21話 足を止めるな!
「ハヤブサ!!」
ここに来て、ハヤブサを見捨てられるわけないじゃないか。
何でついてきてるのか分からないが、いまさら見殺しになんて出来るわけがない。
私は鎖から左手を離し、その手をハヤブサに向ける。
ハヤブサは私の意図を理解したのか、迷うことなく私目がけて飛び跳ねた。宙を跳ぶハヤブサを左腕で受け止めると、そのまま胸に抱きしめた。
ずっしりと少し重いが、問題ない。鎖をつかめる様に右手は真横の壁に向け、息を整えた。
「よし!」
目指すは、向こう岸。
私は、一目散に走り出した。
後ろから地面が崩れる音が聞こえるけど、気にするものか。
上から降ってくる破片が増え、大きくなってきたけど、気にするのものか。
ただ前だけを睨みつけて、足を限界以上に動かした。
「痛っ!」
石の礫が、頬を斬る。
パシッと皮膚が切れた感じと、血が噴き出す感覚が奔った。
でも、頬に手を当てる余裕なんてない。
(一瞬でも足を止めたら、死ぬ。
一瞬でも足を止めたら、死んでしまう!)
轟々という音が、頭上に近づいてくる。まるで、私を急かすかのように。
ふらつく足を我武者羅に動かし、それでもなかなか近づかない向こう岸との距離は縮まらない気がする。腕の中のハヤブサは、私から離れまいとするかのように、ギュッとしがみついてきた。
「っわぁ!?」
そんな時だ。
壁を伝う振動で、地面が揺れる。
地面が揺れるせいで、私の身体の指針もぐらりと揺らいだ。
必死に踏みとどまろうとするが、こんな狭い道で留まろうとするなんて無謀な話。むしろ、無理に奔ったせいで道に負担をかけてしまっていたのだろう。人1人分の通路は脆いくらいに崩れ去り、身体は浮遊感に包まれた。
「いや!」
浮遊感に逆らうように、鎖に手を伸ばす。
ずるりっと掌の中の鎖が滑り、つかまれることを拒否する。一瞬、心の中に冷たいモノが広がった。何度も感じてきた『死』への恐怖が、にやりと笑いながら勢いよく迫ってくる。
だけれども、鎖は千切れることなく私を支えてくれた。
ぶらんと崖に打ち付けられる。
「た、助かった」
しかし、次の不安要素が直ぐに頭を上げてきた。
右腕のみに重力が集中し、みしりと軋み始めたのだ。
私の重みとハヤブサの重みの全てが右腕に、そして鎖へとかかってくるのだ。鎖に代わり、今度は右腕が縮れてしまいそうだ。額から流れる汗が、眼に浸みる。拭いたいけど、両手は塞がっているし、両方とも放せるわけがない。
幸いなことがあるとすれば、先程の巨石が私の背後を通り過ぎて行ったことくらいだろう。
下の方から石が大音量で崩れ散る音が、湧き上がってきていた。
それさえクリアできれば、なんとかなる。
一筋の希望が、小さいのだけれども大きく輝いた気がした。
「ふんっ!」
私は両足を崖につけ、なんとか足場になりそうな岩を探す。
ここからは、ロッククライミングみたいなものだ。
足場を探しながら、崖にへばりつくように、まだ僅かに残った道へと歩みを進める。岩から岩へと足を運ぶのも大変だけど、それ以上に鎖から鎖へと持ち替える方が怖かった。
浮遊感を感じる前に、持ち替える。その瞬間は、言いようもないくらいの不安感と恐怖感が支配する。
肉体的にも精神的にも、ぎりぎりと削られていくというのは、こういうことを言うのだろう。
「帰りは―――もっと安全な道を―――紹介して、貰うんだから!」
まったく……なんで私の魔術は、こうも使えないのだろうか。
魔術があって助かったなんて思ったときなんて、指の数あるかどうかだ。
「はぁ…はぁ…」
荒い息を吐きながら、なんとか『道』へと戻ることが出来た。
ハヤブサは、びょんっと私の少し前に跳ね降りた。
そのまま倒れ込みたいけど、そんなことをしたら、それこそ崖に落ちて死んでしまう。
ごくりとつばを飲み込むと、再び足を動かし続けた。
崖を伝うより幾分かマシとはいえ、地面が揺れていないのに身体が揺れる。仕方なしに、崖に身体の半身を押し付ける様に歩いた。
くるんと丸まったハヤブサの尻尾を眼で追いながら、ゆっくりと、それでも確実に歩き続ける。
少しずつ、僅かながらも近づいていく向こう岸。
私は、とにかく歩き続けるのだった。
足を止めてしまったら、あの場所に辿り着けないようなそんな気がして。




