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前世の俺は愚かだった。
学生時代、遊んでいる暇があったら勉強をして、偉くなるべきだった。
誰にも馬鹿にされない学歴と肩書を手にして、人を見下して生きるべきだった。
平凡な職業にしか就けないことは薄々気付いていたんだから、夢なんて追いかけていないで、偏差値を上げることだけ考えるべきだった。
どうせ疎遠になる友達と遊んだり、捨ててしまう娯楽に興じたりする余力があるなら、まともな資格の1つでも取っておくべきだった。
そこまでやっても人並みにしかなれないのなら、ギャンブルの1つや2つ覚えて、あくせく働かなくても小金を稼ぐ知恵をつけるべきだった。
自分の幸せのために、人を傷つけても騙してもいいから、もっと利己的に生きるべきだった。
それができなかったから、俺は下らない仕事に殺されたんだ。
他の誰でもない、俺自身の記憶と経験だ。どんな啓発本よりも説得力がある。俺の2回目の人生の方向性を決めるには、十分だ。
だから俺は、この世界で自分の手足が自由に動くようになってから、ひたすら勇者を目指した。
この世界で一番尊敬されて、一番楽な仕事。
村の学校を卒業して、俺はそのまま勇者養成学校に進学した。
成績優秀で体力抜群の、選ばれた人間しか入学できない学校だが、生まれてから遊びもせずに勉強と修行を続けてきた俺にとっては楽勝だった。
そして、5年、10年かけて卒業するのが普通の養成校を、建国以来最短の2年で、しかも首席で卒業。
晴れて勇者となった俺の初めての仕事場が、このホーリア市だ。
「ウエスト地区、歴史と緑の街、ホーリア」
馬車から下りて、観光客向けの看板を読み上げながら、剣と荷物を背負い直した。
首都アウビリスから遠く離れた山の隙間に突如現れたような小さな街。
国境近くの街だが、周囲は山に囲まれて近隣国とは程よい距離感を保っている。
メインストリートには、赤茶色のレンガ造りの古い建物が並んでいる。
祖の時代のものと言われるほど古い文化と建物が残った街は歴史的にも価値があり、観光収入もウエスト地区の中では上位だと聞いている。確かに、まだ朝だというのに街には観光客らしき姿もちらほらあり、土産物屋が賑わっていた。
「悪くないな」
財政破綻しかけている街や、戦争真っ只中の国が隣にある街よりは、首席卒業の俺にふさわしい。
勇者が来たというのに、誰も迎えに来ないのが少し気になったが、俺はとりあえず市庁舎に向かった。
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ホーリア市の副市長は、痩せた初老の男性で、見ているこっちまで気分が落ち込みそうな土気色の顔をしていた。
副市長室に入ると、副市長は汗を拭きながら、迎えを出せなかったことをぺこぺこと頭を下げて謝罪した。
その程度で怒って帰るような俺ではないが、着任早々この調子では、先が思いやられる。
「街の端に洋館があります。ぜひ、事務所と住宅にお使いください。あとは……ああ、ニーア」
副市長の視線をたどって扉を見ると、小柄な女性が部屋に入ってきたところだった。
ソファに座った俺を見て、ぺこりと頭を下げる。
「ホーリア市、魔法剣士のニーアです」
顔を上げたニーアは、薄い緑の瞳と、光の加減で赤く見える肩までの髪をした、真面目そうな女の子だった。
副市長の暗い顔とは正反対の、はつらつとした笑顔を向けてくれる。
各地域に配属された勇者の、最初の仲間になるのが市職員の魔法剣士だ。
魔法も剣術も使えて、街のことをよく知っている魔法剣士が、勇者と街の仲立ちをしてくれる。
ニーアは俺と同い年くらいの新人のようだが、きびきびした態度は優秀そうだった。
「よろしくお願いします!」
ニーアがもう一度、深く頭を下げた。
声がやけに弾んでいるように聞こえたのは、気のせいだろうか。
そして、顔を上げてからずっと視線が俺の顔から外れない。
目力がすごい。まばたきをしていない気がする。
「……何だ?」
「いいえ?何も」
ニーアがきょとんとした顔で首を傾げて、俺の気のせいかと納得しかけた。
が、数秒後には、また俺を見ている。
「……建国以来最短、首席卒業……入学時から首席……白魔術専攻、第7次派遣隊から従軍……」
聞き間違いだと思いたいが、全部、俺の経歴だ。養成校の内部資料扱いの情報を、なぜかぶつぶつ呟いている。
首席卒業の俺の名声は、片田舎の魔法剣士にまで届いているらしい。
深く考えるのは恐ろしいから、そういうことにしておこう。
副市長も、聞こえないフリをして目を逸らしていることだし。
副市長の暗い顔には気が滅入ったが、ニーアと仕事をするなら、少しはこの街のことが好きになれそうな気がした。
首席卒業の俺にかかれば、こんな小さな街の勇者など、昼寝をしながらでも務まるに違いない。
この時の俺は、まだ知らなかった。
この街で待っているのが、前世を超えるブラック職場だということを。




