〜2〜
副市長室に俺とニーアが着くと、すぐに副市長が部屋に入ってきた。
相変わらず不景気そうな顔をしていて、向かいのソファに座って、重く息を吐く。
懐から解雇通知を出して突きつけてきてもおかしくない雰囲気に、俺まで緊張してくる。
しかし、何も案ずることはない。
禁術ではあるが、俺は副市長の記憶を魔術で操作することなど容易い。
最終手段として、俺が着任してから今まで真面目に勇者業をやってきた記憶を副市長に植え付けて、解雇を待ってもらう。
その後、副市長には1、2か月眠っていてもらい、その間に実際に真面目に働いて、市民の印象アップを図る。
市民全員の記憶操作だって、勇者の俺には簡単にできるが、それではきりがないから、副市長1人に犠牲になってもらって事を収めよう。
完璧な作戦だ。
「実は……隣街に行っていただきたい」
「……なるほど」
ここでは、左遷や首切り部屋のことを、隠語で隣街と言うのか。
なんて陰湿なんだ。若いニーアは、こんな古臭い組織に染まる前に、早く辞めたほうがいい。
俺は隣に座るニーアにそう言おうとしたけれど、ニーアはコーヒーに砂糖を入れつつ、平気な顔をしていた。
「隣街というと、橋向こうのオルドグですか?」
「いいや、ネイピアスだ」
ニーアと副市長の会話を聞いていると、本当に隣街のことを指しているらしい。
俺がすれた考えをしていただけのようだ。副市長が不吉な顔をしているから、間違えてしまっただけで、俺は悪くない。
「そこの市長が、ホーリアに来た勇者に大層興味を持っていて、一度会っておきたいと前から言われていたのです」
「……それだけか?」
「ええ、そうですが。出張に行っていただけますか?」
俺は拍子抜けして、ようやくテーブルに置いていた、自分で淹れたコーヒーに手を伸ばした。
出張の1つや2つで恩が売れるなら、それぐらい喜んで行ってやるつもりだ。
「その街っていうのは、山を越えたところにある商人街のほうか?」
「違います。勇者様が業務時間中によく遊びに行く街ではなくて、森を越えて行くほうです。ネイピアスは、国境を挟んだ隣国トルプヴァールの街ですので、一時出国をお願いします」
隣国と聞いて、俺は突然面倒くさくなった。
ヴィルドルク国内であれば、街付きの勇者であっても、制限なくどこでも行ける。
しかし、勇者が国外に出るためには、それはそれは面倒くさい手続きを行わなくてはならない。
フリーの勇者は国外での仕事も多いが、出国の手続きの複雑さにノイローゼになりかけて、街付きの勇者に進路を変えるほどだと聞いたことがある。
一時出国の手続きは、そこまで難解ではなくて、書類3枚くらい出すだけだが、面倒くさいことには変わりがない。
仕事熱心な俺は、親愛なる副市長の頼みとあれば、是が非でも聞いてやりたいところだ。
が、俺はホーリアを守るためにここにいるのであって、国外出張は仕事に含まれていない。
「行ってやりたいのは山々だが……しかし、勇者の俺がこの街から出てしまうと困るだろう?」
「はて?なぜでしょうか?」
「……」
副市長に尋ねられても、俺だって、俺がホーリアにいないと困る理由が思いつかない。「それはいろいろとアレだ」と答えて、各自の想像力に任せることにした。
ニーアは、「普段働いていない勇者が街を離れると、一体何が困るのだろう」と律儀に考えていたが、何か思いついたらしく、顔をぱっと上げる。
「もしかして、街に勇者を置くことで国と契約しているのに、国内ならまだしも他国に行かせてしまうのは、契約上問題があるとかじゃないですか?」
「そう、それ」
俺もそれが言いたかった、という感じで、俺はうなずいた。
勇者を街に派遣するのは、街の希望だけでは叶わない。それだけの理由があり、国が必要だと判断したから派遣することになっている。
ホーリアの場合だと、「他の街よりも飛び抜けて魔獣が多いから」とかだろう。
たとえその裏で、ニーアのようなミーハーな職員からの熱烈な希望があっても、市長が黄金色の菓子を差し出していたとしても、建前上は、勇者を置くべき根拠を国が示し、市に勇者を置くように命令したことになっている。
「それなら問題ない。フリーの勇者様であるコーディック様が、1日くらいなら立ち寄ってくださるとのことだ」
「え、嘘、コーディック様が?」
ニーアは早口でそう言うと、ソファに座ってなどいられないというように、腰を浮かせながら右手を挙げて、副市長に詰め寄った。
「副市長!私、出張行かないで留守番しててもいいですか?」
「ニーア、それは困る。市の職員として、勇者に同行してもらわなければ」
「だって、勇者様の接待をする職員がいないと困るじゃないですか」
「いや、だから、勇者様と一緒に出張に行ってほしいと……」
「でも、ニーアは勇者様のお話を聞きたいんです!コーディック様といえば、ベテラン中のベテラン!本物の勇者様ですよ!」
副市長は、ニーアの横でコーヒーをすすっている俺に、同情の目を向けた。
先ほどからニーアが言っている勇者様に、俺は含まれていない。
養成校を卒業した俺も本物の勇者なのだが、ニーアの中ではきれいに除外されている。「偽物の勇者」とかいうカテゴリーがニーアの中でできているとすれば、俺は間違いなくそこに放り込まれているはずだ。
「気持ちは分かるが、仕事だから。我慢してくれ」
「…………ッ、わかり、ました……」
副市長に諭されて、ニーアは悔しそうに唇を噛みしめ、浮いた腰をソファに戻した。
涙すら浮かんできそうな顔で、うつむいて、拳を握りしめて堪えている。
毎日本物の勇者である俺と働いているのに、一体何が不満なんだ。
「勇者様の手続きは済ませています。あと、ニーアと引きこ……リリーナ嬢は、ホーリア市民なので、審査も問題なく通るはずです」
面倒な手続きを済ませてくれたなら、行ってやらないこともない。
俺は出張を承諾して、副市長に詳細を教えてもらうことにした。
ニーアは、俺の出国手続きに不備がないか、誰よりも念入りにチェックしている。
が、「つまらない仕事のせいで勇者様に会える機会を逃してしまった」と言いたげな顔で機嫌を損ねているのが気になる。
そのつまらない仕事は、俺という本物の勇者の付き人のはずだ。




