37.家主の憂い
家主の富貴恵も気をもんでます。
ちょっと長めです(作者比) 区切り方が難しい……
富貴恵の願いが届いたのか夜遅く蒼聖が戻ってきた。珍しく疲労の影が見える。仕事と並行して幸羽のために動いていてのだろう。
富貴恵は手早く夜食を作って居間に運ぶと、男たちは酒盛りがてら話し合っていた。
テーブルに食膳を置くと蒼聖は軽く頭を下げて礼をいうと話に戻る。
「んじゃあ、やっぱり殻ってヤツが原因なんだな」
「ほぼ間違いない。ただ情報が少なくて詳細が不明なんだ。何しろ養母自体が少ない上に、その記録がほとんど残されていない。
龍宮も金銭的援助はしても実際の世話は養母が住んでいる国に任せていたそうだ。 だから、役目後の養母の事は把握していないんだ」
「けっ、用が済めば後は知らねえってか。 権力者ってのはどこも同じかよ」
「ちゃんと暮しの面倒はみてくれるんだから、まだ良心的な方だよ、朗。
だけど今までの養母はどうしてたんだろうね。その人達だって持ってたんだろう?
ああ、そうか、資料がないからわかんないのか」
吐き捨てるように言う朗を宥めてはいるが、歩も面白くなさそうな顔をしている。
「何とかしてもらおうよ。だって、シンちゃんの卵の殻なんだろ? 龍宮の所為じゃんか! 」
富貴恵はそっと目を伏せる。 不運にも世界を渡ることになった幸羽がまた面倒ごとに巻き込まれたのが不憫でならない。
自分を含めて館の皆は幸羽を可愛い妹のように思っているから、憤りを感じているのだろう。
何とかならないものか……
不穏な雰囲気になってしまったが、そんな中でも蒼聖は坦々と話を続ける。
「確かにその通りなんだが、どうやら彼女の殻は特殊らしい。 過去に養母に関わった御老体たちにも訊いてもらったが、力が発現したなんて事は無かったそうだよ。
役目の後に明らかな異変があれば流石に記録に残すだろう。
まあ、極弱い力ではっきりしなかったのかもしれないが、彼女の場合は選定の方法が異例だったから、それも関係しているのかもしれない」
「それどういう意味スか? 」
「前にも言った事があっただろう。 龍宮の養母は予め選ばれた女性の中から指名される事が多い。
特別な家系なんかの女性を選んで教育して、更にその中から選ばれるのだから、おそらく養母になる女性は生命力の保有量が多いのだろう。
彼女のように殻が作用しても身体に影響を与えるほど負担にならなかったのかもしれない」
「ああ、なるほどな。そういう意味でもあいつは普通の娘だった訳だな。
元から無理があったんだよな」 苦い顔で納得したようにうなずく。
「もう、迷惑どころか災難のレベルだよね。 なんであの娘だったんだか! 」 歩は手に持ったグラスの水割りをあおり、スルメを敵のように噛み裂いた。 目が座っている。 それに頷く良太もへのじ口だ。
「向こうの奴らに文句言ってやってもいいよな。 まあ、シンちゃんは卵だったんだから仕方ないけどさ」
龍宮に対して皆の心情が悪化しているのを聞きながら、富貴恵は密かにため息をつく。
幸羽の今の状況を例えるなら、不本意な仕事を押し付けられて、やっと終わったかと思えば後片付けのために身動きが取れない、といったところだろうか。
龍宮側も意図した事ではなかったのだろうが、幸羽の身になって見れば少々恨めしく思っても仕方ないと富貴恵も思う。
けれど彼女は王子と仲良くしているので、うまく納めて、このままの関係を保ちたいと蒼聖と話していたのだった。
「それで、幸羽さんはどうなるんだよ。 あの人、このままずっと閉じこもっていなきゃなんないんスか? 」
蒼聖が詰め寄った良太の肩に手を置いて顔を覗き込む。
「手っ取り早く解決する方法はあるよ。彼女の生命力を増やせばいいんだ。
殻を制御できれば良いんだが、それが可能かどうか分からない。 どういう仕組みでエネルギー変換が起こっているのか不明だからね。
そういうわけで、アレが働いても平気なくらい体内保有量を増やす事にしたんだよ。 百城先生とも相談した結果だ。 幸羽君にはそのための修行をしてもらう」
「修行なんて…… 簡単に言うけど、あの人にできるんスか」
「もちろん、それを可能にする手段は準備したよ。 龍宮からもぎ取ったからね。 責任は取ってもらわないとね」
蒼聖は悪びれない表情で、目を瞠った良太の肩を叩いた。
その日は夜も遅いし幸羽も寝てしまっているので、本人には後日、話をすることになった。 もう少し体調を戻した方が良いだろうという百城からの助言もあったらしい。
蒼聖は夜食を食べ終えると、富貴恵と共に眠っている幸羽の様子を覗きに行った。 どうやら生命力は、順調に回復しているようだ。
食べる量が減っているのだとこぼすと蒼聖は眉を寄せた。 動きも少ないし、部屋の中にばかりいるのだ、当然かもしれないが心配な事には変わりない。
「太郎ちゃんとおやつは食べてるけれど、あの子も気を使っているのか、その時だけ出て来るんですよ 」
細々と情報交換をして、いざとなったら御神水を飲ませる事に決めてから蒼聖は出かけて行った。
仕事が残っているのだそうだ。 多忙な男なのだ、無理をして時間を作っているのだろう。
何かあった時に頼りになる術者がこの館に居てくれることに富貴恵は感謝した。
翌日、朝食を食べながら男たちが、朝帰りのミアに昨夜の話をしている。富貴恵はそれを、いつものように部屋の隅に座って聞いていた。
御飯のお代わりや、食後のお茶を入れたりするための定位置なのだ。 そして、館の住人の話を聞くのが富貴恵の楽しみの一つだった。
尤も、どこに居ても知りたいと思えば館内の事は把握できるのだが、皆が賑やかにしているのが好きなのだ。
だから居間で皆が集まっている所にも、よく参加している。
「修行ですって! あの娘にそんなの無理に決まってるじゃないの」 ミアが長いまつげを瞬かせて呆れた声を出す。 「蒼さんも何言ってるんだか 」
「なんか龍宮から道具を借りてするんだってさ。 それで身の安全は保障されるみたいだよ」
「あのねぇ、あの娘はただの人間なのよ。 生命力増やすような修行がどんなもんだか知ってるの? いくら、命が無事だって…… 」
「まぁ、安全だとは言ってたが、楽に修行できるとは言わなかったな。 それなりの事はしなきゃならねぇだろうな」
「ええっ、そうなんだ。オレ簡単に出来るんだと思ってたよ。 それじゃあ、幸羽さん大変じゃんか」
賑やかな食事風景を見ながら、富貴恵は幸羽の部屋に意識を向ける。 ベッドの住人はまだ身動きしていない。 今朝も食事はいらないのだろうか。
ため息をつくと、せめて、おやつは喜んでくれる物を作ろうとレシピに思いを巡らせた。
昼食の用意を終えて富貴恵が幸羽の部屋の様子を窺うとようやく起き出したようだ。 ベッドの上で膝を抱えて窓の外を見ている。 表情までは分からないが元気そうには見えない。
ご飯は食べられるかしら…… 生命力は殆ど回復したって言っていたけれど、今度は気持ちの方が落ちているみたいね。 どうしようかしら……
虚空を見つめて困った表情で佇む富貴恵に通りがかった良太が首を傾げた。
「どうかしたんスか? 富貴恵さん」
「えっ、ああ、いえ。なんでもないの。それより御昼ごはんの用意できましたよ」
かぶりを振って食堂に促す。
今日は珍しく歩も出かけているため良太一人の昼食だった。 なので、いつもは眷属と食べる富貴恵も相伴することにした。
「幸羽さんは食べたんすか」
「起きてはいるみたいだから、後で声を掛けてみますよ。飲み物と軽食はお部屋に置いてありますから、大丈夫でしょう」
微笑んで心配そうな良太を宥める。
「そっか…… アッ、オレ思ったんだけど、部屋にいるのは結界があるからだよね。 だったら、いっそのこと幸羽さんにお札を張ったらダメかな」
「そうね、今までは安静の為なのもあったけれど、体調が戻ればそれもいいかもしれませんね。 蒼さんに相談してみましょう」
「部屋ん中ばっかじゃ気が滅入るもんな」 同情するような眼差しで良太は幸羽の部屋のある方向を見上げた。
後片付けが済んでから富貴恵は幸羽の部屋に行ってみた。 断りを入れてから部屋に入ると、相変わらずベッドの上に座っていた。
「幸羽ちゃん、お腹は空いていませんか。 昨夜から食べていないでしょう?
食欲がないかもしれないけれど何かお腹に入れないと。 何か食べたいものはない? 」
黙って首を振る幸羽に重ねて聞けば、少し考えた後、小さな声が返った。
「フルーツパフェ…… 」
「えっ、何? 」
「フルーツパフェが食べたいです」 聞いたことのない、おそらく食べ物の名前に目を瞬かせせる。
「ええと、初めて聞いたのだけど、どんなものかしら。あなたの世界のお料理? 」
「アイスクリームに果物とか、クッキーとかシリアルとか生クリームとかが盛り合わせてあるデザートです。 こんな風な脚付きのグラスとかお皿に乗っているんです。
アイスクリームだけじゃなくてフローズンヨーグルトとかシャーベットとかの組み合わせもあるし、アイスもバニラだけじゃなくてチョコとかストロベリーとか色々あって…… フルーツも飾り切りになってて、季節ごとに変わったりするんです。
私が一番好きなのは「れがん」てお店のフルーツパフェなんですけど、友達が集まるとよく行って…… 」
おずおずと話し始めた幸羽は、次第に身振り手振りで説明していたかと思ったら、急に黙り込んだ。
「幸羽ちゃん? 」
「久しぶりに集まって映画を見たんです。 その後に、「れがん」に寄って、私はいつものフルーツパフェ、ノリちゃんはクリームソーダ。 美沙はチョコレートパフェでお腹が冷えるからってココアも頼んで……
亜紀が見てるだけで甘すぎて歯が融けるって、一人だけブラックコーヒー飲んでるの。
それで…… それで……」 うつむいてしまった幸羽の握りしめた拳の上にパタパタと雫が落ちた。
「どうして…… どうして私は、こんな所にいるの」 押し殺した声での嘆きに胸が締め付けられる。 富貴恵はベッドに腰かけて幸羽を抱き寄せた。
幸羽が富貴恵に縋りつく。
「何時になったら帰れるの? 」 「どうやったら帰れるの? 」「もうイヤ、こんな所に居たくない」「帰りたい、帰してよ! 」
しゃくり上げながら、その合間に漏らす言葉に幸羽の悲しみを知る。 富貴恵は、幸羽の背中をさすりながら時折頷いて、泣き止むまで抱きしめ続けた。
「うわっ、何スか、それ? 」 良太が目の前を浮かんで通り過ぎるお盆の上を見て目を瞠る。
幸羽に教わった様に、カットグラスでできた脚付きの器に、様々な果物とホイップクリーム、氷菓を組み合わせて盛り付けたフルーツパフェが乗せられていた。
但し、美しく盛り付けられた器の直径は30㎝はあり、バニラアイスは山のようだ。
「フルーツパフェって言うのですって。 あの娘が食べたいって言うから、張り切ってしまいましたよ」
少し前に幸羽と交わされた話を思い返す。
大泣きして気が済んだのか、幸羽は落ち着いたようだ。 そして、夢を見て元の世界が恋しくなったのだと、恥ずかしそうに話してくれた。
「こんな所なんて言ってごめんなさい。ここに来られて、どれだけ助かっているか分からないのに。
不幸中の大金星でした」
赤い目のまま笑った幸羽に、富貴恵は胸を突かれる思いだった。
「もちろん、良太君の分もありますよ」
「嬉しいけど、流石にソレは多すぎるじゃないスか。腹壊さないか? 」
「大丈夫よ。ちゃんと、温かい飲み物も準備してますよ」 富貴恵は自分の持つお盆を掲げた。コーヒーポットとカップ、そして他にマグカップに入ったココアが乗せてある。
「それに、助っ人もいるし、ねっ 」 振り返った視線の先にはスプーンを持った太郎が立っていた。
次回こそ修行に入れるか……
本日も読んで下さって感謝します。




