45話 夏空の下で
容赦ないくらい日差しが強い。
強い日差しに対抗するような、生き生きとした彩の花々は、まさに夏真っ盛りだということを表している。しかし、その間の白い石の道を歩きながら―――ふと、疑問を覚えた。
「不思議ですね、そこまで暑くないです」
だけれども、不思議と汗水たらす暑さではない。
むしろ、心地の良い暑さというべきか。旅の途中に感じていた熱風ではなく、甘い花の香りを孕んだ爽やかな風。
「これはね、城にかけられた太古の魔術らしいよ」
半歩先をを歩く香奈子が、ふんわりと微笑む。
結っていない金色の髪を、軽く風になびかせていた。私は帽子の下のカツラがずれていないことを祈りながら、香奈子の言葉に耳を傾ける。
「城に住まう人々が、いつなんどきも快適に過ごせるようにするための魔術なんだって。
ヴェーダ帝国には、こういう魔術はないの?」
私は、曖昧な表情を作る。
―――エリザベートに聞いておけばよかった。後悔をしながらも、『護衛隊副隊長』の肩書を背負うミールとしての回答を探す。
「さぁ―――、いままで、こうして庭園を散策する時間はありませんでしたから」
「えっ?時間がなかったの?」
まぁっと驚いたように、香奈子は口に手を当てる。
「私は、修行一筋でしたので」
自嘲気味た笑みを浮かべる。
すると、香奈子の顔に何となく理解したような表情が浮かんだ。
「だったら、グランエンドにいる間は、のんびりしよう!」
香奈子は、屈託のない笑みを浮かべる。
それは、本当に純粋な気持ちで放たれる言葉だ。不思議と罪悪感のようなものが、湧き上がってくる。もちろん、この気持ちに負けることなく、ことを進めるつもりだが。
「ええ。ありがとうございます」
はにかみながら私は、頭を軽く下げた。
香奈子は、ダメダメと指を振る。
「ミールさんと私は、友達だよ?敬語はなし!」
やっぱり、その言葉が来たか―――と、想いながらも、ここは拒否することにする。
「すみません。私は、エリザベート陛下の部下にすぎません。天女様とこうして歩くということ自体が、本来ありえないことなのです。身分が違いすぎます」
「つまり、敬語を使うってこと?」
「はい」
その後の反応を何となく予想しながら、私は前を向く。
きっと、香奈子はムッと怒って
「そんなのだめ!じゃあ、これは命令ね。私と一緒のときは、敬語禁止!」
と、予想通りの言葉をかけられる。
これこそ、私の思うつぼだ。私は、やれやれっと疲れたような顔を浮かべる。
「仕方ない。だけど、他に人がいるときは――敬語を使うよ。それでいい、香奈子?」
「やった!」
香奈子は、飛び上がらんばかりに喜んだ。
「私!ずっと対等のお友達を探していたの!ナンシーちゃんは、いつもメイドとしてしか接してくれないのだもの」
私の手をつかみ、無邪気な子どものように東屋へ走り出した。
入道雲の下、ふと―――昔にも、こんなことがあった―――と思い出す。
そう、あれは、まだ私と香奈子が知り合って間もない頃。
完璧超人の香奈子に引け目を感じていた私は、ずっと敬語で話しかけていた。それを、香奈子がキレて、敬語をやめるように迫ってきた。
それに怯えた憶病だった私は、おそるおそる敬語を辞める。
すると、香奈子は今のように嬉しそうに走り出したのだ―――まるで、私の手を絶対に離さないと誓うように強く握りしめて。
「これから、時間がある時は一緒にお茶会をしよう!」
白い東屋に辿り着いた香奈子は、心の底からの笑顔を浮かべた。
そう、それは女神であっても跪くような眩しい笑顔を。私は目を細めながら、すすめられた席に着く。
そこには、すでにティーセットとマフィンに良く似た菓子が置いてあった。
「美味しそうですね」
「でしょ!私、このお菓子が好きなの。遠慮しないでね」
そう言いながら、香奈子は紅茶を注ごうとして来る。
私はその手を制し、自ら注ぐことにする。香奈子は申し訳なさそうな表情を一瞬浮かべたが、止めることはしなかった。
「ミールさんは、どのような武術をやってるの?」
紅茶を啜りながら、香奈子は尋ねてきた。
同じタイミングで注いだ紅茶で、カップもどちらが取るか分からなかった。
毒や眠り薬と言ったものは、入っていないようだ。だけど、念には念を入れなければ。
私は、紅茶を口元に運ぶ。口は真一文字に結んだ状態で。つまり、飲んだふりをしたということだ。
「私が使う武術、を?」
「うん!知りたいなって思ったんだ」
この問いに対する答えは、もう出来ている。
「ヴェーダ帝国に伝わる格闘技です」
剣タコがないのだから、こう答えるしかない。
実際、ルーシェからは、黒魔術以上に格闘技のようなものを教わっていたし。
「それの使い手なの?」
「使い手、といわれると悩むけど……まぁ、私には魔術の才能がないから、こっちを極めることしか出来なかった」
「魔術の才能……あれ、でも魔術は誰にでも使えるって……」
なるほど、その程度の知識はあるようだ。
私は、この国でソレすらも教えてもらえなかったけど。
「実用的に使えるレベルじゃないってこと。
そう言う人は、一般人には沢山いるんだ」
わざと、『一般人』という所を強調してみた。
香奈子は、少し寂しそうにマフィンを頬張る。
「残念だな……ミールさんに魔術のことを教えてもらいたかったのに」
「ごめん。でも、あなたには優秀な魔術師が付いて教えてくれているんでしょ?」
私が問いかけると、香奈子は寂しげに首を横に振るう。
「みんな、『天女様ならで来ます』『それで大丈夫です』の一点張りなの。
これで平気なのか―――ちょっと不安で。だって、とても簡単だったんだもの」
……おい。
それって、言葉通りの意味だったんじゃないのか?
天災的なスペックをもつ香奈子は、大抵のことならパパッと出来てしまう。たぶん、魔術でもそれは同じ。
「大丈夫って言われてるなら、悩まなくていいんじゃない?
ダメならダメって指摘してくれると思うから」
「そう……かな?」
「そうだよ。だから、安心していいんじゃない?」
不安な人には、安心するような声がけが大切。
保健の授業で、そんなことを習った気がする。
「ありがとう、ミールちゃんって優しいね!」
「何か悩んでいたのか、カナコ」
私と香奈子は、弾かれたように顔を上げた。
唐突に現れた顔に、私は驚きを隠せない。震える手を抑えきれずに、カップが揺れる。
「あ、貴方様は―――」
雪のような髪、得物を狩るような冷淡な眼―――そう、それは私の恩人であり―――
「なんだ、ヴェーダの従者。そこまで怯えることもないだろう」
逆ハーの一員に成り果てたゼクスが、柱に背を預けていた。
心臓が高鳴る。
どうして、ここにいるのだろうか?額から汗が流れる。
「ミールちゃんに、ナニかしたんですか!?」
ガタンっと香奈子は、覇気を放ち立ち上がる。
その覇気をさらりと受け流し、ゼクスは私に歩み寄ってきた。
「ふん、ヴェーダの小娘が勝手に怯えただけだ―――ん?」
何かを考え込むように、ゼクスは私を睨みつける。
冷や汗で背中がビッショリと濡れていくのが、分かる。
逃げたい。この探るような眼から―――見下してくる瞳から―――この東屋から、私の正体に気が付かれる前に―――
「お前――――」
その先の言葉を聞きたくない。
だけど、逃げることが出来ない。逃げてしまったら最後、私の居場所はなくなってしまう。
私の居場所だけではない。ヴェーダ帝国の存亡にもかかわってくるのだ。
私は最後の抵抗をするように、ギュッと目を閉じた。




