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この世界は、人口の数パーセントを、獣人という人種が占めている。
個人差があるが、皆、姿形の一部が獣に近く、人間離れした身体能力を持つ。
その生態はいまだに明らかにされていないが、遠い祖先に魔獣の血が混じっているという説が、最も有力だ。
ちなみに、魔獣を倒す勇者と、魔獣を祖先に持つと考えられている獣人の関係は、当然のことだが、ギクシャクしている。
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獣人の当たり屋とは、最悪の奴に引っかかってしまったらしい。俺は、ニーアの言いつけを破って店の外に出たことを、ようやく後悔していた。
コルダは俺にすがりついて、マントを涙で濡らしながら、切々と自分の境遇を語り続けている。
「この街で働いていると、獣人だからって見世物にされるのだ……!」
「闇オークションにでもかけられたか?」
「似たようなものなのだ。お店に来たおじさんたちが、コルダの耳とかお尻とか尻尾とか、じろじろ見てくるのだ」
それは、コルダがそういうお店で働いているからだ。全然似ていない。
「それは、そういうお店で働いているからでは……」
ニーアが、俺が考えていることとそっくり同じことを言おうとして、俺はニーアの口を塞いだ。
見た目が普通の人間と違っている獣人は、地域によっては差別的な扱いを受けることがある。ヴィルドルク国では獣人の数が少なく、珍しがられるものの、不当な差別があったという話は聞いたことがない。
ただ、各地の勇者の報告書によると、自らの権利とか自由とかに敏感な人種で、魔獣を倒す勇者と、度々小さな衝突を起こしていると聞いている。
何事もなくこの場から離れたいから、俺は余計なことは言わないつもりだ。
「お店でお酒を勧められるし、知らないおじさんと話さなきゃいけないし、お金をもらったら耳とか肉球とか触られるし……」
ゼロ番街では、それをやっていない店を探すほうが難しいと思う。それが嫌なら、どうしてゼロ番街で働いているのか、理解に苦しむ。
それに、ゼロ番街の用心棒は、その立ち振る舞いからして魔術師だ。無理やり触ろうとする客は、魔術師がつまみ出しているだろうから、お金をもらわなければ拒否できるはずだ。嫌なら、どうしてお金を受け取ったんだ。
「コルダは仕事に行きたくなくて、毎日お布団から出るのに一苦労なのだ」
「だ……」
だったらゼロ番街を出ればいいのでは?とニーアが言いかけたのに気付いて、俺はニーアの口を再び塞いだ。
しかし、ニーアはその手を振り払って、俺を押しのけてコルダに向き合う。
「ホーリア市内で、仕事を探したらいかがでしょうか?」
「でも、朝は眠いから、夜のお仕事がいいのだー」
「ホテルの夜番とか、文化財の警備とか、いろいろあると思いますよ」
「コルダ、ソファでご馳走食べながら、ちやほやされる仕事がいーいのだー」
コルダにつかみかかろうとしたニーアの前に、俺は立ち塞がった。コルダの胸ぐらをつかもうとしたニーアの手が、勢い余って俺の首をつかむ。
気管を締められながら、俺はニーアを、手がコルダに届かない距離まで引き離した。
「勇者様、離してください!」
「気持ちはわかるが、俺にもいろいろ立場があるんだ」
「あんな社会をなめ腐っている子、許せません」
「わかる。わかるけども」
ここまでニーアが怒るのは、俺が仕事で無駄な苦労ばかりさせていたからだ。突き詰めると、俺が悪い。
それに、俺の部下のニーアがコルダに怪我をさせたら、獣人の人権保護団体が事務所の前に押しかけてくる。厄介な集団で、道を塞がれて魔獣退治には行けなくなるし、市民からは騒音がうるさいと勇者に苦情が来るし、最終的に勇者が異動になったという話を聞いたことがある。
「もしかしたら、学がないから仕事が選べないとか、いろいろ事情があるのかもしれないだろ」
「でも、白銀種ですよ。ヴィルドルク国内なら、どこでも生活は保障されているはずです」
「……そうだよな」
薄暗い裏通りでも、わずかな光を反射してキラキラと光るコルダの毛並みは、白銀種の特徴だ。
銀の毛並みと尖った大きな耳を持つ白銀種は、獣人の中でも別格の存在。
その中で一番有名なのは、首都アウビリスにいるアルルカ大臣だ。獣人の権利と自由を声高に訴える彼と話す時は、あのオグオンですら敬語になると聞いている。
全ての獣人のトップに君臨する白銀種に差別的な扱いをすると、獣人全員を敵に回すことになる。だから、元々獣人と関係が悪い勇者は、彼らを特に丁重に扱わなければならない。
ただ、仕事をしたくない白銀種は、国の研究者に少し毛や血液を提供して、その見返りに3食昼寝付きの生活を送っているらしい。それくらい権力と地位を持っているのが、白銀種だ。
だから、俺はさっきから、コルダの言っていることがさっぱり理解できない。
働かなくても暮らせる白銀種が、どうしてわざわざ、嫌な仕事をゼロ番街で続けているのか。
「コルダ、週休3日で働いているのだ……本当は、週5で休みたいのだ……!」
それを聞いたニーアが、とうとう腰の双剣に手を伸ばした。俺は、ニーアが抜かないように手を上から押さえて、まあまあとなだめる。
しかし、そのニーアをさらに逆なでするように、コルダは涙で汚れた顔を上げて、はっと何か思いついたように光る耳を揺らしながら、俺に駆け寄ってくる。
「勇者様、コルダを雇ってほしいのだ!」
俺の足元に抱きついてきたコルダは、「白銀種だから、役に立つと思うのだー」と、俺にとっての死刑宣告をした。
自分のバックには白銀種が付いている、と言いたいのか。
自分を雇わないと獣人全員がお前の敵になるぞ、と言いたいのか。
「……ちょっと、相談させてもらっていいですか?」
俺はコルダを引き剥がして、すでに双剣を構えているニーアを連れて、コルダに声が聞こえない隅まで移動した。
「ニーア、どう思う?」
「勇者様のお給料で誰を仲間に加えようと、市職員の私は意見する立場にありません」
ニーアはそれだけ言って、それ以上話すことはないとでも言うように、膨れた顔をぷいと逸らした。
それはわかっているけども、俺がニーアの意見を聞きたいんだと説明して、ニーアの双剣を取り上げて、腰の鞘に収めさせた。
リリーナを雇った経験で、それが失敗とは言いたくないが、ニーアの意見を聞く必要性を、身をもって学んだ。ニーアに頼るべきところは、見栄を張らずに頼るべきだ。
俺が反省しているのに気付いて、ニーアが少し冷静さを取り戻す。
「獣人を仲間にすれば、今後有利になると思います。ホーリアにも、獣人の観光客が少なからず来ますから。魔獣退治について苦情を言ってきても、白銀種が言えば退くと思います」
ニーアは剣を抜いたわりに、冷静な意見だった。
勇者の仕事を趣味で調べ尽くしているニーアは、俺が白銀種に強く出られないことも、ありがたいことに理解している。
「でも、あの子に限っては、デメリットしかないと思います」
引きこもりのリリーナを許すニーアにしては、珍しく厳しい言い方だが、その通りだ。俺も、週5で休む奴を雇うつもりはない。リリーナの給料を支払うだけで、俺の財政が逼迫しているのに。
「ただ、もう遅いんじゃないでしょうか」
ニーアが、コルダを指さして言った。正攻法でいっても俺が頷かないと気付いたコルダは、俺が止める間もなく、表通りに駆け出していた。そして、通りを歩く人々に向かって叫び出す。
「ホーリアの勇者に、襲われたのだー!!」
俺が承諾しない限り、いつまでも叫び続けるつもりだ。幸いなことに、俺のホーリアでの評判は地に落ちているから、今さら痛くもかゆくもない。
しかし、市民らしき奴らが「やっぱりな」という顔をしているのが、心の底から腹立つ。
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