36.部屋籠り
フッと意識が浮上して幸羽は目を開けた。
「あれ、また朝?」 目を瞬きながら横になったまま記憶を探る。 蒼聖と話したような気がするが夢だっただろうか。
あれは夜だったような気がする。 幸羽は寝起きで働かない頭にため息をつくと髪を掻き揚げた。
「取りあえず、御飯がまだだってことは確かだわ」
空腹を訴えているお腹に手を当てながら、ゆっくりと身を起こすと太郎が駆け込んできた。 ベッドの上に乗り上げてしがみ付く太郎にビックリしながら受け止める。
「ど、どうしたの。太郎ちゃん」 小さな背中を撫でていると、部屋の外から声がかかった。
「幸羽ちゃん、入りますよ」 気づかわし気な表情で入ってきた富貴恵は、暢気に挨拶をする幸羽を見てホッとしたように微笑んだ。
「ええ、おはよう。 顔色は悪くないようね。 もう、身体は大丈夫かしら? 」
「はい、お腹が空いて目が覚めたみたいです。朝ご飯途中だったし…… 」
「えっ、ええ、そうね。まずは食事にしましょう。直ぐに運ばせますよ」 一瞬戸惑ったように瞳を揺らした富貴恵はいつものように穏やかに話を続けた。
「最近、あなたは体調が不安定でしょう? 外出が多くなったからその影響もあるのかもしれない。
それで、しばらく幸羽ちゃんはこの部屋に居て貰いたいのよ。 此処には殿下の産屋のための結界がそのまま残っているでしょう? だから安心なんですよ。
不便だと思うけど、そうしてくれるかしら。 詳しいことは蒼さんが帰ってきたら話してくれると思うわ」
富貴恵の様子がいつもと違うような気がしたものの、鳴いているお腹に気を取られて深く考えず頷いた。
話をしているうちに誰かが運んできたのであろう食事の乗ったお盆を、富貴恵が受け取って卓袱台に乗せる。
今の幸羽の部屋は王子のために二度目の模様替えで、ベッドや机の置いてある場所が板の間になった変形和室?になっている。
早速、手を合わせて食べ始めお代わりまでしてしまった幸羽は満足そうに食後のお茶を飲む。 そして一息つくと、不意に飛んでいた記憶が戻ってきた。
「あれ、私、そういえば…… 」
蒼さんが帰って来て診てもらったんだった。それで夕飯を食べようと思っていたら、また変になったんだっけ…… 。 やだ、私ってば、なんて迷惑な。
うわぁ、と心の中で叫んで両手を頬に当てた幸羽を富貴恵が怪訝そうにした。
「どうかした?」
「ああ、いえ。昨夜も蒼さんに面倒掛けたなと思って…… 」
「ああ、あの方なら大丈夫よ。よくある事だから慣れてますよ」 そうなのかと頷いた後、苦笑した。
どうやら、富貴恵に同情されるぐらい、あの術者はあちこちで面倒を掛けられているらしい。
「仕事がら仕方ない部分もあるのだけれど。 でも最近はキッパリ断っているみたいですね。なんだか常識のない方も多いのですって」
幸羽はあいまいに頷いた。 自分も面倒をかけている一人なので他人を非難はできない。
それにしても、部屋から出るなとは随分大袈裟な気がする。 こう度々倒れていたんじゃ皆が心配するのも仕方ないが。 実は、悪い病気だったりして。
一人になった部屋で悶々としていると蒼聖が帰ってきた。
そして、思いもよらない話を聞かされたのだった。
「えっ、うそでしょう。私そんなことになってるんですか? 」 幸羽は顔を蒼褪めさせる。
「残念だが本当の事だよ。どういう仕組みかは、まだ解明できていないが殻が関わっているのは間違いない」
「それじゃあ、その殻? は取り出すことは出来ないんですか? だって、もう必要ないですよね」
無意識に胸もとで両手を握りしめる。 縋る様に見つめられた蒼聖は、幸羽を宥める様に穏やかな声で言葉を続ける。
「落ち着いて、幸羽君。その辺りの事もまだ精査中だ。ただ、殻を取り出すのは、おそらく無理だと思うよ。もう君にほとんど同化しているし、幻物質だから扱いが難しいんだ」
「そんな、私…… 」
「今、対策を模索している。 だから、それまでは不自由を掛けるが耐えてくれないか。 最善を尽くすと約束するよ」
肩を落として俯いた幸羽の頭にそっと手が乗せられた。ハッとして顔を上げると蒼聖が少し困ったように微笑んだ。
面倒ばかりかけているのに…… 私ったら…… 幸羽は自分が情け無くなった。 ため息を飲み込んで頷いた。
「はい、分かりました。 よろしくお願いします」
こわばった笑みを何とか浮かべた幸羽は、座った膝に重さを感じた。 気がつくと太郎がいつの間にか側にいて膝の上に座ろうとしていた。
「あら、太郎ちゃんいつの間に! 」 思わず浮かべた笑みは本物だった。
幸羽にとって太郎は癒しの天使だ。悪戯が困りものだが。
頭を撫でられて嬉しそうにしている太郎に、頬が緩んでしまう。そんな自分を見て、蒼聖がホッとしていたのに幸羽は気づかなかった。
それからは蒼聖の言いつけを守ってずっと部屋の中で過ごしていた。 食事は富貴恵が運んでくれたし、部屋を出る際には誰もいないのを確認してから廊下に出ていた。
太郎が時折ぞきに来るくらいで、後はずっと独りでいた。
蒼聖は自分の仕事の合間を縫って、情報収集や龍宮との連絡など動いてくれているらしく、あれから姿を見せなかった。
申し訳なく思いながら、「蒼さんに任せておけばきっと大丈夫」 できる事がないのならせめて邪魔にならない様におとなしく待っていよう。
そう自分に言い聞かせて、過ごしていたが、流石に三日目ともなると気が滅入ってきた。
「はぁ~」嫌気がさした幸羽は大きなため息をついた。夕日が沈んでいくのを窓から眺める。
そういえば、此処に来たばかりの頃も、こんな風に夕焼けを見たなと思い出す。
「何やってるんだろう、私」 急に虚しくなる。
あのころに比べれば今は頼りになる人もいるし、ちゃんと居場所もある。 こちらの暮らしにも慣れてきた。
それなのに、まだ不安がっている。
「成長しないな、愚痴ばかりなんて情けない 」コシコシと手のひらで頬をこすって、暗い表情をしているであろう顔の筋肉をもみほぐす。
「大体何でこんな所に来ちゃったんだろう。私の前世は悪人だったのかな。
そのせいで、こんなことになってるのかな」
何度目かのため息をつくと、夕飯前だが食欲もないし、さっさと寝てしまおうと幸羽はベッドにもぐりこんだ。
自然と涙があふれて来る。構わずに硬く目を閉じて無理やり眠ろうとした。
そして夢を見た。もう懐かしい元の世界の夢だった。
夢の中で幸羽は友達に囲まれて、好物のフルーツパフェを食べて笑っていた。つかの間の楽しい時間だった。
幸羽の夕食を持って階段を上りかけていた富貴恵は足を止めた。視線をを宙に向けて瞬きをすると眉を寄せた。
そして、そのまま踵を返すと廊下を戻る。 良太がそれに気づいて訝し気に声を掛けた。
「あれ、富貴恵さん、幸羽さんの飯どうしたんスか? もしかして、また具合が悪いんだ?」
手の付けられていない食事を見て、心配そうに富貴恵をうかがった良太を安心させるように微笑んでみせる。
「あの子はもう寝ちゃったみたいですよ。あまりお腹も減らないみたいだし」 何てこと無いように明るく言えば
「こんな早くに?」 「幸羽のヤツふて寝したな」
「幸羽ちゃんはお昼寝も好きだしね。 太郎と一緒になって寝てるし! 」 空気の読める男たちが苦笑交じりに混ぜ返す。
「だけどそんな気にもなるよ。一日中部屋に閉じこもっているんだから…… 何とかならないんスか? 」
思春期の男子には気遣いが解らなかったようで、また雰囲気がどんよりしてしまった。 富貴恵は吐息を一つつく。
「そうね、もう少し生命力が回復したら、この家の中なら平気だと思うけれど…… 今の状態だと、ちょっと余計にエネルギーが消費されると、また倒れてしまうかもしれないから仕方ないのよ」
「そうなんだ…… だけど寝てれば治るって蒼さんが言ってたし…… 」
「普通の生活なら減った分くらいは一晩休めば回復しますよ。 だけど生命力は一度枯渇すると完全に回復するには時間が掛かるんですよ。 身体の他の部分にもエネルギーが必要だから、そちらが優先されるんだそうよ」
富貴恵が自分の知る範囲での説明をすると、取りあえず良太たちは納得したようだった。
「早く元気になってくれるといいのだけど。 姉上達にお知恵を借りようかしら。 けれども、肩入れしすぎると窘められるかもしれませんね。
はぁ、早く蒼さんが帰って来てくれないかしら…… 」
富貴恵は身を守る様に、布団の中で小さく丸まって寝ていた幸羽の姿を思い出し胸を痛める。 何もしてやれない自分がもどかしく思えて、らしくなくこぼしてしまう。
そして、頼りになる術者が幸羽の笑顔を取り戻してくれることを願った。
三月中は週一でと思っていましたが、もう四月でしたね。なるべくこのペースで行けるようにします。
文字数は少な目ですけど……
読んで下さって有難うございます。




