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黒魔術師と3つのルール  作者: 寺町 朱穂
3つ目のルール
48/77

47話 キャッチボール


枕に頬をつけて、私は横になっていた。

護身用の短剣を腰に刺したまま、倒れ込むように寝台に転がる。普段は制服を脱いで寝るのだけれども、それすらも億劫だった。

だからといって、寝る気にもなれない。もちろん、起きる気にもなれない。ただ、このまま動きたくなかった。身体中が怠くて、吸い寄せられるように横になってしまっている。



「くぅん……」



ぺろりと、ハヤブサが頬を舐めてきた。

私の気持ちを汲んだハヤブサが、まるで慰めるかのように。



「ありがとう」



私は重たい腕を持ち上げると、ハヤブサの頭を撫でた。

ゆっくり、ゆっくり。いつもより、時間をかけて。

ふっさりとした毛並みを撫でると、ハヤブサの不安そうな表情も消えていき――心地よさ気に瞼を閉じた。



「また―――裏切られた」



それは、断定ではない。

だけど、断定に限りなく近い推論だろう。



「考えてみたら―――香奈子とナナシは1度、会っていたんだ」



あの善意おせっかいの塊である香奈子が、ナナシの深編笠に興味を抱かないわけがない。無理やり外した経験があるのだとすれば、ナナシが『逆ハー』にかかり、すでに敵の手の中に落ちていたということだって、考えられるのだ。



「こちらの策戦は、筒抜けか」



作戦会議は、ナナシも当然のように参加していた。

全てがゼクス、及び他の香奈子ハーレム陣に伝わっているとみてよい。



「……やっぱり、人は信じちゃいけないんだ」



ぽっかりと穴の開いた感覚に身をゆだねながら、ポツリとつぶやく。

信じないと生きていけない。だからこそ、信じあえる人間関係の形成が重要になってくる。

そのきっかけを、やっとつかめたと思ったのに―――



「どうしたら、いいんだろう?」



利益を考えて、付き合うのが1番なのか?

でも、それは……なんだか寂しいと感じてしまう。

寂しいと思う私が子供ガキなのか?そうだ、ガキなんだ。

大人になりきれていない、出来損ない。斉藤澪は、精一杯背伸びをしたがっている馬鹿者よ。もっとドライになれ。裏切るなら、こちらも相手を利用するだけ利用して、捨てればいいのだ。簡単なことではないか、『楽』な関係をつくっていればいい。相手を道具のように、思えばいい。割り切ってしまえば、悩むこともないだろう?

……そう言ってしまえば、簡単だ。

だけど―――



「馬鹿馬鹿しい」



思考停止。

今は眠ろう。何も考えずに眠っていればいい。それが1番―――疲れない。

私は、そっと眼を閉じた。ハヤブサの頭に、手を乗せたまま、夢のない世界へと沈んでいく。



「くぅん?」



だけど、ハヤブサが頬を舐める感覚で、沈みかけた意識が浮上する。

まるで、寝るな!寝るな!思考を続けろと追い立てる様に。



「やめて、獣臭い」



私が重い瞼を開けると、ぴたりっと舐めるのを辞めた。

そして、嬉しそうに一吠えする。

何故、ハヤブサは嬉しいのだろうか?

私が起きたから?まさか、今から遊んでほしいのか?そう思ったが、どうやら、違うらしい。

ただ、起きている私を観たかったようだ。その証拠に、再び寝入ろうとすると、頬を舐めはじめる。

瞼を嫌々開けると、嬉しそうに舐めるのをやめる。



「何を考えているの、アンタ」



だけど、ハヤブサは何も答えない。

意図を持って行動しているように見えても、所詮はただの犬。

私は、小さくため息をついた。



「分かった、もう少し起きてる」



言葉の意図が分かったのだろうか?

ハヤブサは、舌を出して尻尾が千切れんばかりの勢いで振るった。



「まったく、犬の気持ちが分かる機械があればいいのに」


支給された白いタオルで、頬にこびり付いた獣臭い唾液を吹きながら呟く。

昔、テレビで視た『犬の気持ちが分かる機械』を思い返す。あの時は、『ふーん、凄いじゃん。でも、別に犬の気持ちなんてどうでもいい』程度にしか思わなかったのだけれども、今はいかに画期的な発明だったか理解できた気がした。



犬は言葉を話せない。だから、考えていることを読み取れない。

そこで、ふっと当たり前のことを思い出した。



「そっか、人には言葉があるんだ」



その言葉の真偽は分からない。

でも、少なくても―――人の表情、仕草、それまでの行動で、なんとなくつかめる。



「考えてみれば―――私が一方的に話しているだけだった」



ナナシのことを聞いてみたことが、なかった。

彼が何を考えているのか、気になっていたけど―――聞いたことがなかった。

言葉を交わした記憶が、本当に少ない。もともとナナシが寡黙だということもあるけど、そのせいにしてはいけない。私が、真剣に気持ちを確かめなかったのがいけなかったんだ。

もちろん、踏み込み過ぎは嫌われる。

だけど、『言葉のキャッチボール』をする努力は忘れてはいけない。

小学校の時に習ったコミュニケーションの基礎中の基礎なのに、なんで忘れていたんだろう?



「馬鹿だな、私」



自嘲気味に笑う。

全ては私のせいだ。

浅い人間関係しか作ってこなかったから――こんな目に合う。

元々の世界に戻ってから、直せばいい?どうせ、こんな世界とは袂を分かつと決めているのだから?

だけど、袂を分かつときまでは、ここにいなければいけない。

その居場所を護るためにも、コミュニケーションは大事なのだ。



「今からでも――きっと間に合う」



私は、立ち上がる。

今日は―――さすがに夜も更けこんでいる。いくら『善は急げ』ということわざがあるとしても、時間帯を考えないといけない。今から突然訪ねても、迷惑なだけだ。だから、今日話すことは、不可能。

明日以降、少しずつでいい。

ナナシのことを知る努力をしよう。



「知らないと―――何もできないから」



寝台から降り、備え付きのベランダへ向かう。

煮え切りそうな頭を冷ますため、夜風に当たりたい気分だった。

きっと、夜風に当たれば―――今後、どうやってナナシと話せばいいのか思いつく。そんな予感がした。




いままで、ずっと『~をしよう』と思い続けてきた。

でも、結局、それを実行に移せたのは極僅か。

思うだけなら、誰でも簡単に思える。

そこから先、行動することが大事なのだ。労力も時間も必要だけど、それをしなければ、目的を果たせない。

『努力しよう』と思うだけではなく、どう努力するのか―――それを、今のうちに考えよう。

即日実行できる手段を考えてから―――再び寝台に戻ろう。



「きゃんっ!」



ハヤブサも一吠えし、ぴょこんっと寝台から飛び降りる。

そして、とてとてと私の後ろを歩いてきた。



「アンタの考えも、分かればいいんだけどね」



ハヤブサに微笑みかけながら、私は月に照らされたベランダに出た。

扉を開ければ、暑いようで涼しい風が髪を撫でる。肌から新鮮な空気を取り込むようで、不思議と心地よかった。桟に両腕を預け、しばらく夜風に吹かれる。

ゆっくりと視線を上にあげてみる。

すると、ぞっと背筋が凍るくらいの星々が広がっていた。



「相変わらず―――星は怖い」



好きだった星も、こうしてみると怖い。

だけど、怖さを押し返し、既知の星を探そうとする。だけど、見知った星は――たとえば、夏の大三角形を形成するデネブやベガ、アルタイルは、何処にも見当たらなかった。

夜空に浮かぶ星の中に、牛乳を溢したような帯が広がっている。おそらく、あれが天の川なのだろう。だけど、それは果たして、天の川なのだろうか?


もしかしたら、デネブやベガは星の大軍に埋もれているだけで―――存在するのかもしれない。

世界が違うのだから、あるわけがない。そう考えるのは簡単だけど、知ろうとする努力はやめてはいけない。さっき、気が付いたばかりだ。言葉を机上の空論に終わらせたくない。



「まずは、星を探そうか」



怖さを堪えて、星を探す。

ナナシと話す内容を思考しながら、しばらく満天の星空を見上げていた。




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