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黒魔術師と3つのルール  作者: 寺町朱穂
3つ目のルール
45/77

44話 これからの選択




「――しんどいでござる!!」



バンッと扉を開けて、ソニアが荒々しく入出してきた。

額に汗を浮かべ、倒れ込むようにエリザベートの足元に転がり出た。エリザベートは不思議そうに首をかしげる。



「どうしましたか、ソニ――」

「つきまとわれているでござる!!」

「付きまとわれている、のですか?」



エリザベートに代わって、私が声をかけた。

ソニアは泣き出しそうな顔で、肩を震わせながら頷く。



「もしかして、香奈子に?」

「違うでござる!あの伯爵にでござるよ!」

「伯爵?」



てっきり、香奈子に一方的に懐かれ追われているのかと思ったが―――何故、チェインに追われているのだろうか?たしかに、チャらい男だったけど、人に付きまとう奴ではなかったはずだ。まさか―――ソニアみたいな残念系が好みなのか?

いや、何を考えているんだ、私。

この状況で付きまとうってことは、こちらの動きを監視してるってのが1番考えられるではないか。ソニアが一番、情報を漏らしそうに視えたのだろう。

チェインは、軽いノリで話しかけてくる。こちらが緊張を緩めて、ぽろりっと作戦を口にすることに期待しているように思える。―――相手は『様子見』状態であり、こちらの作戦はそこまで見通せていないのだから。



「馬鹿な伯爵。ソニアは色々と残念だけど、そのあたりはわきまえている。

簡単に秘密を漏らす人間のわけがないのに。命令には馬鹿なくらい忠実だから」



エリザベートは、微笑んだ。



「あ、ありがとうでござる!―――誉めてくれたんでござるよな?」



ソニアは嬉しそうに笑った。

それに対して、エリザベートは何も言わずに、微笑みを返しただけだった。



「まぁ、相手が警戒してくるのは予想通り。

さて、次の一手はどう打ちます?」



エリザベートは、何も言わずに壁に立つナナシへ視線を向けた。

ナナシは相変わらず黙ったまま、何も答えない。エリザベートは何故、ナナシに視線を向けたのだろうか?その真意を図っていると、今度は私に視線を向けられた。



「ミオ―――いえ、ミールは、どう考えます?」

「私が、でしょうか?」



私は、視線を上に向けた。

とりあえず、こちらの動きは警戒されている。

私の『黒魔術』を使用した警戒網が発動していないので、外側から監視されているに過ぎない。到着してから、エリザベートは体調不良を理由に、ここから出ていないのだ。

盗聴器のようなものがあったとしても、仕掛ける暇はない。

エリザベートは純粋に、『副隊長ミール』の意見を聞きたいのだろう。私は一旦目を閉じ考えを纏め上げる。そして、ゆっくりとエリザベートに向き直った。



「相手が諜報員を望んでいるのであれば、こちら側から誰かが『エリザベートを裏切りたい』ように見せればいいのでは?」



いわゆる、『苦肉の計』という奴だ。

『三国志』におけるもっとも有名な戦い『赤壁の戦い』において、披露された作戦を思い返す。

曹操軍に対し、明らかに劣勢な司令官の周瑜を罵倒した黄蓋は兵卒の面前で鞭打ちの刑に処される。黄蓋は周瑜を裏切り、曹操軍への投降を決めるのだ。曹操は黄蓋の申し出を受け入れるのだが、それこそが黄蓋の思うつぼ。

黄蓋の投降は偽装であり、それこそが曹操軍を倒す秘策に結びついていくのだった。




「なるほど。しかし、それは無謀極まりない」



エリザベートは煙管を吹かしながら、告げる。



「ブルースに看破される。それを言いくるめる自信があるのか?」

「はい」



難しいと思う。

だけど、私は断言した。ミールとしても、澪としても、ここで策を成功させなければ、負けてしまう。チェスでも将棋でも、もちろん戦場でも、一手でも二手でも先を読んだ方が勝ちであり、それを即行動する力が大事なのだ。

しかし―――



「ダメだ」



それを否定したのは、今まで口を閉ざしていたナナシだった。

まさかナナシに否定されるとは思っていなかったので、目を丸くしてしまう。



「どうしてです、ナナシさん?」

「……」



それに対して、ナナシは無言を貫いた。

代わりにエリザベートが、ため息交じりに口を開く。



「ミールが、ブルースを出し抜けるとは思えません。この作戦は保留ですね」

「そう、ですか」



役立たずといわれたみたいで、少し悔しい。

だが、それが事実なら従うしかない。私は、いくら修羅場を歩んできたとはいえ数か月前まで女子高生。戦場とは無縁の一般人だったのだ。プロの言うことには、逆らわない方がいいのだ。納得がいかなく、胸にモヤモヤしたものが残ったが―――捻じ伏せる様に納得させる。



「他には、ないですか?」



他に思いつく作戦なんて、限られている。

軍記物として唯一、読んだ記憶のある『三国志』を必死に思い返しながら、私は1つの作戦を口にした。



「香奈子の取り合いで、離間させるのはどうでしょう?」

「なるほど、カナコを取り合わせることで、仲違いを起こさせるか。この状況で出来るか分からないが……検討しておきましょう」



エリザベートは立ち上がると、ポンッと私の肩を叩いた。



「頼りにしています、ミオ殿」



その言葉の真意が、私にはわからない。

今まで提案した作戦は、すべて却下されたのに。

ミールには期待せずに、澪には期待するということなのだろうか?

周囲を監視する『黒魔術』を使用する澪が必要で、偽物の副隊長であるミールは必要ない。

そういうことなのか?いや、でもエリザベートの口元に浮かび続けている不敵な笑みを視る限り、それだけではない気もする。



「では、ソニアはチェイン伯爵に気を付けてくださいね。

ナナシ殿も、くれぐれも笠を外さないよう。

ミオ殿も引き続き、監視をよろしくお願いしますね?」



あとは、下がりなさい。ご苦労様でした。

エリザベートは、それだけ言うとベッドに横になってしまった。どうやら、話はこれまで。作戦もろくに決めずに、今日は帰れ!ということらしい。

ソニアは隣室に真っ直ぐ戻り、私とナナシも与えられた部屋へと向かう。



「……陛下は何を考えているんだ?」



つい、私は呟いてしまった。

隣を歩くナナシは、黙ったまま何も反応をしめさない。



「ナナシさんも不思議に思わないですか?ちょっと、オカシイです」

「……」



ナナシは足を止めて、じっと私を見下ろす。

何か言うのかと思って、ナナシの顔を見上げる。だが、一向にナナシは何も話さない。ただ、黙って私を見下ろしているだけだ。

なんとなく恥ずかしくなってくる。まるで、『そんなことも分からないのか?』と言われているみたいな気がして―――



「ど、どうせ!私は陛下の考えを察せられないくらいの馬鹿者ですよ」

「………馬鹿ではない」



ポツリ、と――本当に、たまたま零れ堕ちたような呟きを残し、ナナシは部屋へと入っていった。私はしばらくその場に立ち尽くしていたが、見回りの近衛兵の声で我に返る。



(何もわからない)



ベッドに横たわりながら、考える。

エリザベートの真意も、ナナシの呟きも―――ミールとして、どう動けばいいのかも。



(果たして、これでいいのだろうか?)



敵の動きは、あくまで『様子見』。

この間に、どう動くのかが必要なのではないだろうか?

それとも、斉藤澪わたしの知らないところで、何かしらの策戦が進んでいるのかもしれない。だとしたら、その策戦は何だろうか?それを見越せなければ、こちらも動きようがない。

エリザベートの思うがままに動いても、香奈子に復讐できると思う。

でも、自分の力でやらなければ意味がない。そんな気がするのだ。自分でやらなければ、達成感も快感も、味わうことが出来ない。



「1度くらいは―――自分で、やりかえしたい」



完全な存在である香奈子に、いつも私をどこかで見下している香奈子に、勝ちたい。その天狗の鼻を完膚なきまでに、へし折ってやりたい。



囁きは誰にも聞かれることなく、私は眠りに吸い込まれていった――――



















りりん



警戒音が、脳内に響く。

それと、ほぼ同時に扉が叩かれた。

私は跳ね起きる。カツラがセットされていることを鏡で確認すると、慌てて扉に駆け寄った。

カーテンの隙間からは、朝日が差し込んでいる。

どうやら、ろくに夢も見ずに寝込んでしまったらしいが―――――― 一体、だれが尋ねてきたのだろうか?警戒音が鳴り響いたということは、ヴェーダ帝国以外の人間が尋ねてきたということ。



「なんか、嫌な予感がするね」



ハヤブサが、眠そうに伸びをする。

これから起きることを予知しているのか、箪笥の影で隠れるように。



「はい、どちら様でしょう?」

「あっ、ミールさん!私――香奈子です。遊びに来ました!」



……嫌な予感的中。

私は、小さくため息をついてしまった。



今日は、『ミール』として忙しくなりそうだ。



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