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採用試験をしたいから、会場を貸してくれ。
副市長にそう言うと、引きつった顔で「今度は何を企んでいるんだ……?」と呟かれた。
そのくだりは、もうやっただろうが。
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そうして副市長は、市庁舎の中の会議室を快く貸してくれた。
一昨日から街に求人ポスターを貼って待っているが、今のところ収穫はない。
「今日こそ、誰か来てくれますかね……」
事務所から市庁舎に向かう途中、ニーアは街の壁に貼った求人ポスターを見て、ため息をついた。
地元の人間と長期滞在する観光客が利用する商店が並ぶ1番街や2番街に貼ったから、人目にはついているはずだ。
『勇者と一緒に働く仲間を募集しています』と太字で書いたポスターには、具体的な仕事内容は書いていない。俺の職務放棄の後始末が主な仕事だから、書かないほうが正解だ。
この世界には、ワードアートもフリーいらすとの素材サイトもない。
前世の仕事で散々使っていたから、何の思い入れもないけれど、心に隙間が空いたような寂しさがある。
代わりにニーアがポスターに描いたイラストは可愛いが、俺に似ても似つかない筋骨隆々の人物は、一体誰だろう。
「ポスターに白魔術師限定って書いたのが悪かったんですかね?黒魔術師もたくさんいますから」
「黒魔術師に来られてもな」
「でも、頼めば転向してくれたりしますよ」
「まあ、そうだけど」
魔術師は、能力の高さゆえ、頭が固くてプライドが高い奴が多い。
だから白魔術師と黒魔術師は、互いの主義を否定して殺伐としている、とよく勘違いされるが、別にそうでもない。ウィンタースポーツはスキーかスノボかくらいの、好みの問題だと思う。
ただ、黒魔術のほうが、人の死や世界を破滅させる方法に少しだけ直接的だ。
だから養成学校では、黒魔術を専攻すると、倫理観の授業とか精神鑑定がついてくる。俺はそれが面倒くさいから白魔術師を選択した。
「今日も誰も来なかったら、『黒白問わず』って書き直してもいいですか?」
ニーアに聞かれて、ニーアが作ったポスターだから好きにしてくれ、と俺は頷いた。
「ついでに、『※履歴書持参』っていうの消していいですか?」
それは必要だ。俺は就活でどれだけ苦しめられたことか。
俺の前世のとある国で、手書きの履歴書がいまだに根付いている理由を語ろうとしたが、上から「ニーア」と呼ぶ声が聞こえて、ニーアは背後の商店の屋根の上を見上げた。
「何してんだ?」
「あ、お疲れ様です」
2階建ての建物の屋根の上に、市の作業着を着た男が立っている。
はしごを使って地面に下りてくると、俺を見て「おお、勇者だ」と小声で言った。
「市職員のウラガノです。ニーアの同期の。どうも、よろしく」
こいつが副市長の手先の可能性があるが、ニーアより少し年上くらいの若い職員だから、大した権力は持っていないはずだ。俺は差し出されたウラガノの右手を握り返した。
ウラガノは俺から手を離すと、ニーアに顔を寄せて、俺に聞こえないように囁く。
「……勇者って、案外普通だな」
「街付の勇者は、見た目はそんなに厳つくないですよ」
「でもニーア、『なんか違くない?』とか言ってただろ」
「しっ!馬鹿……ッ!……それで!上で何やってたんですか?」
「ああ、あの屋根の修理」
ニーアに尋ねられて、ウラガノは今まで登っていた屋根を指差す。
屋根の下に『肉屋』の看板が掛かっていて、店先に商品が並んでいて、間違いなく肉屋だ。
だからどうというわけではないが、俺は顔が見えないように、着ていたマントのフードを深くかぶって、ニーアの後ろに隠れた。
「魔獣に壊されたんだってさ。ここの主人は修理に失敗して足を怪我したから、頼まれたんだよ」
前に市内放送で、そんな微笑ましいエピソードを聞いたが、あれは肉屋の主人のことだったのか。
魔獣に襲われるし、足は怪我をするし、踏んだり蹴ったりで、さすがに哀れだ。
しかし、噂によると、俺をあんなに恨んでいるのは「勇者が来るなら魔獣を討伐するから、商品が増えて店の売り上げがアップ!!」と勝手に期待して、店を増築して負債を抱えたからだと言う。
見通しの甘い肉屋が悪い。
「とりあえず雨漏りだけなんとかしようと思ったんだけど、俺じゃうまくいかなくてさぁ」
「あー……派手に壊れてますねぇ……」
「店の主人が魔獣と屋根の上で格闘したんだって。大工に頼んでも、しばらく忙しいから無理って言われるし」
「うーん……あそこまで壊れてると、私の魔法でもちょっと難しいです」
「だよな、呼び止めて悪かったよ……あ、もしかして、勇者様なら、これぐらい簡単にできる感じですか?」
ちょっとした興味から聞いてみました、といった様子でウラガノに話を振られて、俺は聞こえないふりをした。
俺の魔術なら、屋根の修理どころか新築に建て替えることだって可能だが、この状況で「簡単にできますが、俺はやらないから頑張ってください」と立ち去れるはずがない。
だからといって、一度引き受けてしまうと、屋根の修理が勇者の仕事だと市民に思われてしまう。
1番街の誰々が「他の家の屋根を修理していたのに、私の家はやってくれない。市民対応に差が生じているのではないでしょうか?」と市内放送に投書するのも、時間の問題だ。
白魔術師が仲間になったら、いくらでもそいつがやってくれる。
早く採用試験会場に向かおうとしたが、俺が頼んでもいないのに、ニーアが胸を張って代わりに答えてしまった。
「当たり前じゃないですか。だって勇者様ですよ!その程度、朝飯前です!」
ニーアの瞳は一点の曇りもない。悪意がない分、断りづらい。
そしてウラガノは、待ってましたとばかりに「それなら、ま、頼んますわ」と片手を上げて軽く頭を下げて、俺にはしごまでの道を空けてくれた。
俺はやるなんて言ってないし、俺を嫌っている市民のために労力を割きたくない。
が、それを街中で公言できるほど馬鹿ではない。




