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元公務員が異世界転生して辺境の勇者になったけど魔獣が13倍出現するブラック地区だから共生を目指すことにした  作者: 甘酢ニノ
第3話 勇者、出張旅費を申請する

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16/33

〜3〜

 「明日、俺とニーアは隣国の街に行ってくる」と伝えた時、リリーナはご飯さえ残しておいてくれればどうでもいい、という様子だった。しかし、俺の代わりの勇者が事務所に来ることを教えると、とたんに顔色を変えた。


「嘘ぉ……知らない人が、ここに来るの?」

「そうです。勇者歴50年の大ベテラン、コーディック様です」

「そ、そんなに立派な人が……?」


 俺は他の勇者とほとんど交流がないが、勇者歴50年といったら、お爺さんもいいところで、首席卒業の俺に敵うわけがないだろう。

 しかし、リリーナは生まれたてのハムスターのように震えて、べそをかき始めた。


「いやぁ……絶対、最近の若者はって言われるうぅ……真面目に仕事もしないで怠けて甘えてるって言われるぅぅ……」

「そんなことないですよ。リリーナさん、夜に真面目にお仕事してるじゃないですか」


 一応自覚があったのか、と驚きのあまり本音を言いそうになったが、ニーアに睨まれて口をつぐんだ。


 +++++


 一人で残されるくらいなら自分も行くと言い出して、結局、俺とニーアとリリーナの3人で、ネイピアスに向かうことになった。


 ホーリア市は、ヴィルドルク国の領土から角のように飛び出していて、三つの隣国に接している。

 そのうちの一つ、トルプヴァール国のネイピアスは、比較的平坦な道でホーリアとつながっている。

 魔獣の棲み処になっている山を越えるより、隣国のネイピアスに行くほうが危険がないので、ホーリアとネイピアスは輸出入が盛んだ。

 ホーリア市民の証明があれば、厳しい審査を受けずに入国できるように、取り決めがなされている。


 そのネイピアスを目指して、俺とニーアは、森の中の道を馬車で進んでいた。

 魔法がある世界で、馬車などという旧式の移動方法が使われているのは、一般人が使える移動魔法が、ペットボトルロケット程度の精度しかないからだ。

 慣れた街で隣の通りまで、くらいなら使えるが、何があるか分からない森の中を移動魔法で行くのは、目隠しをしてアクセル全開のバイクで突っ走るようなもの。

 もちろん、勇者の俺の移動魔法はセンチ単位で調整ができるから、そんな派手な事故にはならない。

 しかし、急ぐ出張でもないのに、移動魔法で飛んでいくのも趣がない。俺は馬車の外の流れる風景を眺めながら、新しい魔術を構想していた。


「勇者様は、プライベートでは移動魔法を使うのに、旅費が下りる時は使いませんね」

「何か問題でもあるのか?」

「いえ、別に。リリーナさんは?」

「移動魔法で来るから、着いたら呼んでだって。まったく、他国の市長が、勇者に何の用があるんだろうな」

「なぜでしょうね。トルプヴァールにも、ヴィルドルク国から派遣された勇者様がいるはずです。この街道を作る時にも、勇者様の協力があって、魔獣の被害なく開通できたと聞いていますし」

「そうか、勇者が珍しいわけじゃないのか」


 まさか、ヴィルドルク国が侵略してくるのに備えて、その足がかりとなるホーリア市の戦力を探りたいのではないか、とふと考えた。

 しかし、トルプヴァールとヴィルドルクは、国家間で友好条約を結んでいる。戦争の予定があれば、オグオンから全勇者に連絡が来るが、それもしばらくはなかったはずだ。


「でも、勇者が近くにいたら、会ってみたいと考えるのが普通ではないですか?」


 ニーアが普通じゃないことを言い出したが、俺は面倒だったので、そうだな、と頷いた。「ですよね!」と一気にテンションが上がったニーアは、今まで自分が出会ってきた勇者について語り出す。

 同じ勇者なのだから当然知ってますよね、といったていで語ってくるが、俺は俺以外の勇者のことは、ほとんど知らない。

 しかし、俺が話を遮ったりすると、俺のせいでコーディックと会えなかったことをニーアが思い出して、恨み節が始まりそうだ。

 だから俺は「へー?あいつ元気にやってるんだ?」と言いたげな顔をして、延々と聞き続けていた。


 +++++


 トルプヴァールの仰々しい入国門の手前で馬車を降り、俺はリリーナに魔法で声を飛ばして呼びかけた。


「リリーナ、着いた」

『……』

「リリーナ!着いた!」

「寝てるんじゃないですか?」


 ニーアに言われて、俺は魔法で事務所に置いてあるリリーナを起こすための棒を動かす。

 これだけ離れていても、勇者である俺なら簡単なことだ。

 しばらく天井を突いていると、ごそごそと音がして、寝起きのかすれたリリーナの声が飛んできた。


『行かなきゃダメぇ……?』

「別に来なくてもいいが、そこに代わりの勇者が来るぞ」

『うぇぇ……知らない人怖ぃ……じゃあ、目印に手ぇ挙げて』

「手?」


 リリーナに言われて、俺は意味が分からないまま右手を上げた。

 俺の手のひらにリリーナの手が重なり、その手を始点に、リリーナが姿を現した。1ミリのズレもない。さすが、腐ってもモベドス卒だ。


「リリーナさん、この書類を見せればそのまま入れますから」

「うぃー」


 いつものぶかぶかのスウェットではなく、ちゃんとよそ行きの白いワンピースと、つばの広い白い帽子を身につけたリリーナは、ニーアに渡された書類を受け取って、入国門を通ってトルプヴァール国内に入った。

 勇者である俺も、副市長が手続きを済ませていたから顔パスで、ニーアとリリーナに続いて入国する。


 トルプヴァールは、ホーリアと比べると、俺が前世で生きた世界に近い。電線が張られた電信柱が並び、電気で光る街灯が等間隔に立っている。

 石畳とコンクリートで舗装された道には、時々ガソリン自動車が通っている。交通はまだ整備されていないらしく、街を歩く人々は、鉄の塊に慌てて道を開けていた。


「てか、ここ、トルプヴァール?魔法使えなくない?」


 眠そうな顔をしていたリリーナが、ここがどこだかようやく気付いて、顔から血の気が引いて、白い顔が青く変わった。


 リリーナの言う通り、トルプヴァール国内では魔法が使えない。

 その代わり、生活に必要なエネルギーは発電所で作られ、水道と下水道が整備されている。見た目はヴィルドルクと同じ西洋ファンタジーの街だが、日本で言うと昭和くらいの科学水準まで発達しているらしい。


 そういえば、怪我をさせた時に白魔術で治療ができないから、魔術が使えない国では、勇者の剣を威力を落としたものに変えなければいけないのを、すっかり忘れていた。

 しかし、友好都市だというから、剣を抜くようなトラブルは起きないだろう。


 魔法が使えない事実を受け入れられないリリーナは、無駄な抵抗として、右手を伸ばして魔法を発動させようとした。

 しかし、何も起こらない。リリーナは、「ふにゅうぅぅぅ……」と、なんとも気の抜けた声を発して、地面にがくりと膝をついた。


「嫌ぁ……本当に使えない……あたし、お家帰るー!」


 街中でわめき出した真っ白なリリーナを見て、ネイピアスの市民が、なんだなんだと注目してくる。

 恥ずかしいから早く立ちなさいとリリーナの手を引いたが、リリーナは嫌々と首を横に振って、うずくまってしまった。


「あたし、魔術使えなかったら、ただのか弱い美少女だもん!何にもできないのに、知らないところに行くなんて無理ー!」


 俺はリリーナの「か弱い美少女」発言に、異議を唱えようとした。

 か弱い美少女は、上司の胸ぐらをつかんで、昼休みの無限延長を要求したりしない、と。

 しかし、ニーアが俺の脇腹に肘鉄を入れてきたせいで、叶わなかった。


「大丈夫です。ネイピアスとホーリアは友好都市ですから、危ないことなんてないですよ」

「ホントにぃ……?」


 ニーアはリリーナの前にしゃがんで、目線を合わせて優しくなだめる。

 兄弟が多いニーアは、駄々っ子にも慣れた様子だ。リリーナのほうがニーアより年上のはずだが、2人のやり取りを見ていると、ニーアのほうが母親、いや、ベテラン保育士に見えてくる。


「それに、もし、何かあったら、私がリリーナさんを守ります。そのための魔法剣士ですから」

「うにゅう……」


 勇者養成学校で古臭い剣術が重視されているのは、市民に向けて攻撃魔法を使うのが禁止されていることに加えて、トルプヴァールのように魔法を使えない国が、時々あるからだ。だから、俺のことも頼ってくれて構わない。

 しかし、リリーナはニーアに抱きついて、ニーアもリリーナの背中を撫でてあやしながら、俺を置いて、街の中に入っていった。

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