38.修行の始まり
やっと話が進みます。修行と云ったら何を思い浮かべますか?
涙によるデトックス効果と、雪山もとい富貴恵特製山盛りパフェのおかげで、元気を取り戻した幸羽は、蒼聖の話を平静に聞いていた。
自分の体調不良は身体の中に残った玉の殻が作用して、生命力を消費してしまうからだそうだ。
何故、どんな仕組みでそうなっているのか解らないが、その所為で修行とやらをする事になった。
幸羽の生命力の量を増やすことで、ガス欠を防ごうという意向らしい。
まったく迷惑な話だ。 そんな変なもの残されても困る。
ごみは放置せずにきちんと持ち帰るのがお約束でしょう。 心の中で愚痴る。
修行なんて草臥れそうな事はできればしたくない。 体力はあっても運動は苦手なのだ。 だけど、そうしないことには危なくて、出歩くこともままならない状態なので仕方が無い。
何でも周りに人がいると殻の生命力の消費が増えるそうなのだ。 うっかり、街中で倒れたりするのは遠慮したい。 だいたい、人の生命力を勝手に使わないで欲しい。
幸羽の口が知らず知らずのうちにへの字になる。
内心でブチブチ文句を言っていた幸羽は蒼聖の声に我に返った。
「それで修行の方法なんだが…… 龍宮からそのための宝具を借り受けた。 門外不出の国宝なんだが、今回は龍宮側に責任があるだろうということで、交渉したら快く貸してもらえたよ」
蒼聖の笑顔がいつもと違う気がする。 何だか、ミアさんに感じが似てる? 幸羽は首を傾げた。
龍宮から貸し出されたのは「幻界絵巻」と呼ばれるもので全部で五巻ある巻物だ。巻物の中に幻界と呼ばれる仮想空間を形成してそこで修行ができるのだそうだ。
仮想空間なので時の流れが異なり短期間での成果が望めるのと、生命の安全が確保できることから、選ばれた宝具だ。 一般人の幸羽が早急に結果を出さなければならない修行にお誂え向きだったのだ。
尤も、巻によって安全性は異なっていて、本来は龍宮の後継者の教材なのだとか。
ちなみに、下から難易度順に、「民」「臣」「王」「仙」「神」となっていて、王位に就くまでに三つ目の「王の巻」まで納めるのが必須とされているそうだ。
「どうかしたかい? そう、それじゃあ実際に展開してみようか」
蒼聖はおもむろにお札を取り出すと、幸羽の額に当て何やら呟いた。
「幸羽君、目を閉じて…… まず、自分の名前を思い浮かべるんだ。何か見えたかい」
言われた通り目を閉じた幸羽は、頭の中で筆ペンで自分の名前を書いているところを思い浮かべた。 すると、目の前に小さな扉が現れた。
びっくりして目を開けるとそこには何もない。 目を瞬いていると苦笑される。
「目を開けては駄目だよ。宝物庫に繋がる扉があるはずなんだが、見えなかったかい? 」 慌ててまた目を閉じる。
「あっ、ええっと、はい。ありました」
確かにクッション大の扉が何もない空間で浮かんでいた。 だが金属製のそれは、宝物庫の扉というよりもコインロッカーのものにそっくりだった。
自分の想像力が貧しいのだろうか。
幸羽は微妙な気持ちになりながら指示に従って開けてみると中もロッカーそのものだった。
「その中に君が使う宝具があると思うんだが、あったかい? それを取り出してくれるかな」
「あの、どっちにしたらいいんですか。両方ですか? 」
「えっ、一巻じゃないのかい」
驚いたような声音に首を傾げる。 目の前のロッカーもどきには二種類の巻物があった。 同シリーズなのだろう似たような装丁の色違いだ。
「はい、二巻あります。外側の色が違うのが…… 」
「どっちも触れるかい? 」
手を伸ばしてみると、同じ位置にある様に見えるのに一つは手が届かない。 そう言えば手前の物を取り出すよう指示される。
目を閉じたまま巻物に手を伸ばして掴み、引き寄せてから目を開けると幸羽の手の中に巻物がちゃんとある。
「うわっ、ホントにある。どこから出てきたの? 」
「うん、上手にできたね。 ああ、私は許されてないから触れることは出来ないんだ。 もちろん開くことも出来ない。 今回は君だけの特例なんだよ」
目を丸くした幸羽が巻物を差し出すが、蒼聖は首を振って受け取ろうとしない。
「そうなんですか。じゃあ、いきなり一人で修行するんですね」
「そうだよ。だから、私が部屋を出てから開いてくれ給え。 後は、その巻物に任せる事になる」
使い方の説明を受け実際に修行を始めることになった。
「頑張るんだよ。 夢の中といっしょで中で何かあっても、そこだけの事で本当は大丈夫だからね」
心細さが顔に出ていたのか苦笑した蒼聖は、宥める様に幸羽の頭を撫でると部屋を出て行った。
一人残されて幸羽は、暫く呆然としていたが気を取り直すと、手にした巻物を恐る恐る広げてみた。 中には何も書かれておらず、白紙じゃないかと首をひねった。 途端、眩しい光が広がるともに突風が吹いて思わず瞑る。
そして、光と風が治まって目を開けると、そこは何もない平原だった。 背の低い草が緑の絨毯の様に辺り一面に生えているだけで、建物どころか木一本見当たらない。 そんな風景が遠くまで続いている。
「ええっと、草原スタート? 」
昔やったことのあるゲームの設定を思い出す。 修行というと山奥のイメージがあったんだけど、これは入門編だからイージーモードなのかも。
などと吞気に考えていると、不意に体が締め付けられる感じがした。というか、これは拘束されているようだと、幸羽が気づいた時には指一本動かせなくなっていた。
「ウソ、どうして」 首から上は自由にできたので幸羽はつい大声を出してしまう。
「なんなの、これ」 それが合図になったかのように、幸羽は歩き、いや、歩かせられ始めた。
まるで 操られているかのように進行方向も変えられないまま進んでいく。
修行は強制ウォーキングから始まるらしいと諦めた頃には既に息が上がっていた。
そして、そのまま休みなく歩き続け、どの位経ったのだろう、疲労で目がかすみ耳鳴りがしてきた幸羽は終に意識を失った。
寝心地の悪さに半分寝たまま寝返りを打とうとした幸羽は、うまく動けない事に気づいて重い瞼を開けた。何かが体に巻き付いているようだ。
首を巡らして見るとそれは巻物だった。 何時の間にか、俗にいう簀巻きにされてた。
「へっ、なにこれ」 ギョッとして一遍に目が覚める。
幸羽がアワアワしているうちに、巻物はまるで生きているかのようにひとりでに解けた。
そして中に浮いたまま、自らシュルシュルと巻き上がると消えてしまった。
寝ころんだまま呆気にとられていた幸羽は、声を掛けられて我に返る。 返事をしつつ身体を起こそうと思うのだが腕に力が入らずに頽れてしまう。
「あらまあ、大変」
部屋に入ってきた富貴恵が慌てて起こしてくれるが、身体全体がくったりしていて座っていることができない。
「やだ、どうしたんだろ私…… 」
情けなくなり泣き言を言うと、後から来た蒼聖が抱き上げてベッドに下ろしてくれた。
「恐らく修行による、疲れの所為だろう。 正常な反応だから心配ないよ。
だけど身体が冷えているね。 少し温めた方がいいな」
蒼聖が眉を寄せていうと富貴恵も頷く。
「お風呂に入ればいいかしらね。その方が疲れもとれるし、回復も早いでしょうから」 思案するように小首を傾げた富貴恵に当惑する。
幸羽もそうしたいのは山々なのだが、この状態で入れる訳がない。 お湯の中で溺れるどころか、風呂場に辿り着けないだろう。
「ああ、えーと、後で、少し休んでからにします」 そう言う幸羽の気持ちに気づいたのだろう富貴恵は分かっているとばかりに微笑んだ。
「大丈夫よ。ちゃんと、お手伝いしますよ。お風呂までは蒼さんに運んでもらえばいいし…… 」
「ええっ、そんな! 」 幸羽は固辞したのだが二人に押し切られてしまった。
結局、幸羽は蒼聖に運ばれてしまったものの、幸いにもミアが返ってきたので入浴介助は彼女がしてくれた。
富貴恵にお世話になると、もれなく眷属さん達?が手を出して来ることになるので遠慮したかったのだ。 幸羽にも人並みの羞恥心はあるので、お粗末な裸体を多人数にさらしたくはなかった。
「ふうっ、やっと少し動けるようになってきたみたい」 ミアに脱がされ、かけ湯をされた後、お湯につけられた幸羽は安堵のため息をついた。
自分が思っていた以上に身体が冷えていたらしい。 ジンジンとしびれているような指先を動かしたり、お行儀が悪いがお湯の中で手首や足首を回してみたりする。 ゆっくり手足をほぐした後、何とか自分で身体を洗う。
「あなたも大変ね。まっ、しばらく面倒見てあげるから頑張んなさいな」
ミアにつかまりながら部屋に戻った幸羽は、用意されていた飲み物を一気飲みすると、そのままベッドに倒れ込んだ。
眠りに落ちる前に修行の事が頭によぎった。
いくら保護するためでも、簀巻きはないよね。 そんなことを考えていたせいか、幸羽は夢を見た。
赤い中華風の衣装を着た若い男が、ぺこぺこ頭を下げている。 気の弱そうな容貌なのになおさら眉が下がっている。
何か謝罪されてそれに答えたのだが、目が覚めた次の朝には話の内容は覚えていなかった。
しかし、修行中の保護が簀巻きからやんわり包まる程度になったので 、あれは「民」の巻物に違いないと幸羽は思っている。
幸羽が修行している頃、居間では……
「どうだ、アイツは? 」
「問題なく始められたようだよ」
「どんな事をするんだろうね」
「さあ、修行の内容までは知らないよ。だが、その人の実力に合ったものが課せられると聞いている。 そんなに無茶な物ではないはずだ。
まあ多少不都合があっても幻界内の事だし、大丈夫だろう。 修行中の身体の方も保護されるそうだから安心だ」
「へぇー、保護ね」
「意識だけ抜けるようなものだから、残された身体は無防備になるだろう? だから最初から、身体を守る様になっているんだよ」
「なるほどね。よくできてる」
「王様仕様に出来ているんだろうよ」
感心したように頷いている歩を横目で見ると、朗はちょっと顔をゆがめてお茶を飲み干した。
保護のはずが簀巻きになったのは、今まで龍国の成人男性が対象だったので、巻物さんは手加減が分からなかったようです。 シンちゃんもいずれ簀巻き仲間になるでしょう。王太子様ですから必須です。
本日も読んで下さって有り難うございます。




