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この世界の「魔法」と「魔術」は、どちらも魔力を使う技だが、難易度が違う。
魔法は、魔力さえ持っていれば、誰でも使える技。
数学にたとえるなら、足し算や掛け算といった四則演算にあたる。
日常生活を送るうえで知っておいたほうが便利な、物を浮かせたり、くっつけたり、ぶつけたりする程度のものが多い。
魔術は、術式という数式を組み立てて発動する、専門的で高度な技だ。
数学にたとえるなら、Σとか∫とかが出てくる世界。数字よりも記号が多くなり、「これって社会に出ても使わなくね?」とついていけなくなって脱落する者がほとんどで、才能と訓練のある限られた人間だけが習得できる。
魔法剣士のニーアは、剣術に加えて一般的な魔法を使えるから、魔法使いでもある。
魔術師になるには、そこからさらに専門的に学び、治癒と復元の白魔術か、破壊と災厄の黒魔術か、進む方向を選ぶ。
俺は勇者だから、黒でも白でも、巷の魔術師と同じレベルには達している。
ニーアが言うように、家の修理も怪我人の治療も俺が自分でやれば早い。
だが、白魔術師がいるとクリーンなイメージを持ってもらえるので、勇者のパーティーに1人は雇用したほうがいい、というのが、養成学校で言い伝えられている教えだ。
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「来ませんねぇ……」
屋根の修理を終えて会議室に着いてから、ずっと姿勢よく座っていたニーアは、退屈に押し潰されたような声を出した。
市庁舎1階の会議室。ドアの真正面に置いた長机に俺とニーアが並んで座り、その正面に1つ、志望者用の椅子を出している。
今日で3日目、まだ誰もそこに腰掛けていない。
俺は前世で、似たような受付仕事を押し付けられる機会が多かった。休日出勤してくれる使い勝手の良い奴なら、馬鹿でも務まるからだ。
こういう時の時間の潰し方は慣れている。周りからサボっていると思われないように、姿勢だけ固めて、手元の資料に目線を落とし、頭の中で人生の些細な疑問、たとえば庭から石油が出たらどうやって大家から隠すか、などを考えられるようになれば楽勝だ。
しかし、今は俺の仕事ぶりに目を光らせている市民はいない。机に手入れ道具を広げて、剣の整備をしていた。
「採用は、どうやって決めるんですか?」
ニーアはさっきから、ちらちらと横目で俺の剣を気にしている。
生体認証機能が付いていて、本人以外が握ると暴走するから勝手に触るな、とニーアに釘を刺しているが、「そうなんですね」と棒読みで返されたから、おそらく嘘だとバレている。
「筆記試験、集団面接2回、最後に個人面接」
「現時点で志望者ゼロなので、そこまで絞る必要ないと思います」
ニーアは大きなため息と一緒にそう言った。
しかし、俺が屋根を修理した礼に、ニーアの同期のウラガノが知り合いに声をかけてみると言っていた。
ニーアが言うには、ウラガノは最近引っ越してきて、8年ほどホーリアに住んでいるらしい。
ホーリアは、住民同士が皆顔見知りの小さな街だ。白魔術師の1人や2人、知り合いにいるだろう。
関係ないが、8年を最近と言い表すニーアの土着の思考回路は、俺の前世の職を思い出すから、なんとなく嫌だ。
「白魔術師なら誰でもいいですか?」
「素行が悪いのはダメだ。服装が乱れてるのとか、派手な髪色してるのとか」
「派手な髪色、とは?」
「……」
光が当たると宝石のように透き通って見える赤毛のニーアが、首を傾げる。
この世界の人間は、12色の色鉛筆では間に合わないくらい、カラフルで鮮やかな髪や肌をしている。
それでも、地毛が好きな色と違うから染めている奴もいて、一般的に正しいと言える髪色が分からない。
人権侵害だとか騒がれると厄介だから、それに関しては前世の就活マナーを忘れることにした。
「あとは、言葉遣いとかだ」
「なるほど」
ニーアは頷いて、俺の採用方針に一応納得したらしい。
俺は人事の経験がなく、前世の就職活動では落とされてばかりだったから、採用試験には少し興味がある。
どんな相手からも長所を見つけ出し、将来性を見抜くのが、「人を見る目がある」ということだ。
だから、俺は訴訟一歩手前の圧迫面接や、「自分を動物に例えると?」なんて暇な休み時間の心理テストのような質問はしない。
規定の人数を埋めるために選ぶのではない。俺の信念に本気でついてきてくれる奴を、社会から見つける。それが採用試験だ。
まあ、しかし、受験者が誰もいないから、そんなに熱くなっても仕方ないが。
「勇者様、もしかして、誰も来なくてもいいとか、考えていませんか?」
俺が読み捨てた魔術書をめくっていたニーアが、静かに尋ねてきた。
「事務所にいるより、仲間を集めているふりをしているほうが、仕事をしているとアピールできるから、無駄だと分かっていてやっていませんか?」
沈黙が会議室の時を止める。
剣を磨く俺の手も、電撃を浴びたように固まった。
この不自然に空いてしまった間を埋めるために、何か言わなくては。
「ニーア」
「はい」
「ニーアは、本当に優秀だな」
「どうして、今、褒めたんですか?」
ニーアの緑の目が、俺を横から貫いてくる。喉を食いちぎろうと狙う蛇のような視線に耐えて、剣の整備を続けようとした。
「失礼します」
その時、俺を救うかのように、会議室の入り口から1人の女の子が顔を覗かせた。
真っ白の長い髪を、後ろでまとめて1つに結わえている。
髪型、合格。
しわのないジャケットと、膝下丈のタイトスカート。色はどちらも白だが、俺の記憶にあるリクルートスーツのような服を着ている。
服装、合格。
会議室に俺とニーアしかいないのを見て、少し不安そうな表情を浮かべつつも、深くお辞儀をしてから中に入り、俺とニーアに書類を一枚差し出した。
「採用試験の会場は、ここで間違いないですか?」
手書きの履歴書、合格。




