160ラビリンスが一望できる場所にて(タツヤ)
それからというもの、今まで通りの生活に戻った。地図を作り、リアの店でそれを売る生活。
違うとすれば、家に帰れば、羽の生えた虫がいるぐらい。ラビリンスの住人に毎日イタズラをしているんだとか。迷惑な。
それと、隣人の霞。
霞とはここ数日、話をしていない。霞とは前に約束をしていた。だから、霞とは一度ちゃんとした場所で、虫のいない場所で話をしておきたい。
俺はマッパーだ。地図を調査し、地図を作る者。地図を調査するという技量においては、誰にも負けないだろう。
地図を調査しているとな、意外と誰も知らない秘密の場所なんかを見つけたりするのさ。
たとえば、ここ。
誰も来ない場所だけども、このラビリンスの大都市を一望出来る。頭上には提灯虫と人工太陽の光、そして、下からはラビリンスの街の灯がこの大迷宮を照らし、美しく、幻想的で、ロマンティックでもある。
俺は、そんなところへ霞を連れ出した。
どうせ、例の虫が覗き見するだろうから、家に大量のケーキを家に置いておき、例の虫をケーキにくぎ付けにし、かつ、すべての窓とドアを閉めて鍵をかけ、羽の生えた例のやつが覗きの来ないように厳重に対処した。
やつは、いつも覗き見るからな。
「あら、綺麗な場所じゃないの。」
今日の霞はロングのスカートに、デニムの上着、普段着だろうけども、ロングヘアの頭のお団子が少しかわいいじゃないか。
「で、どこよ?スゴイものって?」
霞も、最初は「何よ。面倒ね。」といって、来てくれなかったので、スゴイものを見つけたと、適当に言って霞を連れ出したのだ。嘘はついてないぞ。見ろよ、この風景。こんなに綺麗な風景はなんてそうはないぞ。
「なぁ、霞、覚えているか。」
「ううん、覚えてないわ。それより、スゴイものってどこよ。」
いや、まだ、何も話してないんだが。霞は金目の話になると別人になるかならな。
いや、いい。構わず続けよう。
「俺さ、前に霞に言ったんだ。『霞が俺を受け入れなくても構わない。それでも、俺は、霞の側にいさせて欲しい。霞が俺を受け入れなくても、俺が大学時代にあなた俺に良くしてくれたことの恩を返させてほしい。オレはあなたの側で君を守りたい。』ってな。」
「ね、その言葉、自分で言って恥ずかしくないの。」
「恥ずかしい…。恥ずかしいさ、めちゃくちゃ恥ずいさ。」
「で、何が言いたいのよ。」
「霞は、自分が探していた人ではなかった。ただ似ているだけの人だった…。」
「そうね。」
「でも、いい。それでも、いい。自分が探していた人ではなかった、けども。それまで、自分は孤独だったんだ。前に言っただろ。自分は何度も何度も転生を繰り返しているって。この世界に転生をして、初めてだった。こんなに人と語らうことも、こうして二人で会うことなんてありえなかった。だから、前に言った通りだ。『霞が俺を受け入れなくても構わない。それでも、俺は、霞の側にいさせて欲しい。オレはあなたの側で君を守らせて欲しい。』」
少しだけ、無言の時間が続いた。霞も、俺の目を見ているけども、すぐにくるっと、背を向けてしまった。
「諦めたの?」
「え?」
思わぬ言葉に少し、びっくりした。
「タツヤってさ。転生するんでしょ。何度も何度も。だったら、まだチャンスあるんじゃないの?」
あぁ、そうだ。俺は何度も何度も転生を繰り返した。霞の言う通り、おそらく、俺は、この世界で寿命を全うした後、ふたたび、転生をするのだろう。けどもだ。ここにたどり着くまでにどれほどの時間を要したというんだ?
おそらくは、再び同じようなチャンスは巡ってくるのだろう。けども、それは、再び永遠とも思える時間を過ごさなければならない。霞は、その永遠とも思える時間を再び待てというのか?
だから、その霞の言葉には返す言葉が見つからなかった。
「そうよ。知ってるわ。あなたは無限に転生を繰り返したのでしょ?ここに辿り着くまでに、どれほどの時間を要したのか。おそらくは永遠とも思える時間を過ごしたのでしょ。辛かったでしょ。また、同じ時間を過ごすなんてとても我慢できないでしょうね。」
霞はわかっていた。この辛さ、無限とも思えるこの時間を再び待つという辛さをわかっていた。
「ねぇ、もう一つ聞てもいい?あなたは、記憶を持ったまま転生したのでしょ?何回転生して、それぞれの転生で何年ぐらい生きたのよ?」
「何回と言われても…。最初は数えていたが、一万回を超えたところで数えるのやめたさ。すぐに死ぬこともあれば、百年ぐらい生き残ったこともあった。」
「だったらさ、仮に50年生きたとしてよ、あなた、少なくとも50万年以上をその人のことを、想っていたということじゃないの。」
「そんな訳ないさ。日々の暮らしの中で、そんなことは忘れてしまっていたよ。」
「でも、覚えていたのでしょ。彼女のこと。でなきゃ、あたしを見間違えるなんてことできない。」
「そうだな。頭の片隅のどこかに、記憶は残っていたのかもな。」
「だったら…、だったらさ、本当にそれでいいの?本当にこんな結末でいいの?あなたはそれで満足なの?」
霞はこちらを向き、俺の肩を掴んだ。心なしか目がうるんでいるような気もする。
「………。満足………しているわけないだろ。」
「そうでしょ。いいわけない。もう、少なくとも50万年以上を我慢しづつけたのでしょ。だったら、もう、報われてもいいじゃない。」
霞は俺の肩から手を下ろす。
「タツヤ…、あたしも転生者らしいわね。でも、あたしには記憶がない。だから、あたしは気楽なのかもしれないわね。でも、あたなは違う。そのすべての記憶を持っている。」
霞は、背を向けたまま、2歩、3歩と歩みを進めた。
「辛いよね。」
あぁ、辛いさ。けども、霞の指摘も、その通りなんだ。俺は無限に繰り返す転生者、気の遠くなるような、永遠のような時間が待つことになるだろう。
突然、霞はくるっとこちらを向いた。
「それより、スゴイものってどこよ?」
「え。」
急な霞の変わりように少しびっくりする。
「だから、スゴイものよ。」
「えっと…、」
「まさか、こんなことを言うためだけに、嘘をついたんじゃないでしょうね。」
「嘘では…ないさ。み、見なよ。この風景。」
最後は、少し声が小さくなってしまった。霞は既にこの風景を見ていて、「綺麗な場所じゃないの。」って言っていたんだ。今さら言ったところで……、
「ふーん。この風景をあたしに見せようと?」
「ま、まぁ、そうだが…。」
「ふーん。合格ね。」
「えっ。」
「勘違いしないでよね。あたしは前にも言ったけど、『好きにすれば』って言ったの。別にあんたなんかに特別な感情なんて持ってないんだから。ただ、少し、女心がわかるようになったじゃないの。」
勘違いしないでよね、って、ツンデレかい。
「なら、俺は好きにするさ。」
「そ。ちなみに、あたしは、あのグローリーホールの底のレッドダイヤを目指そうと思うのよ。」
「また、あそこに行くのか?」
「えぇ、そうよ。地上もすごかった。ノヴァリスという街の進化もすごかった。けどね、現金にならないのよね。現金にするなら、やっぱりレッドダイヤじゃない。だから、一緒に来る?」
「あぁ、ぜひ、一緒に行かせてもらうよ。」
「それじゃ、さっそく準備に取り掛かりましょう。アリエルちゃんも呼ばないとね。」
俺と霞はこの場所から少し歩みをすすめ、帰路へと戻り始めた。
数歩程度、歩いたところで、霞は歩みを止める。
「ね、せめて、この世界だけは、楽しくしましょうよ。」
「………そうだな。」
俺は少しだけ、微笑んだ。何だろうな。自分がな、微笑むなんて、なんて久しぶりなんだろうか。
久しぶりに使っていない顔の筋肉を使ったので、表情が引きつっていたかもしれない。
「ね、タツヤ、いい場所見つけたじゃない。」
ふと、この場所からラビリンスの風景を見る。
ここはラビリンスが一望出来る場所。洞窟内の大迷宮でありながら、暗がりにまるで満天の星空のように、ラビリンスの街並みが輝いていた。




