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黒魔術師と3つのルール  作者: 寺町朱穂
2つ目のルール
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23話 深編笠と洗脳の魔術


家の中に足を踏み入れた瞬間、若干ひきそうになった。

なにしろ、青白い燐光が至る所に漂っていたのだ。まるで、これが『ランタンの代わりだ』とでも言いたげな位置に漂う燐光に、ハヤブサなんて尻尾をくるませ怯えきってしまっていた。

私の後ろに引っ付くように、こわごわと震えている。



「『これ』を灯り代わりにするなんて、非人道的だと思うかい?」



ルーシェは、面白そうに笑いながら燐光を指さした。ハヤブサは物凄い勢いで首を縦に振り、私は首を横に振るった。



「私も灯り代わりに使いましたから。もちろん、あまり好まれる方法とは思いませんが」

「まぁ、その通りだな」



ルーシェは煙草を灰皿に押し付け、ぐりぐりと消す。



「さて、あのムッツリが人の命を救うなんて珍しい。黒髪だったからってだけで、手を差し伸べる奴じゃないからな。

何か気に入られることでもしたのか?」

「気に入られるも何も、ほとんど関わりがありませんでした」



それは、事実である。

私とナナシは、ほとんど接点がなかった。だから、いきなり助けて貰えた時には、本当に『おどろき』以外の何も思わなかった。むしろ、私をはめているのではないかとまで思ったものだ。



「ふ~ん。俄かに信じがたいな。

『何の理由もなく人を助けるわけがない』っていう奴だからね。だから、アイツが助けたって言うアンタに興味がわいたんだけど……」



ことことと音を立てながら、湯気の立つ茶色の液体を注ぐ。湯気とともに甘い香りが漂ってきた。べったりとした甘さではなく、どことなく爽やかな雰囲気の甘い香り。かぐだけで、なんか落ち着いてしまう。

例えるなら、ミカンやレモンといった柑橘系の香りだ。



「ほら、飲みな」



ルーシェは、3つのカップを差し出す。

私はそのうちの1つを受け取り、ルーシェが一口飲んだことを確認してから口に含んだ。

すると、優しい味が口の中いっぱいに広がる。なんだか身体の芯から、じんわり暖まってきたような気がした。

ハヤブサも、恐る恐るカップに口を近づけ始めた。ふんふん、と臭いをかいでいる。



「これ、なんという茶なんです?」

「ルーシェ・アナスタシア特製茶葉さ」



回答になっていない。

まぁ、秘蔵のお茶だから製法を教えたくないのだろう。そう解釈しようではないか。



「さてと、ここにアイツが私を『頼れ』と言った。ということは、『弟子入りさせろ』ということだろうな。実際に、そこそこの才能はあるみたいだし」

「たしかに、私は黒魔術をもっと学びたいです」



そして、香奈子に復讐したい。

元の世界に帰りたい。

その想いは、ずっと変わっていない。むしろ、その感情は旅と共に膨らんでいったようにも思える。



「ルーシェさんは、私より遥かに強く人生経験も豊かです。だから、ルーシェさんに黒魔術を―――」

「なんのために?」



茶を飲みながら、ルーシェは目を細めた。



「黒魔術は忌避されている。だから、黒髪の子が生まれたら公になる前に殺される。

私も産まれたと同時に処分されそうになった。……もっとも、母上殿が信用する侍女殿に預けられて秘密裏に育てられたから、こうして生きているが……」



ずぃっとルーシェが顔を近づけてくる。

遠ざかりたかったけど、それをさせないような圧迫感を感じられた。



「アンタからは、苦労している雰囲気が伝わってくる。だけど、苦労の年季が足りない。

短い間に一気に苦労したような感じがする。

アンタ、何者だ?」



正直に話せ。

話さないと魂を抜き取るぞ。



そんな物騒な声が、副音声のように淡々と脳内響く。



話すな。

こいつも裏切ったらどうするんだ?人間は基本的に裏切る生き物なのだ。

だけど、その一方で話さないと魔術を学ぶことが出来ない。拒否すれば、ここから一歩前もに進むことが出来ないのだ。

私は歯を食いしばった。



「実は、記憶がないです」

「記憶がない?」



訝しげに尋ねてくるルーシェに対し、私はコクリと頷いた。



「グランエンドの服を纏っていたので、グランエンドで過ごしていたんだと思います。

ですが、記憶がないんです。気が付いたら瀕死の状態で、エドネスの海岸に倒れていました」



ここはいっそのこと、記憶喪失にしてしまおう。

日本から来た異世界人だなんて説明しても、頭がおかしいとみられる。世迷言のようなモノだ。

対して、記憶喪失の方が、まだ現実的にあり得る。

実際に、赤子でさえ知っているような国事情も分からない。だから、誤魔化すことが出来るだろう。



「それで、エドネスの小僧ガキが拾い上げた。

なるほど。『霧ヶ村の戦い』で活躍した黒魔術師はお前か」

「よく知っていますね」

「こんな暮らしをしているけど、情報は手に入れられるのさ。

アンタも練習すれば出来るようになるよ」



そう言って少しだけ笑みを浮かべたルーシェだったが、その笑みはすぐに引っ込んでしまった。

まるで、私ではない、ここにはいない誰かを睨みつけているような表情になる。



「だけど、エドネスの小僧は天女に心を囚われた。

天女が『黒魔術を使い人なんて嫌い』とでも囁けば、黒魔術師は処分されること間違いない。

なるほど……だから、アイツはアンタを助けたのか」

「んなっ!?」



私は思わず立ち上がってしまった。

勢いよく立ちあがり過ぎたので、カップから茶がピシャリと零れてしまう。だけど、そんな些細なことは

気にならなかった。



「な、なんで香奈子……いや、天女のことを知っているんですか?」

「情報が入ったのさ。

これは、アーニャっていう奴からの情報なんだけどね……天女って奴は男を虜にするのさ。

実際に、男王が治める6つの国と自治領が天女の手に堕ちた。

天女が一言口に出すだけで、男どもは全て天女の思うままに動く。男どもは天女の目を惹こうとするあまり、国政は疎かになりがちだ。

実際に、ベグール自治領など一揆が勃発しかけている」



忌々しげに語りはじめる。

アーニャという人物は、どこかで聞き覚えがある気がするが……まぁいい。

それにしても、香奈子……逆ハーの加護が逆に問題になってきているって気が付いているのだろうか?

いや、気が付いていないんだろうな。



『皆仲良し!なんで自分の考えが悪いの?』



と言い切る平和思想の香奈子が、そこに気が付くとは思えない。



「アイツの深編笠は、あらゆる幻惑系の魔術を相殺する。

天女の放つ幻惑魔術も効かなかったんだろうな。だから、アンタを逃がすことが出来た」



グランエンドに行ったのに、香奈子の逆ハーの虜にならなかったのは、そう言う理由があったのか。

1人で納得する。

香奈子の『逆ハーの加護』も、万全ではないみたいだ。すくなくとも、この世界の魔術と同じことわりで動いていると見た。もっとも、そこらの魔術とは比べ物にならないと思うけど。



「そもそも、天から落ちてきたって時点で『天界を追放された罪人』って考えるのが道理なんだけどな。

まったく、少しは警戒しろってんだ。100年前から何も変わっていないなんて」



私も苦笑してしまう。

なるほど、確かに一理ある推測だ。

実際に、私もそれが理由で処分されかけたわけだし。……その理屈は、私にのみ適用して香奈子には適用しなかったけどね。

それにしても―――



「100年前?100年前に何かあったんですか?」

「ん?あぁ、ちょっと事件があったのさ。

まぁ、今は置いておこう。それより、アンタの事情は分かった。いいよ、弟子として迎え入れてやる。

だけど、私は厳しいからね。」

「は、はい!!」



『100年前云々』が少し気になったが、今は置いておこう。

まずは、力を手に入れなければならない。

この少し謎な女性ルーシェに従って、少しでも香奈子に対抗できる術を身につけるのだ。



決意を固めた視線に、何か感じ取ったのだろう。

ルーシェはニコリと天使の笑みを浮かべて、こう言ったのだ。































































なんだか、嵐のような一日だった。

うっすらと白埃がたまった部屋を見渡しながら、ため息をつく。



「『今日からここが貴女の部屋よ。掃除や洗濯は自分でしてね。ちょっと行ったところに小川が流れてるから、くれぐれも硫黄臭い時には使わないように。そういう時は、井戸を使いなさい。…あぁ明日からの朝食は貴女があるもので作ってね。私、朝が苦手なんだ。

じゃあ、頑張りたまえ。新人の弟子よ』

……だって」



先程ルーシェに言われた内容を、反芻してみる。

まくし立てる様に言われた言葉に、圧倒されて少しの間は動くことが出来なかった。

自分でも、良く全文覚えていられたと感心してしまう。

鞄を寝具の上に放りだすと、埃が舞い上がった。私とハヤブサは同時に咳込んでしまう。



「ごほっ、ごほっ、これ、いつから掃除してないんだよ」



窓を押し開け、外の新鮮な空気を思いっきり吸い込んだ。

埃まみれの室内とは雲泥の差の空気は、肺の中の不純物を一掃してくれる。しばらく、ハヤブサと一緒に窓の外へ顔を出していた。



「……とりあえず、掃除から始めよっか」



私が呟くと、同意する様にキャンっとハヤブサも吠えた。

蜘蛛の巣だらけだったが、箒もバケツも雑巾もそろっている。今日一日かかると思うが、少なくとも人が住めるようになるまでは回復するだろう。……たぶん。





これが、私の弟子入り一日目。

ただ黙々と執り行われた掃除のみで、夜が更けていくのであった。




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