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市民説明会を開催するにあたって、住民のニーズを把握することが第一。
あまり気は進まなかったが、案内役のニーアを連れて、久しぶりにホーリアの中心街に足を踏み入れた。
一応、市民から勇者とわかるように正装である勇者のマントを着て、剣を背負っている。
勇者のマントはフード付きで首から足首まで体をすっぽり覆う黒いマントだ。フードまでかぶってしまうと遠目には黒いてるてる坊主のようで、一部からは不評らしい。
しかし、マントの下に適当な服を着ていてもバレないから、俺は毎日これを着ている。
人口数千人のこの街は、外の山道から続くメインストリートと、その終点の広場から蜘蛛の巣のように分かれた、いくつもの小さな通りで構成されている。
観光が主な収入源で、メインストリートは住民よりも観光客のほうが多いくらいだ。
ただ、ホーリアは遊んだり騒いだりする観光地ではない。レンガ造りの古い街並みを散歩したり、高原の避暑地に来たりする客がほとんどで、賑わいつつも落ち着いた雰囲気が流れている。
そして、山で採れるハーブを目当てに来る人間も多い。
ハーブとは、魔法で用いる薬草の総称だ。
この世界の魔術師はとんがり帽子なんてかぶらず、一般人と変わらない服装をしているから区別がつかないが、薬草を大量に買っていくのは間違いなく魔術師だ。
「あれ?勇者様、マントの中に何か入ってます?」
隣を歩いていたニーアが、俺のお腹が膨らんだマントに気付いて覗き込んできた。
隙間から兎の小さな鼻がのぞいていて、ニーアの声に応えるように顔を出した。
「兎ですか!捕まえたんですね」
魔術から目覚めた兎を事務所から連れて来てしまった。
事務所で飼うなら餌とかおもちゃとかが必要だろう。ホーリア市内にペットショップはあるかと俺が尋ねる前に、ニーアが通りを指差した。
「この先で知り合いが肉屋さんをやっていますよ?いい値で買い取ってくれます。紹介しましょうか」
ホーリア育ちのニーアは、当然のように兎を食用と認識している。
マントの中の兎が、ぶるりと震えた気がした。
俺はマントから兎を取り出し、地面に放した。
兎は一瞬だけ俺を振り返って山の方へ駆けていった。
「あっ……!勇者様、もったいない!」
「逃げられたなら仕方ない」
俺は、空っぽになったマントの中を押さえて、そっと目を逸らした。腹のあたりが、少しだけスカスカする。
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ひと通り街を歩いたところで、俺とニーアは、休憩のために市庁舎に来た。
ただでコーヒーを飲めるから副市長室にお邪魔したが、部屋の主は午後から出張に出ているとのことで、ありがたく勝手に使わせてもらっている。
コーヒーを待つ間、俺は、今日見た街について考えた。
魔力を持つ薬草が生まれた時から身近にあったホーリア生まれの人間は、ほぼ全員がそれなりに魔法を使える。
野良犬程度の大きさの魔獣なら、自力で追い払えるくらいだ。
人里に下りてくる魔獣は犬程度のサイズが多いし、時たま象くらいのものがいてホーリアの周囲の山にはそのサイズの魔獣が住み着いているようだが、街の人間が力を合わせれば、問題なく倒せると思う。
遠くの親戚より、近くの他人。
余所者の勇者より、隣の市民。
だから、この街に勇者は必要ない。
「そんなことないです!!」
俺がそう結論づけると、コーヒーを準備していたニーアが叫んだ。
「勇者は必要です!!」
ニーアは両手にカップを持ったまま、勢いよくテーブルに手をついた
カップの中身が周囲に飛び散らないのは、俺が中の液体を魔法で固定しているからだ。
副市長室の絨毯を汚さないようにするのも、勇者の仕事の1つと言える。
ニーアはすぐに、自分が持っている液体の存在を思い出して、テーブルにカップを2つ、そっと置き直した。
大声を出した自分を恥じるように一度咳払いをすると、いつもの優秀な市職員に戻って、静かに俺の向かいのソファに座る。
「ホーリアに魔獣が多いのは事実ですし、魔法が使えない市民や観光客もいるので、全員を守るためには勇者様の力が必要なんです」
「でも、街を歩いてても、誰も勇者に声1つかけないとはな」
「まだ市民に勇者様のお顔が知られてないんです。大丈夫です。市長は勇者様を新たな観光資源として、『勇者がいる剣と鎮魂の街 †ホーリア†』として売り出すつもりですから」
「売り出すのは勝手だが、俺は責任はとらない」
市長が俺の前世でいう厨二を患っているのかはともかく、街を歩いていて、数人の観光客には気付かれたが、誰も俺に話しかけてこなかった。
俺が勇者養成学校を卒業した時は、学校を出た途端にサインや握手を求められて、まともに歩けないくらいだったのに。
「ホーリアは、あまり勇者に馴染みがないのか?」
「首都ほど情報が来ないので……あ、で、でも!フリーのエイリアス様は、素晴らしいご活躍をされていると聞いています。ご卒業してすぐに歴代4番目の大きさの魔獣を倒されましたから、記録を塗り替えるのは間違いありません!ニーアは、エイリアス様が養成学校に入学した時から、応援してました!!」
ニーアがテーブルを揺らして、勢いよく立ち上がった。
カップが倒れて、テーブルの上に置きっぱなしになっていた書類が、みるみる染まっていく。
副市長の書類だし、出しっぱなしなら重要でもないだろう。いいか。
俺は、エイリアスとやらが誰なのか知らない。
俺と卒業年が違うのか、フリーの勇者だから首都に寄りつかないのか。どちらにせよ、接点がなかったのだろう。
ただ、好きなアイドルを語り出した相手に「ふーん?テレビとか出てる子?」のような気軽な問いかけをすると、こちらが期待した100倍の答えが返ってくることは、前世で学んでいた。
だから、「ああ、知ってる知ってる。最近頑張ってるよな」といった顔をして、頷いていた。
「しかーし!ニーアの1番はずっと変わらずアウビリス様です!絹糸のようなブロンドの御髪、鋭くも優しげなエメラルドの瞳、強く包み込むような逞しい筋肉……あぁ……いつか、いつか御尊顔をこの目で見てみたい……」
ニーアは頬を染めて、目をキラキラ輝かせて、なにやら妄想の世界に突入してしまったようだ。
人の体に事務連絡を刻んでくるオグオンのどこに夢見る要素があるのか知らないが、首都で長く勇者をやっているオグオンは、勇者の中では一番知られている。
対して、俺のような新任の勇者は首都から離れた街では馴染みがなく、活躍も知られていない。
これだから田舎は仕事がやりにくい。そう考えていると、我に返ったニーアが慌てて付け加えた。
「あっ、もちろん、勇者様のことも知ってましたよ!初めて実物を見たときは、興奮して吐きそうでしたもん!」
初対面で吐かれると、リアクションに困る。ニーアが耐えてくれてよかった。
つまり、俺がやるべきことは、この街の勇者の働き方について市民の理解を得て、反対派を説得する。
簡単な仕事だ。
最初は行政に対して不信感を露わにしていた市民が、徐々に信頼し合っていく。
よくある流れだ。大体、村をダムに沈める時は、そういう手順を踏んでいる。
俺にダム開発の経験は前世でもないが、共生を目指す勇者の仕事は、ほぼほぼ同じだろう。




