〜2〜
この街に配属されて早7日。
報告書に載せる市民意見をまとめながら、俺は頭を抱えていた。
・山の方から鳴き声が聞こえてきたから見てくれ。今すぐに。市民の命を守るのが仕事だろうが。
・木陰が揺れたのは魔獣がいるからだと思う。倒してくれ。私が死んだらどうするつもりか。
・ホテルの裏に魔獣がいる。姿を見たことはないが俺には分かる。間違っているはずはない。必ずいるから捕まえて証拠を持ってこい。
・一意見として聞いてほしいが、山の中を毎日監視した方がいいのではないか。街の勇者として当然の仕事なので言われなくても既にやっているかと思うが、まさか、やっていないのか。
・魔獣が心配だから夜通し広場に見張りに立て。街の勇者なのだから、それぐらいするのは当たり前だ。言われなくてもやってくれないと困る。これだから最近の勇者様は。
+++++
この世界の勇者の働き方は2パターンある。
1つは、パーティーを組んで未開の地の開拓に向かうフリーの勇者。
危険な土地に自ら行くのだから相応の危険は伴うが、養成校を卒業した勇者が野垂れ死ぬようなヘマをすることはまずない。
ただ、人知れず泥だらけになって働くのは御免だった。
もう1つは、俺のように各地に配属されて住民を守る街付きの勇者。
魔獣は、黒い煙の塊のような生き物だ。街付きの勇者の仕事は、うっかり人里に近付いた魔獣を追い払い、退治すること。凶暴な魔獣と遭遇することは滅多にない。
人から尊敬されてちやほやされるには、やはり人がいるところで働かなくては。そう信じて、この道を選んだ。
その選択が間違っていたと、今なら分かる。
前世から引き続き、見通しの甘い人間のようだ。
たまりかねた俺は、首都にいるオグオンに連絡を取った。
オグオンは勇者の先輩であり、養成校の教官であり、勇者になった今は上司でもある。
勇者は配属地の名で呼び合うのが慣例だ。首都の勇者であるオグオンは「アウビリス」、今の俺は「ホーリア」と呼ばれる。
通信機を鳴らすと、低い声ですぐに応答があった。
『アウビリス』
「ホーリア」
『何だ?』
「時間外労働が多い」
『それで?』
「早朝も深夜も関係なしに、市民が事務所に押しかけてくる。通信機も1日中鳴り響いていて、休む暇がない」
『それで?』
「寝る間も食事の時間もない」
『飯時は避けてくれるように、私から魔獣を説得しろと?』
「まさか。時間外の給料はどうなっているのか、聞いているだけだ」
通話の合間にも、通信機の向こうで誰かがオグオンに話しかける声が聞こえた。首都の勇者だけあって、相当忙しいらしい。
オグオンは俺が黙るのを待つように短く沈黙した後、いつもと変わらない穏やかな口調で続けた。
『支払えるのは固定給だけだ。勇者は全国に散らばっていて、こちらでは業務時間が把握できない』
「それは、そうだが」
『時間外労働については、市と交渉してくれ』
オグオンがそれだけ言って、通話がぶつんと切れた。
通信機を置くと、すぐにまた呼び出し音が鳴り響く。
嫌がらせでオグオンに鬼電してやろうかと考えている横で、ニーアが通信機を取った。
すぐに、怒鳴り散らす声が漏れてきた。
「勇者様、山の見回りはもう行ったのかと、観光客の方から連絡が……」
ニーアは、初日と比べると随分疲れた顔をしていた。緑の瞳が潤んで、口がへの字になっている。
ニーアは、俺が着任してから仕事に追われて事務所に泊まり込んでいる。市内の自宅に帰っていいはずなのに、帰る暇がないからだ。
俺は、ニーアが差し出した通信機に向かって、後でかけ直すとだけ言って通話を切り、市庁舎に向かった。
+++++
副市長室の扉を、ノックもせずに開けた。
副市長が何か言う前に、ソファに勝手に座る。
「時間外労働について、交渉に来た」
副市長は、ぎくりと肩を震わせて、汗を拭った。
そして、無言で机の引き出しから一枚の紙を取り出し、そっと俺の前に置いた。
ウエスト地区の各市の、魔獣目撃報告件数を比べたグラフだった。
どの街も、棒グラフは地を這うように低い。
その中でホーリアだけが紙の上端を突き破っていた。胡散臭い通販サイトの捏造データのようだ。
「……これは?」
「先月のホーリア市の件数です。他の街の、およそ13倍でして……」
「13倍」
国境沿いの街なのに、俺の前に勇者がいなかった理由が分かった。この街の担当になるくらいなら、フリーの道を選ぶはずだ。
首席だから期待されての配属だと思っていたが、単に、押し付けられただけだったらしい。
俺が着任した時に迎えの職員も歓迎の市民もいなかった理由が今なら分かる。
今までこの街を放置していた勇者には、誰も期待していないからだ。それか、すぐに逃げ帰ると思われているか。
「不思議……ですよね……」
「不思議だな……」
副市長が他人事のように呟いて、俺も繰り返すしかなかった。
「それで、時間外手当の件だが」
「……予算が」
「予算が?」
「ありません……」
副市長は深く頭を下げる。
勇者の仕事は、思っていたよりずっと、ブラックだった。
だが、オグオンは言っていた。業務時間は、把握できない、と。
真面目に対応していたら、前世の二の舞だ。
ならば、こちらにも考えがある。




