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元公務員が異世界転生して辺境の勇者になったけど魔獣が13倍出現するブラック地区だから共生を目指すことにした  作者: 甘酢ニノ
第3話 勇者、出張旅費を申請する

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〜5〜

 エイリアスに案内されてしばらく市内を歩くと、ネイピアスの街の真ん中に建っている市庁舎に到着した。

 ホーリアの古い街並みと違って、コンクリートの四角い建物が立ち並ぶ中でも、一番新しそうな白い長方形のビルだ。

 ニーアは散々騒いだが、この街には、エイリアスを見て黄色い歓声を上げるような人間はいなかった。顔は知られているようで、好意的な視線がわずかに集まるだけだ。

 おそらく、ニーアが異常なのだと思う。


「では、俺はこの辺で」

「え……」


 庁舎の中の応接室までついてきていたエイリアスが、廊下の先に行こうとすると、付き人のように横に控えていたニーアが、ショックを受けた顔で固まった。

 道すがら、エイリアスが話す一言一言に感動していたニーアだったが、すぐに到着したから、まともに話せていない。

 それは少しかわいそうだと思っていたが、ニーアは俺を邪魔な看板か何かと勘違いしているようで、両手で横にどかして、エイリアスの前に出た。


「あの、私は市長に呼ばれてないので」

「そう?じゃあ、少しお茶でもする?」


 「はい!」とニーアが元気よく返事をする前に、俺はニーアをエイリアスから引き離した。


「嘘を言うな。勇者の皆様って言われたから、仲間全員行かないと」

「私が……勇者様の、仲間……?」

「そこから疑問を持つな」


 ニーアの袖を、リリーナが涙目でつかむ。


「えー……ニーア、行っちゃうの……?」


 悪の組織に誘拐されたわけでもないのに、今までの俺との日々を記憶から抹消しているニーアだったが、1人で俺と残されそうなリリーナが泣きそうな顔をしているのに気付いて、仕方なく諦めた。

 ニーアが両手の手袋を外して、おそるおそる右手を差し出すと、エイリアスはそれに応えて、ニーアの右手を握る。


「あの……ぜひ、今度、ホーリアに遊びに来てください……!」

「ああ、今度はゆっくり話そう」

「はい……!」


 両手で包んだエイリアスの手を名残惜しそうに離したニーアは、握られた手を愛おしむように、ぎゅっと抱きしめる。

 俺と握手した時は、もっと気持ち悪い反応をしていたことを少し思い出したが、まあ、ささいなことだ。


 +++++


 俺たちが応接室のソファで待っていると、すぐに男性が早足で入ってきた。


「よく来てくれました。ネイピアス市長です」


 ネイピアス市長は、30代か40代くらいの男性だった。

 目の下に、鍵マークの刻印が入っている。

 まるでピエロの涙マークのようで、整っているとはいえ、真面目そうな市長の顔には全然似合わない。

 市長も好きでそれを入れているわけではないだろう。鍵の刻印は、魔法が一切使えない、そして魔法が効かない「退魔の子」の印だ。


 退魔の子は、どこか見えるところに鍵のマークを入れる決まりになっている。

 たとえば、災害で大量の怪我人が出た時、リリーナのような白魔術師が出てきて、一気に治療をするが、退魔の子は治療魔法が効かない。

 全員治したつもりで、退魔の子が放置されるような悲劇を防ぐための目印だ。


 退魔の子を前にすると、魔術師たちは、最初からいない者のように無視したり、無駄に傲慢な態度になったり、多種多様な反応を見せる。

 リリーナはどうかと心配になったが、魔術を使えない街で、知らない人を前にして、そんな態度をとる余裕はないらしい。

 帽子のつばをつかんで、顔を限界まで隠して、「は、はひゅ……ひぅぅ」と、人見知りっぷりを爆発させていた。


「どうも。俺はホーリアの勇者だ。あと、仲間のニーアとリリーナ」

「皆さま、お呼び立てして申し訳ございません」

「いいや。ネイピアスは国境沿いの街だから、周辺市の勇者も把握するのか?」

「いいえ。私が諸外国に興味があるんです。私は元々は、トルプヴァールの外交官をやっていまして」

「へえ、珍しいな」


 外交官を経て市長に転職とは。

 前世では1つの職場にしがみついて、現世でも職業の選択を間違えているんじゃないかと薄々気付き始めている俺からしてみると、うらやましい限りだ。

 ネイピアス市長は、年相応の疲れが出始めている顔をしていたが、人の警戒心を解くような、子供のような笑顔を見せた。


「ホーリアはどうですか?」

「いい街だ。市民は皆勇者に好意的だし、まあ、仕事は忙しいが、だから首席卒業の俺が呼ばれたんだろうな」


 横にいるニーアも聞いているのが気がかりだ。しかし、身内ならともかく、外の人間にまで「全然働いてないから市内放送で俺の苦情が流れちゃってさぁwww」なんて武勇伝のように語るつもりはない。


「やはり、魔獣を倒すのは大変ですか?ホーリアは特に多い地域と聞いています」

「少なくはないが、多いというほどでもない。想定の範囲内だ」

「しかし、ホーリアでは、魔獣との共生を目指されていると聞きましたが」


 やはり、知らないはずはなかったか。

 俺はソファに座り直して、余裕があるふりをしてみせた。


「それは、だな、」

「…………はぁ」

「…………」


 横の2人が何か言ってくれるのを待ったが、ニーアはエイリアスと引き離されたショックと握手をしてもらった感動から抜け切れていないし、リリーナは帽子で顔を隠して、はなから会話を拒否している。

 俺は市長の視線から逃れるように、さりげなくソファから立ち上がった。


「どこへ行かれるんですか?」

「……ちょっと、トイレに」

「出て右です」


 ネイピアス市長は、鍵の刻印にしわを寄せて、俺の罪悪感を刺激する優しい笑顔で教えてくれた。


 +++++


 俺が応接室から出て、時間を潰すために市庁舎の中をうろうろしていると、出口のあたりに、エイリアスがまだいた。

 腰をかがめて子供と話していたが、俺に気付くと子供に手を振って別れてこちらに来る。

 俺は、エイリアスに、一番気になっていたことを尋ねる。


「ブロマイドって、まさか俺のはないよな?」

「あれは営業の名刺のようなものだから、街付きの勇者はないだろ」


 剣やマントや、勇者を証明するものはいろいろあるが、一番信用できるのは顔ということで、フリーの勇者は仕事の時、顔写真付きのライセンスを提示していた。

 その複写を名刺代わりに配っていたが、写真の部分が徐々に大きくなっていき、ブロマイドになって、知らない間に売られていたらしい。


 顔で売っているわけでもないのに、顔写真が公の場にばらまかれたら、俺は恥ずかしくて外を歩けない。エイリアスは精神状態が違うんだと思う。

 しかし、街付きの勇者の俺は、ライセンスをめったに使わないから、ブロマイドもないだろう。ひとまず安心だ。

 ただ気になるのは、使わなさすぎて、俺が勇者のライセンスをどこにしまったのか、全然覚えていないことだ。

 査問とか始末書とかが必要な事案ではないだろうな。突然不安になってきたから、あとで確認しておこう。


「エイリアスは、仕事か?」

「そう。今から行くところだ」

「移動魔法も使えないんだろ。不便な国だな」

「まあ、最近は慣れてきたよ」

「フリーなのに、この街に長くいるのか?」

「まあ……いろいろあるんだ」


 俺は世間話のつもりで軽く振っただけなのに、エイリアスはなぜか自嘲気味に笑った。

 別に話したくないなら、そこまで興味がないから言わないでくれて構わないのに、エイリアスは俺の様子に気付かずに話を続ける。


「俺は父が勇者だから、普通のことを普通にやれるのは当たり前だ。それ以上のことをやらないと」

「そうか……」


 以前、ニーアが、エイリアスが養成校に入学した時から応援していたと言っていたことを思い出す。

 養成校の入学者の情報は隠されるが、二世の奴は別だ。勇者誰々の子供が養成校に入ったという情報は、入学試験の合格発表直後に世間に知れ渡る。

 必要以上に期待されて、プレッシャーもあるのだろう。しかし、普通のことを普通にできていない状況の俺は、エイリアスの言葉に若干いらつく。


「市長は、どうだった?」

「ああ、驚いたよ」

「どうして?」


 エイリアスは、狼を連想させるような金色の瞳を鋭く光らせて、灰色の髪の影から俺を見つめた。


「元外交官の市長って珍しいだろ?この国では、そうでもないのか?」

「あぁ……そうか」


 エイリアスの表情が、元のように柔らかい笑顔に戻った。


 本当は、退魔の子が市長だの外交官だの、高い地位についていることが珍しい。

 さらに言ってしまえば、退魔の子なのに、あの年齢まで生きていることに驚いた。

 魔術に頼るこの世界では、医者はいるにはいるが、生物学を学んだ人間の道楽に近い。

 怪我や病気をしても、数少ない医者が間に合わないとか、技術が足りないとかで、治療できずに子供のうちに死ぬことが多い。大人になれる退魔の子は、ほとんどいない。

 しかし、魔術に頼らず、科学が発達したトルプヴァールなら、普通に病気や怪我の治療ができる医者がいて、退魔の子も生き延びやすいのだろう。


 ホーリア市ですでに市民全員から嫌われている俺は、せめて隣市には好かれておこうと、失礼な発言は控えた。


「ホーリアの他の2人は、魔法剣士と白魔術師か。魔法剣士は市の人間だから、魔術は使えないだろう?」

「魔法までだな。でも、白魔術師は、なんと、モベドス卒だ」

「それはすごい。でも、この国では魔法も魔術も使えないから、無駄だな」


 俺が胸を張って言ったのに、エイリアスのばっさり切り捨てるような言い方に、少し腹が立つ。

 どうやらこいつは、人をいらいらさせる話し方をする奴らしい。

 リリーナの代わりにキレようか少し考えたが、エイリアスは悪意はなかったらしく、軽い口調で続けた。


「でも、いい仲間だと思う。フリーだといつも1人で仕事をしているから、どうも追い詰められるんだ。今度、ホーリアに遊びに行くよ」

「ああ、ニーアが喜ぶからいつでも……じゃなくて、俺が呼んだ時に来てくれ」

「わかるよ。そのほうが、ホーリアがあの子に感謝されるからだろ」


 俺の考えなどお見通しだったらしく、エイリアスは「必ず呼んでくれよ」と言い残して、マントをひるがえして庁舎を出ていった。

 さて、俺はそろそろ応接室に戻らないと、トイレが長すぎる。

 市長の質問の答えは、まだ思いつかないが。

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