〜6〜
市長との話が終わった後、ニーアとリリーナはネイピアスの街に遊びに行ってしまった。
ネイピアスは観光地ではないから、見て面白いものはないけれど、ホーリア育ちのニーアとリリーナには、逆にそれが珍しかったらしい。
ファンタジーの世界から隔離されているようなネイピアスの街を見ていると、前世を思い出して若干嫌な気分になる。精神衛生上よくないから、俺は街の出口で待っていた。
魔法が使えない知らない街をニーアに引っ張り回されたリリーナは、顔から生気が失せていたが、帰りの馬車では安心して元気を取り戻し、土産に買ったコロッケを食い散らかしていた。
思い出してみると、俺はこの世界に生まれてから、コロッケを一度も食べていない。1つくらい余らないかと待っていたが、リリーナは全部1人で食べ尽くしてしまった。
霞と朝露しか食べなさそうな見た目をしているのに、誰よりもよく食べる健康体で、雇い主の俺としては安心している。
そして、お腹が満たされると、俺からマントを引き剥がして掛け布団代わりにし、ニーアの膝を枕にして眠ってしまった。
自由人すぎて、恐怖すら感じる。
+++++
「市長とは何を話したんだ?」
俺が尋ねると、膝の上のリリーナを起こさないように報告書をまとめていたニーアが、ペンを止めた。
俺がトイレから戻ってくるとすぐに、市長は次の仕事があるからと退席してしまった。
今から話が盛り上がるというところだったのに、本当に残念だ。
「魔獣との共生を考えているのは、何か志があってのことか?と聞かれました」
確かに、当然の疑問だろう。ホーリア市で追っ払った魔獣が、ネイピアス市に来るのではと、市民が不安に思っているのかもしれない。
しかし、ネイピアスには街付きの勇者はいないが、エイリアスが拠点にしているようだし、トルプヴァールは優れた科学技術で、元々魔獣の被害が少ない国だ。
市長も俺に対して敵意はなかったから、単に俺の仕事ぶりに関心があるだけだろう。俺がいかに深い考えで共生に至ったか、知っていただく貴重な機会だった。
「ですので、ただ怠けているだけです、とお伝えしました」
「……」
「違いましたか?」
ニーアにまっすぐ見つめられて、俺は何も言えない。
ご希望があれば、論文にして一晩語れるが、一言で簡潔にまとめると、その通りだ。
「そんなことよりも、エイリアス様は、養成校でも優秀だったんですか?」
今、報告書にまとめている内容を「そんなこと」で片付けて、ニーアが瞳を輝かせて身を乗り出してきた。膝の上のリリーナが、うぅ、と唸る。
「だから、俺は自分より成績下位の奴に興味ないから。覚えてない」
「えぇー……あんなに素晴らしい勇者様なのに……」
「でも、エイリアスも俺の下だろ。なんといっても、俺は首席卒業だからな」
「そうですか。皮肉な話ですね……」
今の話のどこに皮肉があったのか。
俺には理解できなかったが、これ以上突っ込んでもやぶ蛇になりそうだったので、深く聞かずに別の話に誘導する。
「ニーアは、勇者のブロマイドって、どこで手に入れたんだ?」
「気になりますか?これは、勇者様が大きなお仕事の時なんかに配っているのを、人と交換して集めているんです」
ニーアは書きかけの報告書を素早く片付けると、鞄からファイルを取り出した。数十枚の勇者のブロマイドが、きれいに収納されている。
俺が名前も知らない奴ばかりだが、同僚がキメ顔をしている写真を見るのはきつい。
「このカルディス様のなんて、養成校を卒業してすぐに着任された時の、凱旋イベントでしか手に入らなくて。母の実家がある街なので、連れていってもらって、握手してもらったんです!まさか、カルディス様が一昨年の年間討伐数1位になるなんて……でも、私はあの時から、偉大な勇者様になると思っていました!」
出た、古参アピール。
と思ったけれど、俺は口に出さずに、うんうんと頷いて聞いていた。
リリーナが移動魔法を使わずに馬車で帰っているのは、事務所に代わりの勇者のコーディックがまだいると、魔法で察しているからだ。
俺のマントにリリーナのよだれが広がっているのが気になるけれど、勇者歴50年の大ベテランと新卒勇者の俺が鉢合わせしたら、「最近の若いもんは……」から始まるありがたいアドバイスを延々聞かされそうだから、俺だって会いたくない。
余計なことを言ってニーアがコーディックを思い出したら、一か八かの精度の低い移動魔法で、ホーリアに飛んで帰ってしまうだろう。
コーディックだって、魔獣と共生するなんて先進的なことを考える俺に、興味を持っているはずだ。
でも、俺が熱く志を語る前に、ニーアが先ほどと同じく、一言で説明してくれるに違いない。
同僚に、これ以上敵を増やしたくない。
だから、ニーアがブロマイドを1枚ずつめくりながら勇者の素晴らしさを語るのに、俺は興味がありそうな顔をして付き合っていた。
しかし、1枚につき勇者の経歴と討伐記録と、ニーアがその勇者に出会った時の思い出話がついてくる。話が長い。
ニーアがアウビリスのブロマイドについて熱く語り始めた隙に、俺はファイルの残りのページを、ぱらぱらと先にめくった。
あと何枚あるのかそっと確かめたかっただけだ。
最後のページに指をかけた、その時。
「ぎゃーーーー!!!」
ニーアが絶叫して、ファイルを全力で閉じた。
俺の指を挟んだまま。
分厚い表紙と、数十枚のブロマイドの重みが、俺の右手に一点集中で叩き込まれる。
声も出ないくらい痛い。
勇者の俺に、ここまでのダメージを与えた魔法剣士は、ニーアが初めてだ。
「あのっ、違うんです!そこはですね、その、まだ何も入ってないんです!本当に、空っぽなんです!」
ニーアは、俺の手が挟まったままのファイルを、両腕でぎゅうぎゅうと抱きしめた。さらに圧がかかる。
「空いているのは、たまたまです!集めてる途中といいますか、手に入らないものは仕方ないといいますか、決して、自分で作ろうとか、そういうことではなく!」
「……わかった」
「はい!お気になさらず!」
ニーアの力が緩んだすきに、ファイルから手を抜く。
赤くなった指が折れても千切れてもいないことを確認して、そっと背中に隠した。
なぜ、最後のページは空っぽなのに、あんなに必死で隠したのか。
もしかしたら、コーディックのブロマイドを入れるつもりだったのかもしれない。
俺の出張のせいで、サインをもらう機会を逃したから、悔しくて見られたくなかった、とかだろう。
悪いことをした。今度、コーディックに会うことがあったら、1枚くらいもらっておいてやろう。
ニーアはファイルを鞄の一番奥にしまい込んで、窓の外を見ている。
耳まで真っ赤なのは、たぶん夕日のせいだ。




