67話 謎、また謎
最終章突入です。
最後まで、よろしくお願いします!
多くの国々が、争い合う戦乱の時代がありました。
たくさんの血が流れ、大陸には哀しみの涙が降り注ぎます。ある者は悲惨な時代の終わりを求め、またある者は大陸統一の野望に燃え、剣を取りました。
群雄割拠の時代が100年、200年と過ぎた時です。我々ヴェーダ帝国が幾多の戦いを勝ち抜き、時に他国と手を取り合い、ついに大陸全土統一を果たしたのです。
ヴェーダ帝国は、傘下の国々の些細な争いこそありましたが、それでも平穏な時間が大陸に過ぎていきました。
100年前、合衆国の一国――グランエンド王国に1人の天女が落ちるまでは。
(ヴェーダ帝国史録―第三の巻―より抜粋)
ぼんやりと、空を見上げる。
雲一つない青空は、元いた世界と何一つ変わらない。
憎たらしいまで似た空に、思わず舌打ちをしてしまう。
昨夜未明、ヴェーダ帝国はグランエンド城を打ち取った。籠城していた平和同盟国の頭や聖女の身柄も確保。それとほぼ同時刻、エドネス王国が平和同盟を破棄し、ヴェーダ帝国の傘下に下る意思を示した。
「これで、ヴェーダ帝国が天下統一。
だけど――どうして、帰れないんだ?」
いつまで経っても、帰れる気配はまるで無い。
寝れば自宅に戻っているか、と淡い期待を込めてみるのだが、元の世界に戻れた試しはない。
香奈子と直接話せば、何か分かるのかもしれない。だけれども、香奈子は敵国の巫女として面会を遮断されている。いや、そうでなくても私は香奈子に合わせる顔が無い。
先に裏切ったのは香奈子とはいえ、こちらも彼女を裏切った。
いい気味だ、と愉悦に浸る反面、どこか悪いことをしたような感じもする。
出来れば、香奈子に話を聞くという選択は、最後までしたくない。
「あー、もう! どうしたらいいんだよ!」
「ミオ殿、何を困っているでござるか?」
気がつくと、ソニアが横に立っていた。
先程まで、残党狩りに出ていたのだろうか。鎧には血が飛沫し、どことなく薄汚れていた。私は鎧から眼を背け、空を見上げる。
「別に、特にないです」
「いや、明らかに困っているように見えるでござるが。
もしかして、間接的に人を殺めてしまったことを――悔いているのでござるか?」
「違う」
首を横に振る。
確かに、私が引き金を引いたことには変わりない。
だけれども、それで悔いて魔術を捨てるのであれば、エドネスにいた時点で捨てている。今さら悔いても、意味がない。
ソニアは何か考えるように、ぽりぽりと頬を掻き始めた。
「うーん、違うでござるか。
あっ、まさか報酬について悩んでいるでござるか?
それなら安心するでござる。ミオ殿は、ヴェーダ帝国を救った恩人でござる。
ナナシ殿と一緒に、相応の報酬が受けられるはずでござるよ。
なーに! 万が一、手違いがあった時には、拙者が直々に上と掛け合うでござるからな!」
「いや、別に報酬とかいらないんですけど」
「うんうん、ミオ殿は謙虚でござる! でも、遠慮なさらなくて良いでござるよ」
ソニアは勘違いしたまま、私の背中を軽く叩いた。
ソニアは、ヴェーダ帝国の軍人であり王族の末席でもある。しかし、ルーシェやエリザベートとは違う。利用価値があるからと言う理由で接してくることはない。この世界では忌避される黒髪なのに、同じ軍に所属するから――ただそれだけの理由で、気にかけてくれる。そんなソニアの優しさが、どことなく胸に浸みた。
「それにしても、黒髪の救世主―――うん、まさにキチョー殿みたいでござる」
腕を組みながら、うんうんとソニアが頷く。
私は、その言葉に首を傾けてしまった。
「キチョー?」
あまり聞き慣れない名前だ。
江戸時代を思わす場所もあるが、どことなく西洋の色が濃い世界において、明らかに異質な響きをしていた。私が眉をしかめると、ソニアは不思議そうに首を傾ける。
「あれ? ミオ殿は知らないでござるか?
ほら、500年くらい前に帝国を統一に導いた女人でござる」
「500年前?」
ぼんやりと、この世界の歴史を思い出す。
100年前まで、ヴェーダ帝国が世界の覇権を握っていたと教えてもらった。時間が無く、詳しいことまで教えてもらうことは出来なかったし、私的には最初の統一の話よりも、100年前に起きた出来事について知りたかったので、詳しく効いていなかったのだ。
どうやら、キチョーと言う名の女性は、天下統一に導いた功労者として語り継がれているのだろう。
「だから、ヴェーダ帝国は他の国と比べて黒髪を忌避しないんですね」
「そういうことでござるよ。
伝説に残るキチョー殿は、素晴らしいお方でござる。
帝国出身ではないけれども、当時は小国にすぎなかった帝国のために誠心誠意働いてくださった女人でござる。
例えば、多くの関所を廃止することで、都市と都市との輸送を円滑化したのは、紛れもなくキチョー殿のおかげでござる。
あとは、軍人という職業を作り出したのも、キチョー殿でござるよ」
どこか得意げな顔で、ソニアは語り始めた。
私は、キチョーと言う人物の偉業に、どことなく違和感を覚えた。
関所の廃止も職業軍人も、理にかなっていることは事実だ。
関所を廃止――すなわち、通行税を廃止することにより、通行税分の金が浮くということになる。通行税分の金が浮くのだから、輸送に必要な金も減る。すると、市場に反映されて、安い値段で品物が手に入るようになる。そうなれば、さらに人が集まり、市場が拡大する――と、授業で習った気がする。
職業軍人を導入することで、彼らを養うために金がかかってしまうリスクもある。
しかし、その一方で、常に武力に秀でた一軍を有することが出来るのだ。
普段は、鎌を握って農作業に従ずる男性と、普段から剣を振るい戦に備える男性とでは、どちらが戦場に投入した際に戦果を挙げるだろうか。単純に考えれば、後者であることに間違いはないだろう。
そう、全て理にかなっている。
しかし――
「その両方とも、日本では信長が始めたことなんだよな」
ぼんやりと、日本史の授業が蘇る。
そこまで、真剣に授業を受けていたわけではない。ただ、織田信長好きの先生が、あまりにも熱く語っていたので覚えていただけだ。
ヴェーダ帝国が統一を果たしたのは、500年ほど前。
織田信長が生きていたのも、500年ほど前。
男女の差はあるものの、同じような改革が、同じ時期に別の場所で起きた。
このような偶然が、あるのだろうか。
考え込んでいると、ソニアが唐突に強い力でつかんできた。
あまりの強さに、私はよろけそうになってしまう。どうしたのかと問う言葉を言う前に、ソニアが口を開いた。
「ノブナガ? いや、それよりも、ニホンと言ったでござるか?」
「いや、気にしないでください。独り言ですから」
「いや、気になるでござる。
ミオ殿は、何故――ニホンの存在を知っているでござるか?」
「えっ?」
私は、呆気にとられてしまった。
まさか、ソニアの口から故国の名前が飛び出るとは――。
「ニホンは、キチョー殿が晩年――帰りたかったとされる場所でござる。
『天下統一を成し遂げれば、ニホンに帰れるのに、帰れない』
と嘆いていたらしく、晩年はニホンに帰る方法を探していたらしいでござる」
「そん、な」
ふらり、と視界が揺らぐ。
ソニアが支えていなければ、私は倒れ込んでしまっていただろう。
天下統一したのに、帰れない。
その事実も、無視できない。それが本当ならば、私も帰れなくなってしまう。
だが、それよりも驚いたのは―――
「帰蝶――濃姫が、この世界に来ていたの!?」




