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「今日の午後、副市長が勇者の皆様に会いたいそうです」
今朝方、事務所に出勤してきたニーアにそう言われて、俺はため息をついた。
まったく、あの副市長はせっかちだ。せっかく仲間が1人増えて、うまくやれているというのに。
そもそも、勇者の行いの是非が一朝一夕に理解できるはずがない。
長い歴史の中で迫害されたこともあったが、現代まで勇者が受け継がれ、語り継がれていることが、人の営みには勇者が必要だという証明だというのに。
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というわけで、俺は法律全集に目を通している。
勇者養成学校では、法知識も叩き込まれた。
街付きの勇者になった時に、住民同士のトラブルを公平に解決するために。
どこにいても頼られる勇者が、行いに責任を持つために。
住民を守るために別の人間を害した時に、自分を守るために。
しかし、使っていない知識は薄れていくもので、俺は午後からの決戦に備えて、記憶を呼び起こしていた。
ヴィルドルク国の労働基準法は、解雇の予告期間も、解雇事由証明書の交付請求も、俺の前世のものとだいたい同じだ。
社員寮に住んでいた場合に、相当の猶予期間が必要なのも同じ。
だから、今日解雇されたとしても、事務所として住んでいるこの洋館から、即日追い出される心配はない。
しかし、国の職員で、さらに特別職の勇者に、一般的な法律が適用されるかは不明だ。
そもそも、勇者は来てくださいと頼まれて街についているのだから、街から解雇されるなんて前例があるのだろうか。
他国に派遣されていたが、ヴィルドルク国と戦争が始まってしまい、強制帰還させられた、といった話は聞いたことがある。
しかし、職務放棄をしていた勇者に副市長がキレてクビになるなんて話は、今のところ聞いたことがない。
つまり、俺がパイオニアだ。
俺とあの憎き副市長の対決で、今後の勇者の権利保障が決まる。前世の俺には労働法など適用されなかったが、この世界では、俺は戦う。
「でも、勇者様、それはまだ気が早いんじゃないですか?」
いつもそれくらい真面目に仕事をしていれば、そんな心配をすることもなかったんですけどね、と、とどめの一言を放ったニーアだが、優しい声で続けた。
「アウビリス様に無理を言って勇者様を派遣していただいたので、少なくとも1年は、お返しできないと思いますよ」
そうだよな、と俺は法律全集を閉じた。
何といっても、飛び級首席卒業の勇者の俺だ。
そう簡単にクビにしてしまっては、オグオンの面目丸潰れだ。養成校も、ホーリア市をただでは済まさないだろう。
あの学校とオグオンの手にかかれば、ホーリア市を丸ごと潰して山に戻すなど、赤子の手をひねるようなものだ。
「ですので、来年まではよろしくお願いします」
ニーアの中で、俺の任期が最短に決定しているのは、少し気になる。
しかし、クビになる心配が消えたのは、いい知らせだ。
首席で卒業しておきながらクビになったと知られたら、養成学校の恥だと、俺まで地面の塵に変えられる可能性がある。
「ただ、勇者の皆様と言っていたので……」
ニーアが、そっと天井を見上げた。勇者の皆様には、俺の他に最近仲間になったリリーナも含まれているはずだ。
リリーナは、ニーアがお菓子を渡してお願いすれば、深夜から明け方にかけて、魔獣に壊された街を直しに行ったり、市民の治療をしてくれる。
だが、明るい時に外に出るのは、今のところ見たことがない。
最近、市内放送の「きょうのゆうしゃ」に、仕事をしてくれるとはいえ、夜中にごそごそやられるのは迷惑で、平穏な生活を脅かしている、という投書があった。
けれど、リリーナは我関せずといった様子だ。
「リリーナ、仕事」
俺は2階に呼びかけながら、リリーナを呼ぶための棒を魔法で動かして、天井を突いた。
「もう少し長い棒にすれば、魔法で動かさなくても済むんじゃないですか?」と、ニーアは言っていたが、最近になってようやく言わなくなった。
2、3回天ドンをすれば、すぐにリリーナが気付いて声を飛ばしてくるのに、今日は何度突いても反応がない。
「仕事だぞー」
「寝てるんじゃないですかね?」
「業務時間中にか?しょうがない奴だな」
「でも、勇者様もよく、本を読んでるふりして居眠りしてるじゃないですか」
「……」
「寝るのはいいと思うんですけど、仕事をしているふうにごまかして寝るのは、やめてください」
俺は無言のまま、棒が天井を突いているのを見上げていた。
ニーアの声が聞こえないふりをするために、しばらく天井を激しく突いていると、2階からドカンッという音が響く。
築年数に不安があるこの事務所の天井から、ぱらぱらとほこりが落ちてきた。
足音を立てて階段を飛び降りてきたリリーナは、部屋に飛び込んでくると、俺をソファに押さえつけて、胸ぐらをつかんで揺さぶってきた。
白い頬にシーツの跡がついていて、水色の目が潤んでいるから、珍しく昼寝をしていたらしい。
「ごはん以外で呼ばないでって、言ったでしょ!そんなに、あたしに来てほしいわけ?」
「飯じゃない。仕事」
「リリーナさん、副市長が午後に来てほしいって言ってるんです」
ニーアに呼ばれて、リリーナは俺をぽいっと捨てて、ニーアの足に抱きついた。
ニーアがポケットからクッキーを出して渡すと、もちゃもちゃと床にこぼしながら食べ始める。
「えー、午後はぁ、読まなきゃいけない論文があるんだけどなぁ」
「勇者の皆様って言ってるので、リリーナさんも来てくれませんか?」
「んーん、おなか痛いから無理ぃ」
「そうですか。では、仕方ないですね」
リリーナは、ニーアのポケットを探って、それ以上クッキーがないことを確認してから、また盛大な足音を立てて、2階の自室に帰っていった。
さて、とニーアが俺のほうを向く前に、俺はソファに転がって、体を丸める。
「俺も、お腹痛くなってきたかも。駄目だ。これは無理だ」
「ご自分で治したらどうですか。そろそろ出ないと間に合わないので行きますよ」
ニーアがリリーナに甘いのは、リリーナの給料は俺の財布から出ていて、市政と何も関係ないからだろう。
対して、俺に厳しいのは、仲間としての愛情からだ。
決して、自分が希望して呼んでもらった勇者が役立たずで、肩身の狭い思いをしているからとか、ではないと思う。
俺はニーアに急かされて、放り投げていた剣を背負って、事務所を出た。




