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市民説明会を開きたいから、市民会館を貸してくれ。
副市長にそう言うと、引きつった顔で「一体何を企んでいるんだ?」と呟かれた。
まったく心外だ。俺は市民の意見を取り入れて、より良い勇者業を目指しているというのに。
そんなに俺に文句があるなら、俺だってホーリアなど捨てて首都に帰ってしまって構わない。
つまらない公務員に一生を捧げた前世の俺と違って、首席卒業の勇者の俺には、選ぶ仕事など掃いて捨てるほどあるのだから。
俺がそう言ってやる前に、副市長は「すぐに準備をします」と、いつもの卑屈な態度と薄ら笑いを残して姿を消した。
そうして、副市長が快く準備してくれたのは、メインストリートのすぐ裏の市民会館にある、200人くらいが入る集会所だ。
俺とニーアだけでその人数に対応するのは面倒だが、少し顔を見せて名乗るだけだ。すぐに終わらせる。
普通は市民のほうから挨拶に来るものだと聞いているのに、勇者自ら挨拶の場を設けるなんて。
俺の市民奉仕の精神を知ったら、きっとオグオンは感動のあまり泣いてしまうだろう。
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「勇者様、人が集まってきましたよ」
説明会開始寸前、集会所の裏口でニーアに声を掛けられて、俺は抱えていた子供を床に下ろした。
俺に悪態をつきながら逃げていくガキ共を、ニーアは笑顔で見送っている。
別に、俺は一緒に遊んでやったわけではない。勇者ならサインが欲しいとねだられて、特別に書いてやった。
それなのに観光客のガキが「アウビリスで書いてもらった勇者様のサインと違う!」「この勇者は偽物だ!」と騒ぎ出したから、抱え上げて黙らせていたところだ。
勇者のサインが全員同じなわけないだろう。大人が皆ガキに甘いと思うな。
俺はニーアの後ろから集会所の扉の隙間を覗いて、中をうかがった。
並んだ椅子はほとんど埋まっていて、大して宣伝もしていないのに、皆勇者に興味津々らしい。
俺が正真正銘の勇者だと明らかにして、市の魔法剣士であるニーアと共に働いていることを伝える。
そうすれば、ニーアが都会の男に騙されているとか、弱みを握られて夜な夜な弄ばれているとか、俺にとっても迷惑な噂はなくなり、問題は万事解決だ。
しかし、ニーアは扉の向こうのざわめきに怯えたように身を縮こまらせて、俺に囁いてきた。
「あの……ただ、皆さん、勇者様にあまり良い印象を持っていないので……」
「ああ、それで?」
「つまり……勇者様は、この街で嫌われていますので、厳しい意見が多く来るんじゃないかと思います」
「……」
もちろん知っている。
知ってはいるが、ニーアの口から改めて言われると、喉に小骨が引っかかった程度だが、傷つく。
特に俺を嫌っているのは、肉屋と鍛冶屋のはずだ。
魔獣を倒した後に残る、わずかな筋組織と金属質の骨は貴重な資源だ。
教会や墓場、魔術師など、引き取り先は異なるが、ホーリアを含むウエスト地区では、肉は漢方のように食用にされ、骨は刃物や家具に加工される。
最近、俺が魔獣を追い払うだけで倒していないから、ホーリアの肉屋と鍛冶屋は商売あがったりだろう。
現に、集会所の一番前の席に座っている肉屋の主人は、ギラギラと殺意すら感じる瞳で、壇上を睨みつけて微動だにしない。
「あと、肉屋の主人は、肉切り包丁を持ち込んでいたので、万一の時は気を付けてください」
「中止だ」
即座に背を向けて出ていこうとする俺の腕を、ニーアが掴んで止めた。
しかし、俺はそのまま外を目指す。
「待ってください!お気持ちは分かりますが、そこを堪えて……!」
「中止。命をかけてやる仕事じゃない」
「しかし、集まってしまったので、大人しく帰ってくれるとは思えません!」
勇者の俺が一般市民に負けるなど万一にもないが、市民に向けて魔法を使うのは禁止されている。
だからといって剣を市民に向けると、相当の理由がない限り、首都で行われる査問に呼び出されることになる。
俺はただでさえオグオンに睨まれているのに、査問なんぞにかけられたのがバレたら命はない。大人しく肉切り包丁で切りつけられるほうが、まだ生き残る可能性が高い。
しかし、勇者が肉屋に切られたとなると、俺の名誉にかかわる。まな板の上の肉塊以下だと思われるのは、飛び級首席卒業の勇者として我慢ならない。
ニーアを引きずって外に向かいつつ、どうしたものかと考えていると、窓の外に見えていた山が、もぞもぞと動いた。
巨大な影に目を凝らすと、それは山の斜面に寝そべっていた魔獣だった。
森に溶け込んで、山の一部と見間違えるほどの大きな黒い体を震わせている。
10km以上離れているとはいえ、街からこれほど巨大な魔獣を見るのは初めてで、俺は足を止めた。
しかし、ニーアはちらりと目をやっただけで、構わず俺を引っ張っている。
「あれなら大丈夫です。通り道になっているだけのようで、大きな音を立てなければこちらに来ません。今頃、街に警告表示が出ているはずです」
魔獣が多いホーリアでは大型魔獣の出現も珍しいことではないらしく、ニーアは慣れた様子だ。集会所に集まった市民たちも、窓から魔獣の姿が見えているだろうに呑気に世間話を続けている。
確かに、あの魔獣には、小さなホーリアの街など目に入っていないようで、黒い体をゆっくり揺らして森を進んでいた。
街が襲われる危険性は低い。名声に飢えているフリーの勇者ならともかく、街付きの勇者ならよほど勤勉な奴でもなければ放置するだろう。
つまり、今ここで俺の勤勉さを示すには、絶好のチャンス。
「よし、俺はあれを倒しに行く」
「ええぇ……あの、行くなら止めませんけど、説明会は?」
「ニーアは説明会を始めながら、戦う俺に偶然気付いた感じで盛り上げてくれ」
「えぇー!?私は魔法剣士であって、イベント司会者じゃないんですけど……!」
任せた、と言い残して、俺は剣を抜いて窓から出た。
あの大きさの魔獣を倒せば、今後数か月は何もしなくても勇者としての信用は維持されるはず。
それに、あれだけの素材が手に入れば、肉屋と鍛冶屋の機嫌も直るだろう。一石二鳥だ。
本当に、勇者とは楽な仕事だ。




