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排気ガスを派手にまき散らしながら横を通った車に、リリーナは身をすくませて、ニーアの影に隠れる。
日に焼けるとか、服が汚れるとか、最初は強がってブツブツ文句を言っていたが、魔法が全然使えない知らない街を歩いているうちに、空元気もなくなっていた。
涙目で腕を引かれるままに歩いているリリーナを励ますように、ニーアは黒い煙の筋を残して駆け抜けていった車を指さす。
「あれ、どうやって動いてるんでしょう?リリーナさんなら空中を移動して、もっと速く行けそうですね」
「ふん……馬の代わりにするくらいなら、移動魔法を使えばいいのに。レベルが低いのね」
「エンジンで動いてるんだろ」
2人に押し出されて、後ろで1人で歩いていた俺は、なんとなく孤立しているような気がして面白くない。呟いた俺に気付いて、リリーナは振り返って睨みつけてきた。
「何?エンジンって何よ?」
ニーアも足を止めてしまって、俺が教える空気になっているが、文系の俺に期待しないでほしい。仕組みなんて、さっぱり分からない。
しかし、俺の前世では日常的にあったものだ。もちろん2人は俺の前世のことなど知らないが、何も答えられないのは恥ずかしい。確か「馬力」とかいう単位があったはずだ。
「馬何頭分の力が出せる機械、らしい。何馬力、とかいう数え方をしたりもする」
「馬が中に入ってるんですか?」
「入ってない。たぶん」
「でも、何頭分ってことは、何頭か入ってるってことでしょ?魔術で小さくして?」
「リリーナさん、ここでは魔術が使えないから、元から猫くらい小さい馬がいるのかもしれません」
「それなら入りそうだけど……でも、かわいそう。ぎゅうぎゅう詰めじゃない……」
リリーナは本気で車に同情し始めた。
しょんぼりしたリリーナを元気づけたいのか、ニーアが、通りの角に立つ2メートルほどの高さの赤い箱を指さす。
「あ、見てください!あそこの箱、すごいんですよ!」
箱の前面にはキャンディの絵が描かれている。
カラフルな押しボタンが並んでいて、硬貨の投入口がある。俺には、これが何か予想がついた。
「ニーア、前に来た時に、使ったことがあるんです!」
ニーアは革のポーチから、ネイピアスの硬貨を1枚出す。
投入口に入れて、1つボタンを押すと、箱の下のほうで、ガコンと大きな音がした。
リリーナが、ひゃっと声を上げて、ニーアの後ろに隠れる。
ニーアが取り出し口から小さな箱を取り出して、俺とリリーナに見せる。リリーナは、ニーアの手の中の小さな箱を、物欲しそうに見つめている。
「この赤い箱、お菓子が買えるんですよ!」
「自動販売機か」
「これ、魔力も使ってないのに、不思議じゃないですか!?」
「う……うーん……」
瞳をキラキラさせながらニーアが言って、俺は答えに窮して唸ってしまった。
ヴィルドルクも含めこの世界の大半は、インフラに魔法や魔術が使われている。
そして、ニーアはホーリア育ちで生まれた時から魔法が使えるし、リリーナは天下のモベドス卒。
魔法がない生活のほうが、信じられないし不思議らしい。
前世の記憶がある俺からすると、自動販売機なんかよりも、魔力だの魔術だののほうが、ずっと不思議で夢のようだ。
しかし、魔法は必需品ではない。使える人間と比べて、制限のある生活を強いられるのは間違いないが、トルプヴァールのように魔法なしで生活している人たちもいるし、魔力がない子供も極々稀にいる。
ただ、もし魔法が使えなかったら、俺は勇者になれなかった。
あのまま、清貧が唯一の取り柄の孤児院で、一生過ごすことになっていた。だから、使えたほうがいいのは間違いない。
「やあ、久しぶり」
立ち止まっているニーアとリリーナを促して、先に進もうとした時、俺の正面に、黒いマント姿の男が現れた。
フードを深くかぶって顔を隠した、怪しさ満点の男。俺と同じ格好だ。リリーナは驚いて叫び声を上げ、帽子を深くかぶる。
「噂には聞いていたけれど、本当に街付きになったんだな」
ニーアは、男からリリーナをかばうように前に飛び出して、腰の双剣に手をかける。
さすが、魔法剣士のニーアだ。有言実行でリリーナを守る姿に、小柄なはずのニーアの背中が大きく見える。
惜しむらくは、小柄すぎて、俺が全然かばえていないことだ。
こんな街中で勇者の剣を抜いたら目立つから、絶対に嫌だ。自分の身は自分で守れと言うのなら、ニーアの双剣を1本貸してほしい。
「今は、ホーリアか。また大変な地域を担当してるな。アウビリスに期待されてるんじゃないか?」
男がかぶっていたフードを下ろすと、柔らかそうな灰色の髪と、狼のような金色の瞳が見えた。
すらりと背が高くて、優男風の振る舞いが気に食わなかったが、人懐っこい笑顔で、俺に片手を上げて挨拶してきた。
しかし、顔を見たところで、誰だか全然記憶にない。
この街に知り合いなどいないはずだが、ニーアの知り合いの可能性もある。
そう考えてニーアに聞こうとした時、男の顔を見て大きく息をのんだニーアが、叫び声を上げた。
「エ、エイリアス様!!!」
街中に響き渡るくらいのニーアの叫び声に、街行く人は足を止めて、なんだなんだとニーアを迷惑そうにうかがっている。
この街に来てから、2人が注目を集めすぎていて、根が小市民の俺は恥ずかしい。
リリーナはニーアの声に驚いて、俺の後ろにすっかり姿を隠してしまった。
リリーナにも一応「誰?」と尋ねてみたが、人見知り100パーセントの反応から、リリーナの知り合いではなさそうだ。
顔を赤くしてぷるぷる震えているニーアに「誰?」と尋ねても、青年を凝視しているニーアは「嘘……無理……」と呟きながら、瞳を潤ませていた。
「誰って。一緒に卒業した仲だろ。入学はホーリアのほうが後だったけど」
男の言うことを信じるなら、どうやら俺の勇者養成学校の同級生らしい。
そんなことを言われても、俺は全然覚えていないから、一方的に親しそうなつらをされても、なんとなくむかつく。
そう思ってぼんやりしていると、ニーアが俺の胸ぐらをつかみ上げてきた。
リリーナにこういう扱いをされるのはもう慣れたが、ニーアにやられるのは初めてだ。
「勇者様!どうして、今や新進気鋭のフリーの勇者、エイリアス様を知らないんですか!?」
「俺、自分より成績下位の奴は、興味ないから」
「な……!なんて失礼なことを言うんですか!!ぶっ殺しますよ!!!」
一応、俺はニーアの上司的なポジションのはずだが、ニーアの勇者オタクっぷりをなめていた。
そして、ニーアは左手で俺の胸ぐらをつかんだまま、右手は双剣の柄にかかっている。
双剣は小型で、全長30センチほどとはいえ、俺の首を貫通するには十分な長さがある。有言実行のニーアに、俺の首が切り落とされるかもしれない。
「そんな過激なこと言わないでさ。市庁舎に行くんだろう?案内するよ」
エイリアスに言われて、ニーアは俺を解放し、ようやく双剣の柄からも手を離した。
そして、エイリアスに、鞄から出したブロマイドをそっと差し出す。
ニーアの奇行に俺は目を疑ったが、エイリアスは慣れた様子でそれを受け取ると、マジックを出して、すらすらとサインをした。
勇者のブロマイド。噂には聞いていたが、本当に流通しているのか。そして、それをニーアは持ち歩いているのか。
俺のブロマイドは、存在するのだろうか。聞くのが怖い。




