24話 死ねます!
「うむ、まずまずの出来だ。よく、あれだけの食材から朝食を生み出せたモノよ」
「……何を食べて生きていたんですか?」
疑問に思っていたことを、思い切って問うてみる。
ルーシェと言う人は黒魔術師としては一流なのだろう。
だか、生活力がまるでない。
私自身、料理が上手とは言えないし、むしろ食べる専門だが……さすがに、あの食料貯蓄子は『異常』だと気がついた。
(酒類と干からびた野菜が転がっているだけって、絶対におかしい。
しかも、酒の方が圧倒的に多かったんだけど)
仕方ないので、川に転がるシジミみたいな貝を酒蒸しにして朝食に出した。
正直、美味いとは言い切れない。ハヤブサなんて、しかめっ面を崩さない。だけど、食べられない品ではなかった。
「ん?人間、酒があれば生きていけるのさ」
「……」
この調子では、他の食材が食卓に上がる未来を想像できない。
河原の貝は無限にあるわけではないから、このまま食材が新しく貯蓄されなければ、膨大な酒類しかなくなってしまう。
これは……なんだ。
ルーシェ自身が、買い物に行く様子を想像できない。
とすると、金銭を貰って、私が山の下まで買いに行かなければならないのか?
いや、さすがにそれは無いな。
ルーシェは『酒さえあれば~』と言っているが、実際にはそんなことないと理解しているはず。きっと、数日に一回、買い物に出かけているのだ。今日は、たまたま食材がなかっただけで――
「おっ、そうだ弟子。あとで金渡すから、買い物に行ってこい」
「私が行くんですか?」
「アンタは酒が飲めないんだろ?なら、買い物に行くほかあるまい。麓の村で食料を調達してきな。
弟子なんだから」
どうやら、私が調達することは、決定しているようだ。
まぁ、仕方無い。弟子を使い走りにさせている光景は、小説や漫画にも出てくる。
私はため息を抑え込み、なるべく笑顔で答えることにする。
「分かりました。昼過ぎに出かけます。……それで、どの道を通って村へ行けばいいのですか?」
「ん?お前、来た道を忘れたのか?あの道しかないだろ」
笑顔が音を立てて、固まってしまった。
いや、顔の筋肉全てが固まったと言った方が正しいかもしれない。
「……また、あの道を通るんですか?」
昨日、死ぬ思いをしたばかりなのに。
と言うか、道幅は更に狭くなってるし、一部崩れている。あんな場所、正直通りたくないのだけれども……
「あそこしか道はないよ。ほら、修行だと思って後で行きな」
「……」
人間として最悪だな、この師匠。
いや、この性格が黒魔術に必要なのか?
もう、とにかく前向きに考えることにしよう。後ろ向きに考えていたら、キリがない。
だけど、裏切られたり騙されたりしないように気を付けつつ、この人について行こう。かなり無理な方針のような気もするけど、全力を尽くせば何とかなるはずだ。
「それで、黒魔術の修行は?」
「焦るな、焦るな」
そう言いながら、のんびりと煙草に火をつける。
不思議な模様を描くように、煙は上へ上へと昇っていく。ルーシェはその煙を面白そうに見つめた後、再び私に視線を戻した。
「それで、アンタはどこまで読み進められた?」
「魔術書ですか?」
「そうそう。ほれ、見せてみな」
私は鞄の中から、ナナシが放り込んだ書物を取り出した。
「上級黒魔術書の中盤までは読めました。でも、その後は……」
「へぇ~、アンタ凄いね。こんなところ読み取れたんだ」
珍しく感心する様に、私を見下ろしてくる。
「と、いうことは。魔力量を高める修行と、それを効率的に使いこなす修行が必要だな」
「えっ、新しい魔術を覚えないんですか?」
「当たり前だ。スポーツでもなんでも、体力がないと始まらないだろ」
……言われてみて、納得する。
いくら良い球を投球する選手がいたとしても、その選手に連日投球する体力がなければ、甲子園で活躍することは出来ない。むしろ、無理をさせた結果、肩を壊して退場とう結末を迎えてしまうこともある。
魔術も、魔力が高くなければ安心して魔術を酷使することが出来ない。
「でも、具体的に何をすればいいのですか?」
「それはだな――――」
「死ねます!これ、死ねるんですけど!!」
襲い掛かる鎌を寸での所で避け、地面に転がる。
先程まで私が立っていた場所には、ぽっかりとクレーターが出来ていた。冷や汗で服が濡れきってしまっている。気のせいか、目から涙が湧き出してきたように思える。視界が霞んできた。
「これで、ほ、本当に魔力が高まるんですか!?」
半狂乱で吠えるハヤブサの声が、遠くで聞こえた気がした。
だがその一方、ルーシェは冷静過ぎる声で言い放つ。コーヒーを片手に優雅に私を見物しながら、にっこりと微笑みなんか浮かべているのだ。
「体力と精神力。これの双曲線上に、魔力を乗せると生まれる全く別の真理。それが、魔術なのだ」
「意味が全く分からないです!」
迫りくる鎌を避けながら、私は叫んだ。
黒光りする鎌は、本当に斬り心地がよさそうだ。私なんて小娘が鎌の手にかかれば、楽々と3枚に卸されそうだ。
鎌を操る奴を止めればいいのかもしれないが、鎌を操るのは『人間』ではなかった。
向こうが透けて見える半透明さは、間違いなく幽霊。だけど、今の私は『黒魔術』の使用が禁じられている。
というか、なんで幽霊が実体のある鎌を手にすることが出来るのか?
疑問は益々増すばかりだ。
「まぁ、つまりなんだ。神秘的なんだよ魔術も魔力も」
「それがどうして、この修行に―――、つなが、るんですか!?」
いつの間にか増加する鎌を避けながら、質問を重ねる。
「つまり、魔術の使用には、魔力はもちろん、体力と精神力が必要不可欠だ。いや、魔力ってのは、体力と精神力を融合させる起爆剤のようなモノだと考えた方がイイな」
泡を吹き始めたハヤブサの横で、ルーシェは余裕の笑みを崩さない。優雅にコーヒーを飲み干しながら、言葉を続けた。
「魔力の向上は魂の格を高めること。それは、まぁ……達観すれば高まるだろ。
実際に、ほら。仙人なんて達観してるだろ。色々と」
「仙人に知り合いがいないから分かりません!」
「つまり、細かいことを考えず広い視点を持てってことだ」
いやいや、それは無理だろ。
確かに細かいことは考えられない程追い詰められているけど、広い視点なんて持てるわけがない。
鎌の動きを見るだけで、精いっぱいだ。
ルーシェやハヤブサの姿が描写できるのも、彼女たちに目を向ける余裕があるからではない。
鎌を操る幽霊共が半透明で、向こうが透けて見えるから、なんとか様子が分かるのであって―――
「ひぃっ!」
幽霊に意識を向け続けたせいだろう。
避け損ねた鎌が、私の髪を数本奪った。
真横を通った轟音に、小さな悲鳴を上げてしまう。
「アンタは体力をつけないといけないね。あと、こういうことに耐えられる精神力も。
少なくとも、この犬よりはあるみたいだけど」
ぴくっぴくっと痙攣するハヤブサを、ルーシェは撫でる。
その笑みはまるで天使。いや、慈母のよう。
だけど、忘れてはならない。
鎌を携えた幽霊に、私を『襲え。殺しても構わん』と命令していた張本人だということを。
斉藤澪 16歳。
元の世界に戻る前、いや、香奈子に復讐を果たす前に死んでしまいそうだ。
いや、死んでしまう気がする。
恐怖で滲み出た涙をふく余裕なんてなく、私はひたすら避け続けた。
冷や汗と地面を転がり続けたせいで、服には泥がびっしりとこびり付いてしまっている。
せっかく、ルーシェの下に弟子入りすれば、人間らしい暮らしが出来るかなっと、少なくとも風呂に入れて3度3度しっかりとした食事がとれるかなと期待していたのに。
見事に、期待が裏切られてしまった。
「悪いな。本当は弟子を酷い目に遭わせたくないんだ」
慈母のような表情と涙を浮かべ、ルーシェは優しげな声でささやいている。
なら、助けろ。
このままでは、本当に死んでしまうではないか!
しかし、その言葉にならない叫びが届くはずもなかった。




