158帰宅(タツヤ)
「おい、ここか?あんたの家はよ?旦那。」
「あぁ、そうだぁ、ここだうぁ。」
足はふらつき、呂律は回らない。ここまで酔ったのも久しぶりだ。もう、リアと何を話したのかも記憶があいまいだ。もう、すべてがどうでもいい気がしてきた。すべてが取るに足らないちっぽけな問題に見えてくる。
ピンポーン!
ここまで付き添ってくれたダンが、俺の部屋のドアのインターホンを押してくれた。羽虫はいるはずだが、奴はドアとか開けられないので、誰も出ないはずなのだが。
ガチャ。
とドアが開いた。
そうすると、なぜか、俺の部屋で堂々と仁王立ちしている霞がいた。それはまるで真の仁王様が立っているかのようなまでの、美しいまでの仁王立ち。そして、その顔からは、憤怒の仁王様の様子が読み取れる。
「タ~ツ~ヤ~、ねぇ、こんな遅くまでどこ行ってたの。」
なぜか、俺の部屋に霞がいて、どことなく怒っているような雰囲気というか、うん、完全に怒ってるな。一気に酔いが覚めた。
「うわ、酒臭いのです。」
アリエルは霞の脇で鼻をつまんでいる。
「えっ、と…、リアの酒場に…。」
「あっ、そう。」
なぜ、こんなにも怒っているのか。
「だ、だ、旦那、そんじゃ、俺はちゃんで送り届けたから、ここで失礼するぜ。」
「あら、どこの誰だかわからないけど、ここまでタツヤを酔わせてくれてありがと。」
と霞はニコッと笑う。笑顔が怖すぎるというのはこういうことか。
「なんだい、こんなに可愛い嬢ちゃんがいるじゃねぇか、浮気は良くねえぜ。じゃな、相棒よ。」
とダンは、とっとと去って行きやがった。
「あら、可愛い嬢ちゃんなんて、お世辞がうまいわね。ここまで連れてきてありがとね。」
と笑顔で手を振っている。で、ダンが見えなくなったところでこちらへ向いてじっとこちらを見つめてくる。
「で、『浮気』ってなんのこと?」
「し、知らんって。なんのことだか。」
「まぁ、いいわ。入りなさいよ。」
入りなさいよって、ここ俺ん家なんだがな。けど、家に入るとすぐに分かった。机の上に鍋が並べてあった。
まだ、食べてないようだ。もしかして、俺のことを待ってくれたのだろうか。
「もう、せっかく元気づけてあげようと、鍋でも作ったきたのに。もう、冷めちゃったじゃないの。早く食べましょ。」
なるほど、それで帰りが遅いんで怒っていたということだろうか。
まぁ、こっちは頼んでもいないので、勝手に来られても………、てな話をしたら、もっと怒るんだろうな。
けど、正直、嬉しい。こんな自分のために食事まで作ってくるとは。
そのときに、ふとリアと話していた言葉が浮かんできた。正直、相当キツイのを飲まされていたようで記憶はあいまいだが。
「今できること、これからやることを考えなさい。」「時間がまだあるじゃないの」
そんなことを話していたような、いないような。
「どうしたのよ。早く席について一緒に食べましょ。」
霞はそうやって、自分に話しかけてくれる。
霞はそんな自分を助けてくれた。霞とはこのラビリンスにきて、自分があの人を探すきっかけになった人。
結局は別人だった。けども、霞の存在は、自分がただ生きるだけという単調だった人生を変えてくれた人なんだ。
霞がいなければ、今もなお、ただ、ただ、生きては死ぬ、という単調な人生を繰り返していただろう。
席につくと、霞が取り皿に分けてくれた。
一口食べてみる……。確かに、冷めているけども、まだ、ほんのりと温かみが残っている。
……まずい。何か、絶対、食べちゃいけないもの味付けに使ってないか。
けど、こんなことを言ったら霞に確実にぶっ殺されるだろうな。
もう一口を口に運ぶ。
……まずいし、冷たいというほどでないにしても、ぬるい…。
でも…、どことなく、温かみがある。少し不思議だ。
さらに一口を口へと運ぶ。
口へと運びながら、ふと気づいた。
自分の頬に、何か冷たい雫が流れている。おそらく、それは涙というものに違いない。
……なんでさ。ただ、冷たくて、まずい鍋を食べているのに…、
こんなに嬉しいのは、なぜなんだろうか?
それに、涙を流すなんて、これまで幾度となく繰り返し、繰り返し、転生してきた中で、初めての出来事ではなかろうか。
「タ、タツヤ?ど、どうしたのよ。」
霞も気づいたようだった。
けど、なんだか、もう、自分がわからない。これからどうすればいいのかもわからない。
霞が出してくれた鍋がまずいんだけども、なんでこんなにも嬉しいんだろうか。
もう、感情が崩壊する。理性が崩壊する。自我が崩壊する。
「霞……、霞……、かすみ………。」
先ほど頬を流れた雫、そこに、今はとめどなく水が流れ続けている。
手には箸を持っているが、すでに箸は進んでいない。きっと鍋がまずいからだろう、と俺は都合いい解釈をする。
「がすみぃ~……。」
けども、もう、声にすらなってなかった
俺は手に箸を持ったまま、霞に抱き着いた。
相当、酔っていたから、酔った勢いに任せたのかもしれない。もし、そうであれば、最低な男だ。
「霞…、鍋が…、まずい………。」
俺に理性はなかった。頭で浮かんだ言葉が、そのまま口から出ていった。俺もまさかの言葉だった。
酷いことを言った。はたから見れば、料理がまず過ぎて泣いている男にも見えるだろう。
だから、霞にぶっ殺されるだろうとも思った。
いい。霞に殴られてもいい。
でも、霞は拒否しなかった。
それどころか、霞は手を俺の頭の上に乗せ、何も言わずにそっと撫でた。
「…なのに、なんでこんなにも嬉しいんだよ。」
自分がなんで泣いているのかすら、わからない。
ただ、今だけは、こうさせて欲しかった。こうしているのがなぜかとても安心する。
そのまま、少しだけ時間が経過した。少しだけだが、混沌としていた頭の中がスッキリした気がする。
「なぁ、覚えてるか。ギルドの裏で俺が言ったこと。」
「えぇ、覚えてるわ。」
そう、俺は、あの日、俺は約束をしていたんだ。
「…今は辞めよう。どうやら、ダンのやつに相当飲まされて久しぶりに酔っているようだ。だから、ちゃんとしたときに、ちゃんと話したい。それに…。」
先ほどに比べれば、酔いも冷めてきたようだ。それに頭の中はだいぶスッキリした。
だから、今ならちゃんと言える気がする。
けども、ちゃんとした状態で言わないといけない気がしたんだ。
それに……、さっきから、背後から別の視線を感じていたんだ。
俺は後ろを振り向いた。
小さな取り皿を手にしながら、この世のものとは思えないほどのニヤつき顔で、アリエルがこちらをじーーーーーっと見つめていたんだ。
「どうぞ、お構いなく~。」




