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通信機から、爽やかな音楽と、ニュースを読み上げる柔らかい声が流れている。
俺は事務所のテラスのベンチで、魔術書を読んでいた。
魔術師たちが懐古主義だから装丁が古臭いが、先日出版された一番新しい本だ。すぐに新しい魔術が出るから目を通すようにしているけれど、大した内容は書かれていない。タイトルで大口を叩きながら、前世のネット記事程度の情報しか載っていない、ゴシップ雑誌のようなものだ。
この世界では、ラジオとテレビと携帯電話の代わりに、音や映像の距離を縮めて飛ばす魔法で作られた通信機が使われている。
前世で2000年代を生きていた俺はテレビばかり見ていたが、この世界では音声だけのラジオ放送がメインだ。映像と音声を魔法で飛ばすと、頻繁に音ズレが発生するからだろう。
昼前のこの時間、通信機はホーリア市内の番組を流している。
今日の天気、行商情報、国内ニュース。観光客に向けた街のイベント情報、魔獣の目撃情報。
そして、最近になって新しいコーナーが放送されるようになった。
穏やかに放送していた女性アナウンサーは、行商情報を読み上げたときと同じ柔らかい声で続ける。
『それでは、「きょうのゆうしゃ」です』
キッチンで午前のお茶の準備をしていたニーアが、カップを取り落とす音がした。
ニュース番組の隙間に流れる、視聴者のペットを紹介する癒やしのコーナーではない。
自動音声案内に回している市民からの通信を、俺が全然聞いていないことがバレて、毎日の市内放送で、勇者への苦情を読み上げるコーナーが設けられることになった。
初めて放送を聞いた時は、ニーアに申し訳ないやら、放送にゴーサインを出した副市長に腹が立つやらで、飯が喉を通らなかったが、2回目に聞いた時にはもうどうでもよくなった。
昼前の頭が冴えてきた時間、読書のBGMにちょうどいい。
『1番街にお住まいの奥様よりいただいたご意見です。
先日、家の前に魔獣が現れました。
小型だったので、自力で山に追い払うことができましたが、魔獣が乗った屋根が壊れてしまい、その修理をしていた旦那が足を滑らせて地面に落ち、足を怪我しました。
これも勇者が真面目に仕事を行わないがゆえに起きた悲劇です。
勇者といっても、私たち市民の税金で生活していることに変わりはないのですから、勇者の在り方として果たして正しいのでしょうか……』
なるほど、貴重なご意見だ。
まず、俺はホーリア市民の税金ではなく、ヴィルドルク国民の税金から給料が支払われている。
1番街にお住まいの奥様は勇者を養っているつもりらしいが、ヴィルドルク国の税収入のうち、ホーリア市が占める割合はわずかだから、パトロン面してもらわなくて結構だ。
『続いて、3番街の靴屋さんからのご意見です。
うちの娘は今までよりもずっと、毎日楽しそうに働いています。
以上です』
キッチンの方から、ニーアの「ぎゃー!?」という悲鳴が聞こえてきて、ニーアの実家が3番街の靴屋だと思い出す。
そういえば、ホーリアの山道ばかり歩いているせいでそろそろ俺のブーツの底がすり減ってきた。
ホーリアの職人が作る靴は高価だろうけど、買えないことはないはずだ。今度、店を覗いてこよう。
『……それでは皆様、今日も歴史と緑の街ホーリアで、よい一日をお過ごしください』
しばらく俺への苦情を読み上げたアナウンサーは穏やかな声のまま放送を終えた。通信機は、首都の賑やかなバラエティ番組に切り替わる。
アナウンサーの言葉で思い出したが、俺をダシにした「剣とナントカの街」とかいう厨二臭い名前で売り出す案は、立ち消えになったのだろうか。
市長の青春は落ち着いたのか、キッチンのニーアに尋ねようと魔術書から顔を上げると、ニーアは俺の目の前で仁王立ちになっていた。
「勇者様、今の放送、聞いていましたか?」
ニーアの薄い緑色の瞳は、冷たく睨まれると、蛇のような鋭さがある。耳まで赤いのは、よほど怒っているからだろう。
もうすぐ楽しいお茶の時間なのに、一体どうした。
「靴屋の話か?」
「ち……っ、違います!!その前の、市民からの厳しいご意見のことです!」
もちろん、ちゃんと聞いていた、と俺はベンチに座ったまま頷いた。俺のために作られたコーナーなのだから。
奥様の後に続いた意見は、ほとんど聞き流してしまったが、ニーアもお茶の準備をしていたから、詳細は突っ込んでこないはず。
ニーアが持っているトレイには、カップと一緒にスコーンが乗っている。ニーアが家で作ったものを、余りだからと差し入れてくれたもので、味は確かだ。紅茶の茶葉も、俺が隣町に行って買ってきた新作だから、早くお茶にしてほしい。
「勇者がいる街で、魔獣による怪我人が出るのは、勇者として恥ずかしくないですか?」
「いや、別に」
「恥ずかしくないですか!?」
ニーアに問い詰められて、俺はなんだか少し恥ずかしいような気がしてきた。
屋根から落ちて怪我をしたうっかりエピソードを市内放送された旦那様のほうが、恥ずかしいと思うけれど。
魔獣を討伐するか共生するかは別として、勇者がいる街で、魔獣被害で市民が怪我をすることはあってはならない、とニーアは言いたいらしい。
代わりに屋根の修理をしろということか。
まさか。勇者に並々ならぬ憧れを持っていて、しかも勇者である俺に、最近それを押し付けてくるニーアが、日曜大工の手伝いをしろなんて言わないだろう。
それに、市民が屋根の修理をする権利は、勇者であっても侵害できない。
ならば、怪我人が出たらすぐに治せばいい。そうすれば、市内放送に苦情を投書する暇もない。
俺の提案に、ニーアはまだ不満そうな顔でこくりと頷いた。
「それは根本的な解決になっていませんが、勇者様の悪評が広まるよりは……とにかく、市民の安全と健康は確保しましょう。それが勇者様の仕事じゃないですか!」
まだ午前中なのにテンションが高いなと思いながら、俺はニーアを見上げていた。
あと、紅茶が乗ったトレイを持っていることを忘れて、ぶんぶん腕を振っているから、俺はさっきからカップ2つもスコーンも、全て魔法で固定している。
「簡単な修理程度なら私でもできます。ただ、治療のような専門的な魔術は得意ではないので、そこで、勇者様の出番です!かっこよく登場して、勇者様のお力を皆さんに見せつけてやりましょう!」
「ああ、そうだな……」
俺はトレイの上の物を固定するのに意識が向いて、真剣にニーアの話を聞いていなかったけれど、要約すると、屋根の修理と人間の治療を行う人員が必要ということらしい。
魔法があるこの世界にも、医者や大工が存在している。
極論を言えば魔法があれば何でもできるが、大工に任せたほうが簡単に済む工事もあるし、魔法が使える人間にも得手不得手がある。
ホーリア生まれの人間は、ほぼ全員が魔法を使えるとはいえ、魔法を職業にしていない一般人が使える魔法は、物を浮かせたり、ぶつけたり、くっつけたりする程度だ。
しかし、治癒と復元の魔術の専門家がいれば、大工も医者もそいつ1人に任せられる。
「……よし、白魔術師を仲間に入れるか」
「いえ、勇者様がご自分でやれば……」
「ホーリアには魔術師の観光客が多いし、勇者の事務所に就職したい奴もいるだろう」
俺はニーアの言葉を遮って、ベンチから立ち上がった。
俺は、俺を嫌っている奴のために労力を割きたくない。
俺も治療される方も、お互いに余計なストレスを溜めないように、嫌な仕事は金を払って別の人間にやってもらおう。
胃に穴が空いたり血尿が出たり、過労死したりする前にそうするべきだと、俺は身をもって学んでいる。




