20話 はじめての登山
やっと20話に到達。
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「どうしてこうなったの――!!」
そう叫ばずにはいられなかった。
私の叫びに同意する様に、ハヤブサも遠吠えをする。
しかし、私達の悲痛の叫びに応える者はない。初夏にもかかわらず、虚しくなるような冷たい風に攫われて、跡形もなく消えて行ってしまった。
こんなの、下手したら命を失いかねないではないか。
「私は……道を間違えなかったはずなのに」
『騙された』という文字が、脳裏を横切った。
数十分前……無事、ソウレ山に辿り着いた。
屋台の親爺さんが言った通り、焼きただれた岩肌や、その合間から吹き出す硫黄臭からは『地獄』を連想される。だけど、おどろおどろしい雰囲気よりも、どことなく寂しい空気の方が勝っていた。まるで、心を空にするような、むなしい風が吹いている。
それにしても、思った以上に観光客が多いことにも驚いた。
しかし、観光地特有の『幸せ満喫中いちゃラブカップル』の姿はどこにも見当たらない。
上は80歳を超える老人から、20歳未満とも思われる少年少女など、年齢層は幅広いが、大抵が同伴者を伴わない1人旅のようだ。
その誰もが辛そうに目を伏せ、祈る様に山を歩いている。
ソウレ山は、魂が彷徨う場所であり、集まる場所。
親しい人の魂を求めて、ここに足を運んだ人が多いのかもしれない。そんなことを考えながら、『観光案内所』の扉を叩いた。
『ルーシェと名乗る人物に会いたい』
と伝えると、案内人は一瞬驚いたように眉を上げる。そして、地図と共に『ルーシェの家』までの道筋を教えてくれた。
しかし、一般観光客が進む道とは、まったく別方向の道を指し示していた。そんな地図に、もちろん疑問を抱く。いままで、騙されて生きていたのだから当然のことだろう。
しかし、他の案内人やソウレ山関係者っぽい巫女さんにも話を伺ったところ、『ルーシェさんに会うなら、こちらの道だ』と、そろって同じ方向を指さす。
全員で騙しているのかもしれないが……他に手がかりがない以上、地図通りに進むしかない。
ナナシの言葉を頼りに、ここまで来たのだ。
もし、騙されていたのなら……復讐をすればいい。そう安易に思って、地図通りに進んだ。
そう、それだけなのだ。
「まさか、こんな場所を通るなんて、聞いてないんだけど」
眼前の光景に、どうしよもなく乾いた笑みを浮かべる。
心なしかハヤブサの瞳には、『こんな場所通れるか!!』という私への非難の色が濃く滲み出ている気がした。
私だって、好き好んでこんな場所を通りたいわけないじゃないか。
道幅は、人ひとりがようやく通れる程狭い通路。
壁に固定された鎖をつかみ、恐る恐る崖下に視線を向ける。
崖下には、剣山のように突き出た岩山が並び、そこには標本の蝶のごとく突き刺さった骸の数々。
私もハヤブサも道を一歩踏み外しただけで、彼らの仲間入りだ。
山登りは、中学の野外活動で体験したことがある。
辛いねーとか、面倒なんだけどーと言いながら、登った高尾山は『登山』ではなく『ハイキング』だったのだと今さらながらに気がついた。
登山者用に鎖を固定して張ったり垂らしてある山なんて人生初めてだし、これからも上ることは無いだろう。むしろ、登りたいとも思わない。
「命の危険があることくらい、伝えておいてくれたっていいじゃん」
ルーシェと言う人物に会ったら、絶対に文句を言ってやる。
もちろん、ここを進めたナナシにも。
歯を食いしばり、一歩……また一歩と、通路とさえ言えぬ通路……崖にやっとの思いでへばりついた足場を辿り始める。
ハヤブサがついてくる気配を背中に感じたけど、振り返る気力も起きない。
下手に意識を逸らして、足を踏み外して真っ逆さま。誰も助けてくれる人もないし、自力で助かる方法も皆無。空中を落下する感覚を楽しんだ後は、背中から鋭い剣山で釘刺し。泣くことさえできない程の強烈な痛みを感じ、苦しみながら死ぬのだ。
――元の世界に、帰ることなく――
それだけは、絶対に嫌だ。
今までも死に直面して来たけど、私は乗り切って来たではないか。
自分を鼓舞するように言い聞かせた私は、前と足元を交互に確認しながら慎重に足を進ませる。
しかし、進めば進むほど命の危険は増していく。
足場は細くなる一方だし、慎重に歩いているつもりなのに、バラバラと土礫らしきモノが崩れ、崖下へと消えて行く。
極めつけには、虚しくなるような風が増していた。
轟轟と吹き荒れる風に目を細め、鎖にしがみつきながらも必死に進む。轟と吹く風に、大切に被ってきた旅の半身ともいえる編笠が飛ばされ、くるりくるりと何処かへ消えて行ってしまった。
「あっ!」
編笠に手を伸ばそうとするけど、結局は鎖から手を放すことはなかった。
編笠が飛んで行ってしまったなんて、知ったことか。どうせ、手を伸ばしたところでとれるわけがない。それに、今は、黒髪を隠すことより、命を繋ぐことが大切だ。
「……寒い……」
初夏だというのに、この寒さは何だろう。
雨の日に野宿をした時とは、比べ物にならないくらいの肌寒さだ。
鼻を啜り、歯がかみ合わず、がちがちと鳴らしてしまう。
鎖をつかむ指も、上手く動かなくなってきている。
それでも寒さに我慢して、私は進む。
ハヤブサも進む。
そして、何時間も進んだと思われる頃―――
やっと、遠くに開けた空間が見えてきた。
ずっと昔に家族旅行で訪れた、『賽の河原』みたいに石が積み重なった空間が視える。石で作られたタワーの奥に、粗末な木造りの小屋がポツネンと立っていた。
恐らく、あれがルーシェが住まう家なのだろう。いや、家というか小屋に近い気がするけど、住んでいるのであれば、あれが家なのだ。
というか、そうであってほしい。
これ以上、こんな道を進むことは肉体的にも精神的にも耐えられなかった。
心なしか、背後のハヤブサからもホッとしたような雰囲気が伝わってきた。ハヤブサも、この苦行に対するゴールが見えて、ホッとしたのだろう。
だけど、私はここ数か月の経験から、ホッとしても気を抜くまいと心掛けた。
逆に、気持ちを張りつめさせ、余計慎重に進んでいく。
だけど、特に変わったことは起きない。
幻覚が現れて私達を落とそうとしてくることも、亡者が出てきて惑わすこともなかった。
ただ、目を覆いたくなるような切り立った崖の道を進むだけ。
もう、すでに残り数十歩ほどで、向こう岸に辿り着ける。そう思うと、ようやくホッと一息をつくことができた。
「……ん?」
しかし、不思議な音に気が付く。
轟轟と唸る風の中に、微かに混ざる異音。
そう例えるなら、何かが崩れるような……
耳を澄まして、音の方向を確かめるため足を止めた。
後ろでハヤブサが『くぅ?』と不思議そうに鳴いたが、気に留めることなく異音の正体を探る。
すると、上からパラパラっと何か破片のようなモノが降ってきた。
「上?」
破片に釣られて上を見上げ、仰天する。
それと同時に、異音の正体が判明した。
最初は『点』にしか見えなかったが、徐々に勢いを増して巨大化してくるシルエット。
私の身体なんて吹っ飛ばしそうな巨大な岩が、崖上から転がってくる。その進行方向は、間違いなく私達だった。
元々、走ったら崩れそうな足場だ。すでに巨石が転がる振動で崩壊を起こし始めている。
今から走ったとしても、巨石が到着するまで15秒。とてもではないが、向こう岸に渡れる距離ではない。
いや、下手に奔ったら道が壊れて、ハヤブサが巨石に巻き込まれてしまう。
(だけど、このままココにとどまっていたら、2人とも死ぬ)
――選択肢は2つ。
1つ目は、ハヤブサを見殺しにして走る。
2つ目は、巨石の軌道がずれることを願う。
さて、どちらを選ぶ?
そんなの、どれを選ぶか決まっているではないか。
私は自嘲気味た笑みを浮かべると、大声で鋭く叫んだ。




