〜5〜
リリーナを採用して、3日が経った。
俺は、まったく後悔していない。
頭が固い奴ばかり集まっているとつまらないし、勇者のパーティーには、遊び人のような役職もあるわけだし。
後悔はしていない。が、この3日間、リリーナを事務所の中で見かけた回数は、ゼロだ。
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「勇者様、市民の方から依頼がありました。魔獣が出て塀が壊されたから、修理してほしいとのことです」
街に買い物に行っていたニーアが、キッチンに荷物を置きながら窓越しに庭の俺へ報告してくる。
余計な仕事を一緒に持って帰ってきたようだ。
そのままニーアがリリーナに伝えてくれないかと期待したが、ニーアは言うだけ言ってキッチンから出てこない。
庭で剣の調子を確かめていた俺は、諦めて剣を収め、2階に上がってリリーナの部屋のドアをノックした。
「リリーナ、仕事だ」
中からは、何の返事も返ってこない。
が、さっきまで足音は聞こえていたから、寝ているとは考えにくい。
「起きてるんだろ。出てこい」
「……」
「仲間と話すのも仕事のうちだ。職務放棄だぞ」
「……」
「いつまでもこうしていられないってことは、自分が一番よく分かってるだろ?」
「……うるっさいなぁ」
部屋の中から荒々しい足音が聞こえて、俺の鼻先をかすめて、ドアが叩き開けられた。
俺が一瞬でも下がるのが遅れていたら、激突して鼻がなくなっていたところだ。俺が勇者であることに感謝してほしい。
「ごはんの時間以外は、話しかけないでって言ったでしょ!」
くしゃくしゃの白い髪を掻きながら、ぶかぶかのスウェット姿のリリーナが廊下に出てきた。
姿を見るのは久しぶりだ。飯は、部屋の前に置いておくと、いつの間にか消えている。
リリーナは、素足のまま、背後のドアを蹴飛ばして閉める。
この世界で、引きこもり少女の面倒をみることになるとは。
勇者養成校は、人格がまともで、市民対応をそつなくこなせる、典型的な優等生しか卒業まで行き付けない。
力自慢の暴力野郎とか裏で薬を売りさばいていた奴もいたが、すぐに退学になった。
そして、俺が育った孤児院は、シスターもそこに来る市民も、皆信仰深くて穏やかで、見えない神に涙を浮かべて祈るほど想像力が豊かだった。
つまり、俺はこの世界を生きてきた短い人生で、まともな人間にしか会った事がない。おかげで俺は、礼儀の身についた好青年に育った。
多分俺は、ガラの悪い人間への免疫がほとんどない。
「給料分は働け」
「はぁ?なにそれ。あたし、ちゃんとやってるもん!」
リリーナが、きれいな水色の目で、俺を睨みつけてきた。
美人に睨まれると無条件で降伏しそうになるが、ここでは俺が上司だ。
前世では万年ヒラだった俺だが、今は首席卒業の勇者。部下に媚びてどうする。
俺がリリーナから一歩も引かずにいると、喧嘩が始まる気配を察したニーアが、パンの袋を持って階段を上がってきた。
「リリーナさん、くるみパン、いかがですか?」
「うっはー!食べりゅー」
リリーナはニーアの足に抱きつくようにして、差し出されたパンを両手で食べ始める。
聖母の施しというか、猫の餌やりみたいだなと思う。人に慣れすぎて、可愛さよりもずうずうしさが目に余るタイプの白い猫。
「ついでに、お仕事をお願いできませんか?」
「えー、日焼けしたくないから、夜がいいなぁ。お昼に出たら、暑くて溶けちゃうもん」
「そうですか。では、夜にお願いしますね」
「りょー」
リリーナは、ニーアが持ってきたパンを全て奪い取って、ぼろぼろとパンくずを口からこぼしながら、部屋の中に帰っていった。
リリーナが蹴り閉めたドアが、もう一度大きな音を立てて、事務所の中はまた静かになる。
「ということですので、勇者様、市民との交渉よろしくお願いします」
「ニーア……知ってたな」
リリーナの思考を覗いて志望動機を見た時、あそこで強制遮断された理由を考えるべきだった。
金が欲しい。住み込みで働きたい。
それ以外に、親に家を追い出されたから、とか、新しく引きこもる場所が必要だから、とか、ぼろが出たはずだ。
「ホテル・アルニカの最上級スイートルームは、引きこもりの三女が住み着いているから予約できないと有名です」
「だったら、なんで言わないんだよ」
「勇者様、あの時私が何を言っても、リリーナさんを採用しましたよね」
ニーアにずばりと言われて、俺は返事に窮した。
確かに、俺の独断でリリーナの採用を決めてしまったが。
市の人間を仲間にするなら、何よりも最初に、市の内情をよく知っているニーアに意見を求めるべきだったけれども。
しかし、リリーナが重度の引きこもりでコミュニケーションに難ありだとしても、モベドス卒だ。白魔術の能力に疑いの余地はない。
魔法剣士のニーアに勇者の俺が言い負かされたというのはさすがに癪だから、俺は引きこもり一匹、事務所で飼うくらい何でもないような顔をしてみせた。
「まあ、いい。リリーナの給与申請、副市長にしといてくれ」
「勇者様、リリーナさんのお給料は市から出ませんよ」
「……そうだったか?」
「魔法剣士以外の仲間は、勇者様が個人的に雇っていることになりますので、勇者様のお給料から出すんです」
「……」
そうだったな。
市の税金が使われていないなら、俺が自分の金でどんな役立たずを雇おうと、市職員のニーアからしてみれば「知ーらない」と言いたくなるわけだ。
静かになった俺とニーアの間を取りなすように、夕方の鐘が街から聞こえてきた。
「では、定時なので帰ります」
階段を下りていこうとしたニーアの前に回り込んで、俺はさりげなく道を塞ぐ。
最近になってようやく俺は、ニーアは市から給料をもらっているから、時間外も休日手当もしっかりもらっていることに気付いた。無給で働かされているのは、俺だけだった。
「部屋は余ってるんだし、ニーアも事務所に住んだらどうだ」
「結構です」
「通勤が面倒だろう?」
「引きこもりと2人きりになりたくないからって、ニーアを巻き込むのはやめてください」
一体何を言っているんだ、と俺はため息をついてみせた。俺がそんな偏狭なことを考えるはずがない。
俺は勇者だ。世を正し、弱き者を守り導くのが、この世界の勇者の役目。
引きこもりの1人や2人、養うなど強き者の義務のようなものだ。
リリーナ1人で十分満足しているから、これ以上増やす気はないが。なんなら、社会復帰だってさせてみせる。
「ねえねえ、ごはんはぁ?」
俺がニーアを説得している横から、労働意欲の対極にありそうなリリーナの声が聞こえてきた。
引きこもりで日中は部屋から出てこないのに、リリーナは時間になると、なぜかお腹が空くらしい。腹時計の正確さだけは、事務所の時計よりも当てになる。
ニーアは「お先に失礼します」と俺の横をすり抜けて、階段を下りていった。
「ごはんまだぁ?おなかすいたぁ」
俺はリリーナを無視して、剣の整備のために、ニーアに続いて階段を下りた。
働かざる者、食うべからず。職務放棄をしている勇者の俺が言える立場ではないが。
無能な新人ばかり採りやがって、と前世で散々人事の悪口を言っていたばちが当たったのだと思う。
仕方ない。甘んじて受け入れよう。




