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「明日、俺とニーアは隣国の街に行ってくる」と伝えた時、リリーナはご飯さえ残しておいてくれればどうでもいい、という様子だった。しかし、俺の代わりの勇者が事務所に来ることを教えると、とたんに顔色を変えた。
「嘘ぉ……知らない人が、ここに来るの?」
「そうです。勇者歴50年の大ベテラン、コーディック様です」
「そ、そんなに立派な人が……?」
俺は他の勇者とほとんど交流がないが、勇者歴50年といったら、お爺さんもいいところで、首席卒業の俺に敵うわけがないだろう。
しかし、リリーナは生まれたてのハムスターのように震えて、べそをかき始めた。
「いやぁ……絶対、最近の若者はって言われるうぅ……真面目に仕事もしないで怠けて甘えてるって言われるぅぅ……」
「そんなことないですよ。リリーナさん、夜に真面目にお仕事してるじゃないですか」
一応自覚があったのか、と驚きのあまり本音を言いそうになったが、ニーアに睨まれて口をつぐんだ。
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一人で残されるくらいなら自分も行くと言い出して、結局、俺とニーアとリリーナの3人で、ネイピアスに向かうことになった。
ホーリア市は、ヴィルドルク国の領土から角のように飛び出していて、三つの隣国に接している。
そのうちの一つ、トルプヴァール国のネイピアスは、比較的平坦な道でホーリアとつながっている。
魔獣の棲み処になっている山を越えるより、隣国のネイピアスに行くほうが危険がないので、ホーリアとネイピアスは輸出入が盛んだ。
ホーリア市民の証明があれば、厳しい審査を受けずに入国できるように、取り決めがなされている。
そのネイピアスを目指して、俺とニーアは、森の中の道を馬車で進んでいた。
魔法がある世界で、馬車などという旧式の移動方法が使われているのは、一般人が使える移動魔法が、ペットボトルロケット程度の精度しかないからだ。
慣れた街で隣の通りまで、くらいなら使えるが、何があるか分からない森の中を移動魔法で行くのは、目隠しをしてアクセル全開のバイクで突っ走るようなもの。
もちろん、勇者の俺の移動魔法はセンチ単位で調整ができるから、そんな派手な事故にはならない。
しかし、急ぐ出張でもないのに、移動魔法で飛んでいくのも趣がない。俺は馬車の外の流れる風景を眺めながら、新しい魔術を構想していた。
「勇者様は、プライベートでは移動魔法を使うのに、旅費が下りる時は使いませんね」
「何か問題でもあるのか?」
「いえ、別に。リリーナさんは?」
「移動魔法で来るから、着いたら呼んでだって。まったく、他国の市長が、勇者に何の用があるんだろうな」
「なぜでしょうね。トルプヴァールにも、ヴィルドルク国から派遣された勇者様がいるはずです。この街道を作る時にも、勇者様の協力があって、魔獣の被害なく開通できたと聞いていますし」
「そうか、勇者が珍しいわけじゃないのか」
まさか、ヴィルドルク国が侵略してくるのに備えて、その足がかりとなるホーリア市の戦力を探りたいのではないか、とふと考えた。
しかし、トルプヴァールとヴィルドルクは、国家間で友好条約を結んでいる。戦争の予定があれば、オグオンから全勇者に連絡が来るが、それもしばらくはなかったはずだ。
「でも、勇者が近くにいたら、会ってみたいと考えるのが普通ではないですか?」
ニーアが普通じゃないことを言い出したが、俺は面倒だったので、そうだな、と頷いた。「ですよね!」と一気にテンションが上がったニーアは、今まで自分が出会ってきた勇者について語り出す。
同じ勇者なのだから当然知ってますよね、といったていで語ってくるが、俺は俺以外の勇者のことは、ほとんど知らない。
しかし、俺が話を遮ったりすると、俺のせいでコーディックと会えなかったことをニーアが思い出して、恨み節が始まりそうだ。
だから俺は「へー?あいつ元気にやってるんだ?」と言いたげな顔をして、延々と聞き続けていた。
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トルプヴァールの仰々しい入国門の手前で馬車を降り、俺はリリーナに魔法で声を飛ばして呼びかけた。
「リリーナ、着いた」
『……』
「リリーナ!着いた!」
「寝てるんじゃないですか?」
ニーアに言われて、俺は魔法で事務所に置いてあるリリーナを起こすための棒を動かす。
これだけ離れていても、勇者である俺なら簡単なことだ。
しばらく天井を突いていると、ごそごそと音がして、寝起きのかすれたリリーナの声が飛んできた。
『行かなきゃダメぇ……?』
「別に来なくてもいいが、そこに代わりの勇者が来るぞ」
『うぇぇ……知らない人怖ぃ……じゃあ、目印に手ぇ挙げて』
「手?」
リリーナに言われて、俺は意味が分からないまま右手を上げた。
俺の手のひらにリリーナの手が重なり、その手を始点に、リリーナが姿を現した。1ミリのズレもない。さすが、腐ってもモベドス卒だ。
「リリーナさん、この書類を見せればそのまま入れますから」
「うぃー」
いつものぶかぶかのスウェットではなく、ちゃんとよそ行きの白いワンピースと、つばの広い白い帽子を身につけたリリーナは、ニーアに渡された書類を受け取って、入国門を通ってトルプヴァール国内に入った。
勇者である俺も、副市長が手続きを済ませていたから顔パスで、ニーアとリリーナに続いて入国する。
トルプヴァールは、ホーリアと比べると、俺が前世で生きた世界に近い。電線が張られた電信柱が並び、電気で光る街灯が等間隔に立っている。
石畳とコンクリートで舗装された道には、時々ガソリン自動車が通っている。交通はまだ整備されていないらしく、街を歩く人々は、鉄の塊に慌てて道を開けていた。
「てか、ここ、トルプヴァール?魔法使えなくない?」
眠そうな顔をしていたリリーナが、ここがどこだかようやく気付いて、顔から血の気が引いて、白い顔が青く変わった。
リリーナの言う通り、トルプヴァール国内では魔法が使えない。
その代わり、生活に必要なエネルギーは発電所で作られ、水道と下水道が整備されている。見た目はヴィルドルクと同じ西洋ファンタジーの街だが、日本で言うと昭和くらいの科学水準まで発達しているらしい。
そういえば、怪我をさせた時に白魔術で治療ができないから、魔術が使えない国では、勇者の剣を威力を落としたものに変えなければいけないのを、すっかり忘れていた。
しかし、友好都市だというから、剣を抜くようなトラブルは起きないだろう。
魔法が使えない事実を受け入れられないリリーナは、無駄な抵抗として、右手を伸ばして魔法を発動させようとした。
しかし、何も起こらない。リリーナは、「ふにゅうぅぅぅ……」と、なんとも気の抜けた声を発して、地面にがくりと膝をついた。
「嫌ぁ……本当に使えない……あたし、お家帰るー!」
街中でわめき出した真っ白なリリーナを見て、ネイピアスの市民が、なんだなんだと注目してくる。
恥ずかしいから早く立ちなさいとリリーナの手を引いたが、リリーナは嫌々と首を横に振って、うずくまってしまった。
「あたし、魔術使えなかったら、ただのか弱い美少女だもん!何にもできないのに、知らないところに行くなんて無理ー!」
俺はリリーナの「か弱い美少女」発言に、異議を唱えようとした。
か弱い美少女は、上司の胸ぐらをつかんで、昼休みの無限延長を要求したりしない、と。
しかし、ニーアが俺の脇腹に肘鉄を入れてきたせいで、叶わなかった。
「大丈夫です。ネイピアスとホーリアは友好都市ですから、危ないことなんてないですよ」
「ホントにぃ……?」
ニーアはリリーナの前にしゃがんで、目線を合わせて優しくなだめる。
兄弟が多いニーアは、駄々っ子にも慣れた様子だ。リリーナのほうがニーアより年上のはずだが、2人のやり取りを見ていると、ニーアのほうが母親、いや、ベテラン保育士に見えてくる。
「それに、もし、何かあったら、私がリリーナさんを守ります。そのための魔法剣士ですから」
「うにゅう……」
勇者養成学校で古臭い剣術が重視されているのは、市民に向けて攻撃魔法を使うのが禁止されていることに加えて、トルプヴァールのように魔法を使えない国が、時々あるからだ。だから、俺のことも頼ってくれて構わない。
しかし、リリーナはニーアに抱きついて、ニーアもリリーナの背中を撫でてあやしながら、俺を置いて、街の中に入っていった。




