〜4〜
「それでは、お名前をお願いします」
「白魔術師、リリーナです」
ニーアに問われて、椅子に腰掛けた志望者、リリーナは、はきはきと答えた。
服も髪もペンキで塗りつぶしたような白で、会議室の壁に紛れて見えなくなりそうだった。肌はさらに透き通るように白く、水色の目だけが、雨上がりの丸い水たまりのように光っている。
「まず、勇者の仲間を志望した理由を簡単に教えてください」
「はい。以前から自分が住んでいる街のために働きたいと考えていました。勇者と共に街を守る仕事は、私の魔術が最大限に発揮できるのではないかと思い、志望しています」
ニーアの問いにリリーナが明朗に答え、面接は滞りなく進んでいた。
まさか、志望者が来るとは思っていなかった。。
俺は面接の質問なんて1つも考えていなかったけれど、ニーアはそれも想定済みだったらしい。
ニーアは、俺の代わりに、リリーナが持ってきた履歴書に目を通しながら質問を進めている。
有能なニーアが俺の仲間で良かった。
ニーアがもしも俺の敵、たとえば副市長側についたら、俺の無給の時間外労働は、今でも続いていただろう。
全ての勇者に好意的なニーアに感謝しつつ、俺は人生のささいな疑問を考えながら、2人のやり取りに神妙な面持ちで深く頷いていた。
履歴書の文字を追っていたニーアの視線が、一瞬止まる。
「この住所……お家はもしかして、ホテル・アルニカですか?」
「はい、私の父がオーナーをしています」
「……もしかして、3番目の娘さん……」
言い淀んだニーアは、リリーナから隠れて俺に視線を送った。
俺はそのホテルの名前を聞いたことがないが、気になることでもあったのだろうか。
しかし、俺が尋ねる前に、ニーアは気を取り直して履歴書に視線を戻し、リリーナへの質問を続ける。
「魔術はどこで学ばれましたか?」
「基礎は両親から学びました。国家認定魔術師資格は、アムジュネマニス・ゴルゾナフィール国のモルフィルタス・ベラドーナ・ハリュリリュードコス学園で取得しました」
聞いたことがある学校の名前に、俺は崩れかけていた姿勢を正した。
アムジュネマニス・ゴルゾナフィール国、モルフィルタス・ベラドーナ・ハリュリリュードコス学園。通称モベドス。
魔術師の魔術師による魔術師のための学校。
生徒の選定には何よりも血筋を重視していて、箱入りのご子息ご令嬢のための学校として有名だ。
入学するには、一族に魔術師がいることが必須条件。さらに、魔法がまったく使えない人間「退魔の子」が血筋に1人でもいると、両親が著名な魔術師であっても、学園にいくら金を積んでも、入学を拒否されると聞いたことがある。
勇者養成学校の魔術教師は、おおむねモベドスの卒業生だった。
歴史に裏付けられた信用と実力があるモベドスの生徒と、つながりを作っておけば、卒業後も有利だ。
だから、合コンのようなものをセッティングするために、生徒たちは人脈を駆使していた。
そんなことをしているから、俺が2年で卒業したのに、5年も10年もかかるんだ。
しかし、こんな片田舎にモベドスの魔術師がいて、そのうえ勇者の仲間になるために採用面接に来てくれるとは、到底信じられない。
見た目は美人だし、話し方も就活生のお手本のようなリリーナだが、嘘をついている可能性がある。
就職の面接とは、脚本も演出も自分で、自分役を演じる舞台だ。だから俺の前世では、世の中のサークルの数よりサークルリーダーが溢れていた。
『……開示』
俺は、面接を続ける2人に聞こえないように、高度魔術の術式を展開して、リリーナの思考を覗いた。
今までのリリーナの話に嘘はない。
名前も住所も、学歴も、リリーナの言葉と履歴書に書かれている通りだ。
強いて言うなら、志望動機で言っていた「街を守りたいから」は17位くらいの理由で、1位は「金が欲しいから」。
そのほうが、逆に信用できる。もし本当に街を守りたくて俺の下で働こうとしているのなら、俺が言うことじゃないけれど、別の職場を探したほうがいい。
2位は「住み込みで働けるから」。
俺は職場からは可能な限り離れたいと前世で考えていたから、その志望動機は理解不能だ。しかし、通勤が面倒とか、住み込みに憧れるとかだろうから、それ以上は深く調べなかった。
そして、3位は……
それ以上覗こうとした瞬間、俺の魔術が強制的に遮断された。
リリーナの思考から、大砲で撃ち出されるように激しく追い出される。声は出なかったが、体が勝手に跳ねて、椅子が大きな音を立てた。
「勇者様……居眠りだけは、やめてくれますか?」
俺が魔術を発動していたことに気付いていないニーアは、俺がジャーキング、寝ている時にビクッとなるあれを起こしたと思ったらしく、冷たい目を俺に向けてきた。
採用面接中に寝る不真面目な人間だと思われると、今後のニーアとの付き合いにひびが入る。後で必ずこの誤解を解いておこう。
「失礼いたしました」
全て理解しているらしいリリーナは、俺と目が合うと、柔らかな笑みを浮かべたまま、一言だけそう言った。
+++++
リリーナに一旦廊下に出てもらい、俺とニーアは合否を決めるために相談を始めた。しかし、俺の中でリリーナの合格は、すでに決定している。
「優秀じゃないか。モベドスだぞ」
「もべ……?」
リリーナは、俺の魔術に気付いていながら、好きに覗かせていたようだ。
戦争中の敵国でもないのに、あそこまで暴力的に遮断しなくてもいいと思うが、人の思考を読む魔術は禁術だ。見るべきものは見ただろうと、追い出したわけだ。
勇者である俺が、発動を悟られないように何重にも防御膜に包みながら発動したのに、ニーアの質問に答えながら、俺の術に気付いて反撃してくるとは。さすがモベドスの卒業生、期待以上だ。
「お話を聞く限りでは優秀な方のようですね……その……少々、家業手伝いの期間が長いようですが……」
「家がホテルって言ってたよな。何かあるのか?」
「ホテル・アルニカは、9thストリートの奥にある、魔術師が観光で滞在するときに使われる屋敷です」
履歴書には、モベドスを卒業した後から現在まで、家業手伝いと書かれている。あそこを卒業しておきながら、魔術を活かさないのはもったいないが、家が商売をしているなら仕方ないのかもしれない。
「10年くらい前から、9thストリートは魔術師専用みたいになっているんです。観光客ばかりで人の出入りが激しくて、よくトラブルになっています」
それなら、市職員のニーアにとっても、悪い話ではないはず。
市とトラブルになっている集団の1人を仲間に引き込めば、今後のトラブル対応がうまくいく。
俺はホーリア市と関係ない国の人間だから、仲介に立ってやってもいい。とにかく、モベドス卒は仲間に入れておいて損はない。
俺がそう言うと、ニーアはまだ何か言いたげな顔をしていたが、諦めたように頷く。それで、リリーナの合格が決定した。
俺が廊下に出ると、椅子に座っていたリリーナが気付いて立ち上がり、靴のヒールを鳴らして俺の前に直立する。
「採用」
俺の言葉に、リリーナの顔がぱっと明るくなって、白い頬がわずかに桃色に変わった。
「ありがとうございます!私、頑張ります!」
モベドス卒が仲間に入り、俺は今後の勇者業の成功を確信していた。
けれど、ニーアが「知ーらない」と小さく呟いたのが、少し気がかりだった。




