159マッパーの朝は早い(タツヤ)
地図を作る人を地図、Mapとかけて、マッパーと呼ぶ。
プロのマッパーの朝は早い。
窓のカーテンを開けて、部屋の中へ光を取り込むが、朝といっても、地中なので太陽がないかわりに、ラビリンスの天井に作られた人工太陽と、提灯虫と呼ばれる大深度の洞窟に生息する発光性の虫が照らす青い光が差し込む。
窓からラビリンスの大広場の大木が天井にまで伸びている様子が見える。
ここに来てからというもの、いろいろあった。
いろいろあり過ぎて、最近は、地図作りもほとんど放棄していたので、心を入れ替えて、仕事に勤しもうと思うのだ。
生きていくためには、金がいる。金を手に入れるためには、仕事をしなければならないのだ。
マンションを出て、向かう先は地上へと向かう洞窟口。グレゴリーが地上に到達したせいで、今、ラビリンスは地上ブームだという。リアからも、ぜひ、地上へ向かう洞窟の地図を作ってほしいと言われているので、地図調査に向かおうと思うのだ。
「で、何でお前がいる?」
後ろを振り向けば、いつもの羽虫が宙を飛んでいる。
「悪い?」
「まぁ、別に邪魔しなけりゃ、いいんだがな。」
「それより、霞にちゃんとお礼くらい言うのです。」
「霞には昨日、ちゃんとお礼なら言ったさ。料理がまずいって言ったことも。」
霞にはいろいろと世話になったから、昨日、お礼を言いに行ったんだ。まずいって言ったことも謝ったさ。「別に気にしないで」と言いながらも、顔が笑ってなかったところが少し怖いんだが。
本当は、あの時の続きの話もしておきたかったけども、なんか、こんな場所でするような話ではないし、俺の部屋にはアリエルがいるしと思ってな。また、機会を改めて話をしようと思う。
いろいろとあったが、結局は今までの暮らしを何も変わらない暮らしに戻ったのだろう。
自分が転生した世界の多くは、戦いに明け暮れた世界だったが、少なくとも、今のこの世界は違う。平和な世界だ。
そんな世界でただ、生きるために、仕事を行い、日々を生活を遂げる、そんな日常に戻ったということだろう。
心残りはあるさ。けど、それを不満に思ってたところで、何も解決はしない。
結局、自分にそんな奇跡のような巡り合わせなんて起きるわけがないのさ。
ただ、ただ、孤独に生きては、孤独に死ぬ、という繰り返し、その無限に続く転生生活の中で起きたちょっとした事件というものだろうか。
結局はなにも変わりはない。いつもの同じ毎日。
と思っていたところで、アリエルが俺の頭に乗った。
ブリっ
「あっ、ごめん。おならが出たのです。」
「おい、妖精。お前、一応レディだろ。恥じらいというものないのか。しかも、今の音、ただの屁じゃねぇぞ。中身が出た音だぞ。」
「妖精は、そんなものしないのです。」
少しだけ訂正しよう。孤独に生きては、孤独に死ぬ、という繰り返し、と言った。けども、この世界では、奇跡こそ起りはしなかったけども、孤独ではない。仲間……、以前、仲間かどうかを聞いて、NOと言われたので、怪しいけども、もういい、俺の中では仲間というにしておこう。
そうだ。
この世界では、仲間がいる。今、頭の上に乗っているアリエルに、隣人の霞、そして、仲間といっていいのかわからないけども、朱音やベベルゼルドたちに、グレゴリー、リアにダン。
これほどまでに仲間に恵まれた転生した世界というのは初めてだ。
それに今、この世界では戦争もない。
これまでの転生した世界は、すべて孤独で、いつも戦いというもの巻き込まれていた。
奇跡こそ、起こらなかった。けども、それさえ除けば、こんなに恵まれた世界に転生したのは初めてだろう。
これが、幸せ、なのだろうか。
今まで転生した世界は孤独で、生きることに必死で、幸せという感覚すら忘れてしまっていたのかもしれない。
「ところで、お前、何で俺の後についてくるんだ?お前の仲間、地上にいたじゃねえか。くそセシリーとか言ったか?」
「あら、こんなにも可愛いという妖精がいるというに、出てけとでも言うのですか?」
「あぁ、そうだが。」
「…。ひどいのです……。」
「あ、もしかして、戻っても居場所がないのか。村の引っ越しで置いてけぼりに去れたぐらいだからな。可哀そうな妖精だ。」
「違うのです。」
そういうと、俺の頭から飛び降り、俺の目の前でぐるりと一周して見せる。
「見るのです。この華奢な体、芸術的に美しい羽、つい可愛がってしまいたくなる可愛い顔。」
「うん、虫だな。」
「違うのです。みんなの想いが集まってできた可憐な妖精なのです。」
「想い??」
そう言われて、改めてアリエルの様子を見ると、それまで半透明になっていたアリエルの体がいつの間にか濃くなった気がする。
「セシリー達はこの地下を捨てて、あのノヴァリスという街で人々の想いを集めたのでしょう。けども、あたしは、このラビリンスで人々の想いを集めたのです。どっかのアイギスとかいう奴のせいで、人々の想いは散ってしまったけども、人々の妖精へ想いは決してなくなったわけではないのです。再び集まりつつあるのです。」
目の前の妖精は今度は俺の肩の上に乗る。
「これもラビリンスでイタズラしまくった成果なのです。」
「迷惑な。」
「今じゃ、ちょっと何かあるだけで、妖精のせいじゃないかと、噂されるのです。」
「おい、迷惑極まりないぞ。」
おれの肩の上に乗ったかと思えば、再び俺の目の前を飛ぶ。
「だから、あたしは、地上には戻らないのです。セシリーたちは、このラビリンスを捨て、新たな依代、地上での人々の想いを得たのでしょう。それもいいのです。けども、このラビリンスにもちゃんと妖精を信じてくれる人がいるのです。その人たちがいる限り、あたしはここを離れないのです。あたしは妖精。大迷宮地下都市と呼ばれる地下に住む可憐な妖精なのです。」
「そっか。」
こんなクソ妖精だが、アリエルはアリエルで意外とちゃんと考えているようじゃないか。しっかりとしている。
それに比べて俺はどうだ。こないだまでいろいろとあった。そのせいでただ独りで取り乱しただけじゃないか。
こんな平和で、恵まれた世界なんて二度と転生できないだろう。
だから、今は、ちゃんとこの世界を、転生してきたこの世界を謳歌しようと思う。
「だから、今まで通り、タツヤの部屋に住むのです。」
「……。却下。地上に帰れ!」




