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黒魔術師と3つのルール  作者: 寺町朱穂
3つ目のルール
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48話 茶の息抜き


午睡に丁度良い昼下がり。

のどかな陽光が差し込む自室には、淹れたての紅茶の香りが漂っていた。



「グランエンドは嫌いな国でござるが、茶葉は一流でござるな。

これは、ダージン山麓の茶葉でござろう?」


誰よりも早く茶を楽しむのは、ソニアだ。

まるで、自分の部屋の様にくつろぎ、幸せそうに顔を火照らせていた。

心の底から楽しんでいる様子に私はホッと一息をついたのもつかの間、すぐに落胆する。本日のメインともいえるナナシが、いつものごとく無表情で黙り込んでいるのだ。



「えっと……毒なんか入っていませんから、遠慮せずにどうぞ」



カップに口をつけないナナシに苦笑いをし、私は紅茶を口に含んだ。

もぎたての柑橘類のような爽やかさと、心地の良い渋みが喉を潤す。

こうして紅茶を飲むと、なんとなく緊張がほぐれてきたように思えた。



「しかし、珍しいでござるな。ミオ殿が『茶会をしよう』といいだすとは」



ソニアが、菓子をつまみながら呟いた。

私はニッコリと微笑みを浮かべながら、カップを机の上に置いた。



「せっかく美味しい茶菓子が手元にあるので―――たまにはこういった機会も悪くないかなって思ったんです」



昨日の夜、不自然にならないように話しかける方法を、悩みに悩んだ末に思いついたのが『茶会』という案だ。

案のキッカケは、ふとした弾みに思い出した日本史。

織田信長や豊臣秀吉と言った戦国武将たちは、茶の席で親睦を深めたり、密談を重ねたりしたという。

それを例に、茶と菓子で心を洗いながら、普段考えていることなどを私とナナシ、そして、ソニアの3人で腹を割って話し合おうと考えた。

ナナシと会話を深めたいし、出会って間もないソニアのことも知ることが出来る。我ながらに、妙案だ。

もちろん、そのための茶葉や菓子をどうやって用意するのかが、問題だった。

だけど途中の港町で、買い込んだ茶菓子が残っていたので、すぐに行動に移すことが出来たというわけだ。



「茶を飲み、語り合う――確かに、息抜きも必要でござるな、ナナシ殿」



珍しく深編笠を外したナナシが、コクリと頷いた。

額の十文字の傷が生々しかった。私は傷から目を背け、カツラを外すことにする。



「んー、新鮮でござるな。

素顔のナナシ殿も、黒髪のミオ殿も。例えるなら―――あれでござるな、眼鏡をとったら美少女だった!的な衝撃でござるよ」

「……ソニアさん……」



斜め上を行く発想に、私は笑っていいのか怒っていいのか、よく分からない。

どっちつかずの曖昧な表情を、返すしかなかった。ソニアは菓子をつまみながら、少し首を傾ける。



「む、違うでござるか?

まぁ、とにかく珍しいってことでござる。それにしても、この甘味、卵の味がよく出てるでござるな~。ほどよい甘みで、口が蕩けそうでござる。

甘味は、やはりいいでござるよ。幼い頃、『策謀学の試験勉強を合格出来たら、ドルチェ堂の甘味を買ってあげる』と、母上の言葉に釣られ、必死で頑張った記憶があるでござる」

「あっ、私も似たような経験があります!」



私は、ソニアの話に身を乗り出した。



「むっ、ミオ殿もあるでござるか?」

「はい。外国語がどうしても出来なくて、投げ出しかけた時があったんです。

そんな時、母親が『平均点以上を取れたら、新作のゲーム(おもちゃ)を買ってあげる』と言われ―――必死に音読をやった記憶があります」



結局、平均点以上は取れず―――ゲームソフトはクリスマスまでお預けになったが。

でも、あの時はかなり必死に勉強した。我ながらに、子どもだなって思う。



「ミオ殿の母上殿も、口が上手いでござるな」

「まぁ、私が子どもだっただけかもしれませんが。もしかすると、母親って口が上手いのかもしれませんね」

「子どもを上手く乗せる術でも、使っているのかもしれないでござるな」



どこか考え深そうに、ソニアは頷いた。

私も相槌を打つように、こくこくと頷き返す。



「母親って不思議でござる。怒ったと思えば、次の瞬間には笑っている」

「そうですよね。数秒前まではキレてるのに、友達が来ると笑顔になっているんですよね」

「そうそう!物凄く期限が悪くても、外に出た瞬間、にっこにっこ笑ってるでござるよ!気味悪いくらいに」

「どこの母親も、同じなんですね。そういえばナナシさんのお母様は―――」




『どうでしたか?』と続けようとした瞬間、ハッと我に返る。

私は先程から、ソニアと楽しそうに話し続けている。

いや、ソニアとしか話していない。

まずい……ソニアとも交流を深めるために呼んだのだけれども、今日のメインは彼女ではないのだ。

先程から普段の様に黙り込んでいるナナシと交流を育むために、開いたのに。

これだと、私とソニアの女子会になってしまうではないか。



「……」



それと同時に、『しまった』という文字が頭に浮かんだ。

何故、その場のノリとはいえ……ナナシに母親の話を振ってしまったのだろうか。

ナナシは、この世界で忌避される黒髪の持ち主。

絶対に、生い立ちには複雑な事情があるに決まっている。私とソニアは―――母親を急病で亡くした同級生に、自分の母親の悪口を意気揚々と語っていたくらい空気を読めてない行動をしていた。

その証拠に、ナナシは黙って下を向いたままだ。何も話さない。



(ちょっと、プライバシーにかかわり過ぎたか)



やっぱり、そこまで互いのことを知らない現段階では―――深く踏み込み過ぎる話題だった。

もう少し無難な話題に、切り替えよう。例えば……好きな食べ物とか?

いや、露骨に話題を変えすぎで、気まずくなってしまうかも……



「母親は、いない」



ナナシは、小さく呟いた。

ソニアですら、気まずそうに黙り込む。



「だが、育ててくれた女はいる」



それで、沈みかけていた空気が若干だけど軽くなる。

私は勇気を出して、聞いてみることにした。



「その義理のお母様は、どんな方ですか?」

「……妙な奴だった」



ぽつりと、ナナシは呟く。

紅茶のカップを持ちながら、昔の記憶を呼び起こすように淡々と語り始めてくれた。



「私を拾った理由は、『行き場がない子』だから。

その日の飯にも困るのに、食べ盛りの私を引き取った馬鹿な奴だった」



ナナシの無表情がフッと緩み、口角が上がった。

そのことに、ナナシ自身は気が付いていないみたいだ。

淡々だけど……胸に切なさを感じさせる優しい声で、ゆっくりと義母のことを話す。



「さっさとソウレ山に送ればよかったのに、それをしなかった。

畑仕事の合間に剣術を教えてくれて、読み書きも教えてくれた。――村人が黒髪の俺を追い出そうとしたときなんか『息子を追い出せるか!』と逆に一喝していたな」

「……優しい方なんですね」



私が呟くと、ナナシはキョトンとした表情を浮かべた後―――苦笑いをする。



「優しいといえば、そうだな。

だが、『世界は優しくない』」



それはまるで、さほど興味のなかった映画の感想でも述べる様に。

最後の一言は、再び場を暗くさせる。ソニアは、ぽかんっと口を開いて理解してないようだが。



「それは、お前も分かってるだろ?」

「……」



私は、普段のナナシの様に黙り込んでしまった。

そして、ややあってから頷いて見せる。そう、世界は優しくない。むしろ、残酷だ。

この世界に来てから、身に染みて思う。もちろん、思い返せば元の世界だって残酷だ。

裏切られたり裏切ったりの繰り返し。完全に信頼し合える関係なんて、滅多にできない。でも、しなければならない。そんな複雑なようで単純なようで、どこもかしこもよく分からない世界だ。



「残酷、でござるか……」



まるで、そうは思わないと言いたげな口調でソニアは囁いた。

私が不思議そうな顔をすると、ソニアは笑って応えてくれた。



「残酷じゃなくて、面白いと思うでござるよ?」




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