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盾にした杖が真っ二つに裂けた。


「杖がー!買ったばかりなのに!でも僕には、この世界に来たときにもらった杖が──!」


その杖もサクッと切られて、上半分が落下した。腕にも掠った。血が飛び散る。

僕は傷を癒しながら絶望に呑み込まれかけていた。


「血も涙もないのかッ!!!」


旅に役立つはずだとギルド長がくれた杖……二ヶ月ずっと一緒だった相棒……その思い出が次々よみがえる……走馬灯かな?

その鋭利な爪で縦にスパッといってくれたらいいけど、できなさそうだしな?ちょっとずつ食べられたらやだな、グロテスクなの嫌いだし。あっ、染斑狼って人食べないんだった。詰んだ。涙がほろりと滲み出す。


「僕にどうしろと!?無理だよー!勝てもしないし、逃げられもしないし、死ねないよー!」

『マサヤ、冷静になれ』

「えっ、何。ギルバートさんの美声がする。とうとう幻聴が」

『その肩羽織(かたばおり)には、《通信魔法》の魔法陣が描かれている。そこから話しかけている』

「なるほどぅおあっ!?」


染斑狼が飛びかかってきて間一髪で避ける。のんきに会話する暇はない。


「やだよー!全身ズタボロで血なまぐさくなると吐きそうになるから嫌すぎる!」

『戦うんだよ。自分に《支援魔法》をかけろ』

「はい!?ヒーラーにバフかけて何の意味があると!?たぶんめちゃくちゃ光るだけかと思いますけど!?」

『冒険者も魔族も、SランクとAランクの間には超えるのは容易ではない徹底的な差があるのは知っているか?あの盗賊達はSランク並の力量があった。お前がいなければ絶対に勝てない連中だった。お前の魔法にはそれだけの力がある』


ギルバートさんは、


『信じろ──これだけは、事実だ』


と、冷淡な声の奥底に、力強さをうかがわせた。

何か思惑があるのかもしれないが、他に道はない。


「じゃあ信じますよ……!《オーグメント》!」


僕の全身が赤い光を帯び、体温が上昇する。脳機能の機敏化から、思考がクリアになった。

狙うは首か頭。裂けた杖を短刀がわりに一匹を仕留める。続いて二匹目、三匹目。

噴き出した緑色の血を回避する。

脚を狙って牙を剥いてきた敵を、跳躍で避けた。

地面を蹴って飛び上がっただけで五メートル以上地上から離れた。

刻印狼の上にのしかかると同時に、首を貫く。

最後の一匹。恐れおののいたように逃げ出し、川に飛び込んだ。向こう岸へと大急ぎで進んでいく。

数メートルの距離が空いて、僕は一躍で追いつき、頭蓋に突き立てた。緑色のもやが水中に染みのように広がっていく。

魔族の血で川が汚染されては、これを生活水とする人々に悪影響を及ぼす。

その汚染、細菌、悪しき魔力による穢れを魔法で浄化したあと、手を合わせて祈りを捧げた。小学生の頃、学校で飼っていた兎が寿命を迎えたときに、担任の先生から教わった仏教徒による習いだ。

生き物を殺す際には必ずしていて、一度も欠かしたことはない。ベイトからは貧乏人のすることだと馬鹿にされたけど、やめたことはなかった。


「うわあああっ!」


ミゲイルさんの悲鳴だ。彼は三匹の染斑狼に囲まれ、腕や脚に嚙みつかれていた。

僕はすかさず駆けつけ、一匹残さず息の根を止めた。

仲間達と同じように追悼の意を捧げたあとで、座り込んでいるミゲイルさんの怪我に《治癒魔法》をかける。

傷口が一瞬で消えると、ミゲイルさんはぎょっとした。


「あ、有り得ない。こんな……いや、それより、なんで……」


僕を見上げる目が震えている。

その意味がわからず首をかしげると、ミゲイルさんは震えた唇を動かした。


「なんで助けたんだよ。俺、お前を裏切ったのに。助ける必要なかったのに」

「ん?そういえばそうですね?」


僕がニヤニヤすると、ミゲイルさんの顔が引き攣る。

意地悪はここまでにしてあげよう。僕はふっと笑った。


「困っている人がいたら助けたいものでしょ。もちろん、誰でもかれでもは助けたりはしない。裏切り者のミゲイルさんを助けたら、アシュレイ家の中で僕の株が上がる」


ミゲイルさんはぽかんとした。


「今の、ギルバートさんに確実に聞かれたぞ?」

「聞かせてんですよ。ところで、この魔族達の死体処理も、親衛隊の仕事ですか?」


弔っておいてなんだが、魔族の死体は売れる。

でも解体はしたことがないからなーと思っていたら、後処理はベイトパーティーにいたときと同じことをするだけだった。

ギルドに連絡し、寄越された人員に死体処理を任せる。

彼等は死体をあちこちの店に売りさばく。

それらは各店で武器や防具や服飾雑貨等の装飾にされ、肉は食用として丁寧に処理されて売られるだろう。

魔族討伐の報告もその場で済ませるだけでよかった。

報告書を書くのにも推薦状のときと同様《業務魔法》で作成でき、コピーするのも簡単。僕は、それを屋敷に持って帰るだけでよかった。ロマンがないけど、気にするだけ無駄だ。


「ご苦労様。これでYの人々も安心して暮らせるでしょう」


エレナさんは片袖机の向こうでにこりともせず、それでいて穏やかに言った。


「マサヤさんのおかげです。期待以上の活躍でした」

「お褒めに預かり、光栄の極みです」


僕はニコニコが止まらなかった。エレナさんの堅苦しい声もカッコよくて素敵だった!最初のときみたいにか弱げな声も魅力的だが、これはこれでギャップがあって味わい深い!

ところでエレナさんとギルバートさん、二人して渋い顔をしている。

何か問題でもあっただろうか?わからない。するとエレナさんが、


「このまま親衛隊に採用、という形で構いませんか?」

「ぜひお願いします!ダメですか?僕が、何かミスでもやってしまったのでしょうか?」

「そうではなくてですね、その、ほらっ……いくら適性検査の名目とはいえ、いろいろやってしまったではありませんか、私達……そのことについての非難とか、ほらっ、あるでしょ?」


彼女の声と共に、その華奢な身体もぷるぷる震えだした。

ギルバートさんを見れば、彼ももどかしそうな表情をしている。

僕は視線を彼女に戻し、ニコーッと満面の笑みをしてみせた。


「罪悪感を感じているとは、いいザマですねえ!!」

「くっ、なんて良い笑顔なの……!でも文句は言えないわ。私達だって恥がないわけではないもの。でもね、貴方だって私達に恩を感じてくれてもいいはずでしょう!?自己強化の才を自覚していなかったら、この先どんな悪党に利用されていたか知れたものではありませんもの!」

「頼んでいないお節介をかけられて、それで有りがたく思えって言われてもねえ!?知ってますか、親切ってもらったもん勝ちなんですよ!情けをかけてもらったら恩返しをしろだなんて法律はありませんからあっ!」

「卑劣っ!!!」

「そうっ、それっ!その声も聞きたかった!優位に立つ感じの美声も良いですが、屈辱にまみれた声というのも聞きがいがありますねえっ!あああああっ!やっぱりベイト達のパーティーを抜けたくなかった!プライドを踏みにじられたあの人の苛立ちに満ちた声というのも、死ぬまでの間に聞いてみたいものだ!貴方の声もですよ、ギルバートさん!」


僕に唐突に話を振られたギルバートさんはびくっとした。

しかし彼はもちろんそんな声を出さない。僕にお願いされて演技してくれるタイプでもない。そもそも演技だとつまらないし、やっぱり美声は心から湧き起こる感情が乗らないと面白みがない。

ああ……この世界は、デザート並みの美声がいっぱいだ。カロリー中毒になってしまいそうだ。


「声がお好きなのですね」


エレナさんが力なく目を伏せる。


「ミゲイルさんを助けたのも、声が綺麗だからですか?それが理由で、今後も私達に尽くしてくれると?」


彼女がぽつりぽつりと言う。

その気持ちはわかる気がした。僕も小さい頃はそうだった。損得勘定のみで成り立つ関係を寂しく思ったものだ。昔の自分と、僕と歳の変わらなさそうな彼女とを比べるのもどうかと思うけど。

ルミナスの町ではさんざんな言われようだったけど、ちゃんと人間の心を持ってそうでほっとした。


「何ニヤニヤしているんですか」


つぶらな目が、じろりと睨んできた。


「別にアシュレイ家の人達のことは嫌いじゃないです。見ず知らずの人間を疑うのは当然のこと。男爵の名を背負う者としては当然の対応かと」

「言われなくてもわかっています」


そう言うエレナさんに顔を近づけようとしたがギルバートさんに遮られた。僕は肩を竦めて、


「僕は助けたいと思う人を助けているにすぎない。貴方も、ギルバートさんも、ミゲイルさんも、僕を異世界人だからと気味悪そうにしなかった。そんな人達なら助けたいと思うものでしょ?」


と言い、そんなことでと言いたげなエレナさんに、ニヤッとして言う。


「今日のことを申し訳なく思ってるなら、お詫びに歌っていただいても構いませんけど?」

エレナさんが肩を跳ねさせ、目を泳がせる。「そ、それはそのうちすると約束したはずです。あっ!何でもするって、私あのとき言いましたわね!では貴方が親衛隊の功績をいくらか重ねたら歌を、さらに功績を重ねれば踊りをご披露します!どう!?」

「チッ!!」

「私が忘れていると思って、別の機会に権利を施行する気でいたんですね!?なんて気の抜けない男なの……!こ、今後も他の隊員同様、徹底して貴方をテストしますからね!覚悟してなさい!」

「どうぞご自由に。それではエレナ様、失礼します」


僕は深々とお辞儀したあと、彼女に背を向けた。

さて……。仕事も宿も決まった。

あとは杖だ。二本とも壊れてしまった。杖を持っていないと、村とか町で不審者扱いされてしまう。魔法使い=杖を持っているという、イメージ像でもあるらしい。ミゲイルさんは杖を使っていなかったから、一部の地域の偏見だろう。

ドアを閉めようとしたとき、ギルバートさんが来るのが見えた。


「使用人の中に、武器や防具の修理を担当する魔道具職人がいる。案内しよう」

「ありがとうございます!助かります!」


町に行かなくていいとなると楽だ。

ギルバートさんについていきながら、鼻歌を歌いたい気分になったが、神経質そうな人なのでやめておいた。

良いとこあるじゃん。この屋敷でうまくやっていけそうだ。そんな予感しかしなかった。

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