです。半透明だった体も、もとに戻りつつあったのだけれど、また、透明になりつつあるのです。戦禍で人々の想いがなくなりつつあるのです。おそらくは、もう、この戦禍は止められないのです。人々の想いがなければ、妖精は生きられません。もう無理なのです。だから、こうして、最後にお別れの挨拶を残しておくのです。」
おれは、アリエルへと手を伸ばす。
「おい、やめろよ。アリエル!」
「アリエルちゃん!」
霞も声を上げ、手を伸ばす。
けども、その手は決して届かない。アリエルの体を通過するだけ。
「タツヤは転生者なのです。何度も、何度も転生しても、恵まれた人生じゃなかった。けども、この世界に転生して、幸せになってよかったのです。何せ、こんなに可憐で美しい妖精に出会えたのですからね。それに霞も転生者。記憶がなくとも今の世界を楽しんでもらえたことが何よりなのです。もう、億万長者なのです。それにタツヤと霞はもう、互いに両想いなのです。いい加減に、お前ら、くっつくのです。ブチューの一つでもかますのです。まったく、鈍感なのですよ、二人とも。さて、妖精はどうやら、これで終わりのようなのです。二人とも、どうかお元気で。二人で仲良く暮らすのです。妖精が消えれば、きっと、記憶からも消えるのです。邪魔者はいなくなるのです。だから、あたしのことなんて忘れて、二人幸せに暮らすのですよ。」
「アリエルーーー!」
叫んだ。思いっきり叫んだ。けど、その声は届かない。
「あ、それと、タツヤ、冷蔵庫のケーキ勝手に食べたのはアリエルなのです。一応、謝っておくのです。ごめんなのです。」
その妖精は生意気にも舌を出しながら消えた。
「………。」
「………。」
そして、俺も霞も、しばらく無言のままだった。
もし、ここに時間を戻してやり直すことができるのであればやり直したい。ケーキが欲しけりゃ、いくらでも買ってやる。
けど、アースホールは昔の時間を見せてくれるだけ。
場所を転移させてくれることはできても、けっして、時間を戻すことはしてくれない。
それが、運命。
「アリエルちゃん?」
霞がアリエルに小声で話しかけたが、もう、そこには空の虫かごがあるだけだ。
「アリエルちゃん、アリエルちゃん……。」
霞はその場にうずくまり、涙を流していた。
俺は、そっと、その肩に手を添えてあげることぐらいしかできなかった。
俺は何度も、何度も転生を繰り返した。そのすべて孤独だった。イジメられたり、罪人扱いされたり、蔑まれたり、嫌われたりと、ロクな転生なんて一度もなかった。
そして、今、俺はこの世界に転生し、人生を謳歌している。だが、この人生、幸せか?
俺は霞と出会った。自分が転生する以前に、想いを寄せていたあの先輩によく似ていた。だから、おれは淡い夢を持ってしまった。霞はあの人ではないかと。けど、そんな淡い夢なんて実現するわけないのだ。
そして、金持ちになった。けども、世界は再び戦禍にまみれた。
その戦禍のせいで、アリエルという重要な妖精がこの世界から消えてしまった。
霞に会えたこと、金持ちになったこと、これまでの転生した世界からすれば、幸せだろう。
けど、本当に幸せなのか?もし、望めるのならば、再び、この世界を望みたいと思うだろうか。
今、俺は思う。
結局、何も変わらないんだと。何か変わるわけなどないのだと。この世に幸せなんてないんだと。
俺は、すすり泣く霞の肩に手を添えながら、現実を見ることしかできなかった。




