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仕事を終えた俺が移動魔法で姿を現すと、街の入り口の石塀に腰掛けていたニーアが、俺に気付いて顔を上げた。
手には、ピンク色の菓子袋。石塀の上には、空になった包み紙が3つ並んでいる。説明会が終わってから、ずっとここで待っていたらしい。
予想はしていたが、目が死んでいる。
ニーアは菓子袋を腰のバッグに押し込んで、石塀から飛び降りると、ふらふらと歩み寄ってきた。
「お帰りなさい、勇者様……ご活躍、この目でしかと拝見していました」
「そうか」
俺が魔獣と戦っている間、通信機からは集会所の音声が聞こえていた。
ニーアには、司会者として魔獣と戦う勇者に偶然気付いた感じで盛り上げろと言ったが、その演技力のなさを見くびっていた。
『みなさーん、ニーアお姉さんだよー!あっ、あんなところに大きな魔獣がー!そして勇者様がー!……ぐ、偶然ですねー!』
そんな調子で、子ども向けヒーローショーの司会のお姉さんのように必死に場を盛り上げようとして、盛大に空回りするニーアは、本人には絶対言わないが最高に面白かった。
200人規模の集会所があれほど静まり返るのを、俺は初めて聞いた。誰かが肉切り包丁を研いでいる音まで聞こえていたくらいだ。
無茶振りをしたのは俺なので、悪かったとは思っている。本当に。
「市民の皆様は帰られました。勇者様が戦っているところを見て、ちゃんとした勇者様なんだなって、納得いただけました!ニーアも仕事だって理解してもらえたし、本当にありがとうございます!……あの、ニーアの司会の件は、もし聞いていたのなら、忘れてください……」
俺は、聞いていたとも聞いていなかったとも答えず、ただ頷いた。
今日の目的は、市民へのご挨拶でもないし、ヒーローショーの開催でもない。ニーアにかけられた破廉恥な誤解を解くことだ。
当初の目的が達せられたのだから、それで十分だ。
「それに、ご自分の言葉に責任を持つ勇者様のお姿に、学ばせていただきました」
「そうか……」
魔獣を倒してそれで終わりなら、5分もあれば終わる。
しかし、魔獣の首を切り落とそうとした時に、通信機から聞こえる集会所の音声に「共生するとか言ってなかった?」という言葉が混じっていて、剣を止めた。
俺は書いただけで、言ってない。
そんな苦しい屁理屈が市民に通じないのは、前世で身に染みて分かっている。
魔獣を倒さずに、二度とこの辺りに近付いてこないように痛めつける。そんな無駄な技術、養成学校でも教わらなかった。手加減が面倒で時間がかかるし、暴れる魔獣に吹っ飛ばされるし、泥だらけになって大変な目に遭った。
誰だ、共生なんて面倒臭いことを言い出したのは。
「しかし、市民の皆様から『生殺しにするのは残酷では?』『怪我をさせた魔獣を逃がすのは、逆に危険ではないか?』というご意見がありました。あと、肉屋の主人は、今回も素材が手に入らなくて、最後まで不満そうでした。どうしますか?」
「何やっても誰かは文句言うんだよ。無視」
「はい。わかりました」
ニーアは几帳面に俺の言葉をメモしていた。市職員として優秀すぎるニーアなら、「貴重なご意見ありがとうございます。今後の勇者業を進めていく上で参考にさせていただきます」とでも言ってくれるだろう。
俺の後ろを歩くニーアは、メモをしながら小さな声で何かぶつぶつ呟いている。
「……魔獣と戦うあのお姿、映写の保存版と会場の記録、市の資料として申請しなきゃ……あ、でも、ニーアの司会の部分は編集で確実に消さないと……」
ニーアは今日の出来事を市として保存するつもりらしい。
真面目にもほどがある。
「ニーアは、本当に仕事熱心だな」
「はい……ニーア、本当は勇者になりたかったんです」
ニーアは、足を止めてぽつりと呟いた。
熱烈な勇者マニアの片鱗を垣間見せるニーアが、勇者に憧れているのは、言われなくても誰でも気付く。
おそらく、副市長の文句の言い様からして、ホーリアに勇者を呼ぶ発案者もニーアだろう。副市長にも一目置かれている、優秀な市職員だ。
勇者養成学校は誰でも入学試験が受けられるから、入学の倍率が500倍とか1,000倍とか言われている。
俺のように一発合格する方が稀で、中年を過ぎても何度も試験に挑む人間だっている。
魔法も剣術も使えて、勇者に近い仕事の魔法剣士は、養成学校を諦めた人間がよく選ぶ進路だ。
しかし、ニーアの若さなら、諦めずに次の試験を目指せるはずだと思ったが、ニーアは俯いたまま独り言を続けた。
「ただ、ホーリア生まれの人間は、生まれた時からある程度魔法が使えるけど、一定以上は魔力が強くならないみたいなんです。適性なしということで、諦めました」
俺は前世の記憶により、見た目よりも年の功はあるが、魔法については、勉強したことと、十数年間この世界で生きてきた自分のことしか知らない。
俺が今適当に思いつくことなど、ニーアは知っているはずだし、それも全部納得して諦めたはずだ。
だから、俺はそれ以上余計なことを言うつもりはなかったが、「でも、」とニーアは顔を上げた。
「勇者様を見ていてわかったんです。人を助けたり正しいことをするのに、肩書きなんて関係ないんだ!って。だから、私は魔法剣士として、この街を守っていきます。勇者様と一緒に!」
ニーアは俺を追い越して振り返り、俺の着任以来見せていなかった満開の笑顔を見せた。
そして、手袋を外して、魔法剣士のわりに小さな右手を俺に差し出す。
「勇者様。これからも、よろしくお願いします!」
「……ああ、よろしく」
俺はそれに応えて、ニーアと固い握手を交わした。
長い。
ニーアは俺の手を握ったまま、なかなか離そうとしない。
様子を窺うと、鑑定士のような瞳で俺の手を凝視している。
「……案外、小さい……」
「ニーア」
「……握力はおそらく普通……筋肉量も平均……右の親指の付け根が一番硬い……剣だこ……?これが、首席卒業の手……ほぉ」
「ニーア」
「はっ!?す、すみません!つい!」
俺が呼びかけると、ニーアは慌てて手を離した。
「……今日は、この手、洗えない……いえ、洗います!ちゃんと洗います!でも、洗う前に、感触を焼き付けて……うひひひ」
ニーアは握っていた自分の右手を、大事そうに左手で包んで、胸に抱えた。耳まで真っ赤だ。
勇者オタクの血が騒いでいるのだろう。
絶対に口には出さないが、普通に気持ち悪いなと思った。
しかしまあ、悪い気はしない。
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『こうして、ホーリアの勇者の活躍により、無駄な殺生を行うことなく魔獣を追い払うことができ、市民からの信頼と絶大な支持につながった。他の街付きの勇者たちも、ホーリアを見習って魔獣との共生を目指してもらいたいものだ』
久々の俺の活躍を記しておくために長い報告書を書き上げて、今日の俺の仕事が終わった。
ニーアは堂々と家に帰れるようになって、久しぶりに事務所には俺1人だ。真面目に働いたからよく眠れそうだと、自室のベッドに入って目をつぶる。
しかし、ニーアの言葉『人を助けるのに肩書きなんて関係ない』を頭の中で反芻して、暗闇の中で目を開け、体を起こした。
いい感じの雰囲気で言われたから、その場ではそれ以上突っ込まなかったが。
「……褒めてないよな」
『勇者を名乗る奴でも、お前のようなクソがいるとわかったから、勇者の肩書きにこだわるのはやめることにした』という言葉を、オブラートに包んで小ぎれいにまとめると、あの言い方になる気がする。
「いや、まさか……」
優秀な市職員のニーアが、あの笑顔で、そんな残酷なことを言うはずがない。俺が深読みしすぎているだけだ。
前世で「期待してるよ」と言われるたびに、ろくな目に遭わなかったせいで、善意の言葉まで疑う癖がついてしまったらしい。
そうだ、そういうことにしておこう。
2回目の人生でも、残業代は払われないし、休日出勤は当たり前にあるし、世の中、何も信じられない。特に仕事に関しては嘘ばかりだ。上司の「急ぎの仕事じゃない」も、部下の「代わりにやっときます」も、絶対に信じてはならない。
ただ、ニーアは今日、説明会を本当に代わりにやってくれた。その代償に、ひとつの黒歴史を生んでしまったが。
これからもよろしくと言ったニーアの言葉と笑顔にだけは、嘘はないと信じたい。
これからも、俺はここで勇者をやっていくのだから。




