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推薦状はギルバートさんによって、その場で鑑定された。

推薦状に押された判に染み込んだ魔力と、全国のギルドが公開しているギルド長の魔力サンプルと適合するか検証がされた。

いくつも表示されている半透明のモニター画面を見ると、僕達の世界のインターネットに近いと思う。


「親衛隊希望者ですか……推薦状はたしかに本物。しかし、ベイト・リバースパーティーのヒーラーをやっていたと?その身なりでか」


胡散臭げな目を向けられても仕方ない。僕の服装は動きやすさと洗濯しやすさを考慮したものだ。貧相な村人に間違えられることも何度もあった。

ちなみに僕達は、まだ森の中。

令嬢さん──エレナさんは申し訳なさそうな、嘘くさい表情を貼りつけている。


「助けていただいたことには感謝していますが、まだ警戒を解くわけにはいきません。ご理解をお願いします。貴方が助けにきたのもタイミングが良すぎる。私達が窮地に陥るまで待っていた、あるいは盗賊をけしかけたという可能性も──って、そのへらへらした笑いは何ですか」

「想像以上に声が可愛い。来てよかった」


エレナさんが言葉を失ったように固まった。それから彼女は、


「こ、声が……ですか?」


と、上擦った声で言った。彼女がわなわなと震え、大きな目で、僕のことをこれでもかと睨みつける。

もしかして怒ってる?褒めたのに。理解ができていない僕の首が、横からギルバートさんに掴まれる。避けようと思えば避けられたが、別によかったので避けなかった。


「声、も、可愛いよな?」

「ソーデスネー」


絶対この人親衛隊隊長だろ、というほどの威圧感だった。

僕達が話している間、御者達は馬車を修理し終え、馬の餌やりをしていた。兵士達は増援と共に、襲ってきた男達を連行しにいったので不在だ。


「屋敷は目と鼻の先だけど、増援から何人か護衛を頼んだ方がよかったんじゃないですか?」


僕の言葉に、エレナさんとギルバートの顔色が変わった。

エレナさんはやけに上品な微笑みを浮かべて、

「結界を張って外側から見えないようにしているのに、見えましたか」

「えっ」

「気に入りました。馬車にお乗りください。マサヤさんのお話をお聞きしたいです。雇用契約を結ぶには、お互いのことをよく知る必要がありますから」

「はあ……特に大した話はできませんが……ちなみに名前を呼ぶときは、駄犬や犬っころと呼んでもらっても、冗談ですごめんなさい」


ギルバートさんに首を掴まれながら、僕は大人しく馬車に乗った。

馬車は塗装もなく木造。かなり質素に見えるが、素材本来の色なので、森の中では目立たない。座席は、ベージュ色の質のいい革が使われ、クッション素材で、何時間も座れそうな弾力があった。

エレナさんとギルバートさんが並んで座り、僕は兵士さん達に挟まれて座った。窮屈ではないが、屋敷に着くまでの間、両隣からの圧がすごくて、僕は乾いた笑いが絶えずにいた。

道中、話したことといえば、ベイト達のこと、僕が雑な扱いを受けていたこと、戦闘時にサポート役に徹したこと……本当に大した話じゃなかったが、僕だったら眠気で意識が飛んだだろうに、誰も退屈そうにはしなかった。

屋敷に着くと、まず別館の警備棟に案内された。

個室のルームプレートに僕自身が名前を書くことで魔力が込められ、「今日から、ここが貴方の部屋です」と、エレナさんが言った。

僕は、ギルバートさんが持ってきた制服への着替えを指示された。上から下まで茶色系で、カジュアルシャツ、スラックス。フード付きの腰までのケープは、襟首の近くに円形の紋章が描かれていてカッコイイ。

僕だけが与えられた部屋と、僕のための服。胸が温かくなった。

寒さは感じていなかったのに、心地いい気分だ。


「サイズが合わなくて違和感があるでしょう。すぐに仕立ての者を」

「いいえ、これがいいです」


笑顔になる僕を、エレナさんが不思議そうに見つめた。その数秒の間、彼女の歳相応の青さが垣間見えた。

すると僕達の間にギルバートさんがずいっと割り込んできて、


「まずは適性検査として、お前にはこれからルミナスという町に向かい、世情調査をしてもらう。ルミナスは、アシュレイ家の領地だ。町の噂、景気、トラブルがなかったかなどを聞き、日が完全に沈んでから帰還しろ。違和感があれば、どんな些細なことでも逃さず調べて報告しろ。町民に訪ねる際は、必ずアシュレイ家の親衛隊だと名乗るように」

「えっ、護衛は?」

「それは熟練の兵士の責務。新人のやることではない」

「じゃあ、歌って踊れるエレナさんは存在しない!?」

「お嬢様がするわけないだろ、へし折るぞ」


どこを、とかは聞かないでおこう。

お口にチャックする僕に、エレナさんが、


「貴方が親衛隊を続けていれば、そのうち歌を聞かせましょう」

「お嬢様!?」

「マジで!?」

「幼き頃から声楽を教わってきましたので、お耳汚しにはならないかと思います」

「ぜひお願いします!やる気出てきたぞ!張り切って、行ってきます!」


気合いを入れて肩を回す僕の頭の中には、成果を出すこと以外はなかった。あっさり就職先と住む場所を手に入れて、安心しきっていた。

屋敷の外にはなだらかな坂があり、その先になごやかな街並みが広がっていた。

商店街には屋台が並び、瑞々しい野菜や果物、魚が目を引く。雑貨も種類が多い。店主達の活気のいい声が響き渡り、にぎわいを見せていた。

この世界に来る前の僕が、今の僕を見たら驚くだろう。誰かに話しかける勇気を持たなかった僕。でもパーティーにいた頃から世情調査は僕の担当だったので、自信は充分にあった。

最初に、気前の良さそうな八百屋のおじさんに、声をかける。


「すみません、アシュレイ家の親衛隊のものですが、世情調査に協力してはもらえないでしょうか」


するとおじさんは、眉をひそめた。


「アシュレイ家の?兄ちゃん、認定証は持ってるかい」

「えっ、ニンテイショー?」

「親衛隊ならみんな持ってる。そういうのがあって当然だろ?アシュレイ家の名をかたった偽者がやりたい放題するからな」


にぎやかな声が、いつの間にか消えていた。誰もが目を丸くして、僕を見ている。

喉が引き攣り、汗が出てきた。


「そ、そんなのもらってない」

「もらってない?──そうあってもおかしくないわな」


おじさんの言葉に、人々もうんうんとうなずく。

僕は目をまたたかせた。とりあえず怪しまれてはなさそうだと、ほっとした。


「どういうことですか?」

「あの家、ちょっと変わっててな──新人の親衛隊や使用人をわざと困らせて、それでも辞めないか試すんだ。まぁ、それくらい対応できないとやっていけない、って戒めなんだろうがな」

「男爵家の人間、全員が疑り深いからなぁ」

「でも、ちょっとタチが悪くてな」

「高級なお菓子を盗み食いしたとか、屋敷の備品を売り払ったとか、冤罪かけられて泣かされた子が何人もいたんだよ」

「やめなよ、アンタら。この人に告げ口されたらどうすんのさ」


周囲の、目の色が変わる。疑心に敵意じみたものがプラスされた。

僕はニコッと笑って、


「でしたら、今の話は聞かなかったことにします。なので、アシュレイ家以外のことを教えてください。噂とか、困り事とか」


と言った。人々が訝しげになった。


「そんなこと言って、領主様にあることないこと吹き込むつもりじゃないのか?金のために。良い給金もらってんだろ」

「そんなことしたら皆さん、もう僕と口利いてくれなくなるじゃないですか。お仕事できなくなると損をするのは僕ですから」

「……それは男爵家を裏切ることになるんじゃないのか?」

「陰口を報告しろとは言われていませんので。こんな幼稚な嫌がらせをする雇用主に、こちらが誠実である義務はない。解雇されたらそれまで。新しい就職先を探せばいいだけです」


僕を見る顔という顔が、ぽかんとしている。

こんなところに変な親衛隊がいるぞと、人が人を呼んでギャラリーが増えてきた。おいおい、別に僕は曲芸なんてできないぞ。


「兄ちゃん、見た目によらずしたたかだなぁ」

「でもアシュレイ家は、そこまで悪い人達には思えませんけどね。少々ひねくれてはいますが」

「いやいや」


それから町の人々は、数人が話をしてくれるようになった。

二、三日前から林業が思うようにいかなくなったこと、山菜や薬草採りが難しくなったこと、怪我人が出たこと──それもこれもすべて、森に染斑狼(ステインウルフ)が住みついたせいだった。確認できたのは五匹だという。

染斑狼は普通の狼くらいの大きさで、人間を食べることはない。だけど自分達が住みやすいと思ったなら人里の中にまで侵入して人間を追い出してまで住処(すみか)を奪うこともある、非常に迷惑な奴等だ。


「アンタ、男爵家の屋敷からここに来るのに、どうやって来た?」

「まっすぐ整備された道を歩いていって三十分くらい。途中途中に看板がありましたね」

「染斑狼の奴らは日中は寝ていて、日が沈むと活発になる。だから日没までには帰んなよ」

「えっ、でも僕、日が完全に沈んでから帰ってこい、って言われてるんですが」


皆さんが顔面蒼白になるあたり、やっぱりあの二人は悪い人かもしれない。


「新人になんてことを!」

「死なせる気か!?」

「いや、ひょっとしたらこの兄ちゃん、めちゃくちゃ強い人なのかも……」

「僕ヒーラーなので、敵をやっつけたことないですね」

「なんてこった!」

「そんなボロ杖じゃなくて、もっと良いのを二割引きで売ってやる!」

「俺んとこの防具も買っていってくれ!」


いろんな人が、僕の生存確率を少しでもあげようと躍起になってくれている。


「ありがとうございます!ついでといってはなんですが、前衛として、腕の立つ人を紹介してほしいなーなんて……」

「そ、それはアンタら親衛隊の仕事だろ……」

皆さんが気まずそうにそっぽを向いた。

染斑狼というと、Aランクの冒険者でも討伐が難しいとされている。

そのAランクの冒険者も、栄えた国の城下町にはごろごろいるが、やや田舎寄りのこの町には、望みは薄そうだった。

不意に「あっ」と言った人がいた。その人が指差ししはじめて、それを真似るように次々と同じ方向を指差す。

僕の後ろ。

「えっ?」と振り向いてみたら、小さく挙手をした青年がいた。

麻のシャツに革のつなぎ姿。僕より頭一つ分、背が高い。気さくそうな感じだ。

見習いっぽい雰囲気のその垢抜けなさには、見覚えがあった。先程彼は燕尾服を着ていた。

「貴方は、馬車を引いていた」

「ミゲイルだ。これでもエレナお嬢様を護衛するくらいには腕に自信がある」


背後にある晴天がよく似合う、さっぱりした雰囲気。

何より最高なのは、やっぱりそのはつらつとした声!頼もしい兄貴分って感じで、聞いていて気持ちがいい!

「あっ、さっきの話はするなよ?あれは、たまたま調子が悪かっただけなんだからな」

「別に何も言っていないのに……」


ミゲイルさんはしかめっ面を、ぐいっと近づけてくる。

勘弁してほしい。仲良しと仲たがいどっちが良いかなんて、仲良しでいる方が良いに決まっている。犬は飼い主に似るというが、使用人もまた雇用主に似たりするのだろうか。

「冗談だ」と、ミゲイルさんはニカッと笑った。


「俺は冒険者としてエレナランクのライセンスを持っているし魔法も使える。いざとなれば撤退するくらいはできるから、頼りにしてくれていい」

「でも僕は、回復とバフしかできませんけど……」

「それならそれで構わないさ」


しょぼくれる僕に、ミゲイルさんはきっぱりと言った。


「任務が達成できなかったとしても、何も恥ずべきことじゃない。俺達には荷が重かったと報告するのも仕事のうちだ。あとはお嬢様やギルバートさんが新たな計画を練ってくれる。気楽にいこう」


ぽん、と大きな手が僕の肩に乗った。

彼の腰には、大振りのナイフが携帯されている。この町でも買えそうな代物だ。

そういえばミゲイルさんは、僕のバフなんかであんなに超人的な動きを見せたのだ。エレナランクの中でも上位の実力なのかもしれない。そう思うと気持ちが軽くなり、笑顔になるだけの余裕が出てきた。


「よろしくお願いします!」

「おう。それじゃ日没まで暇潰し……じゃなく、情報収集だな」


僕が町を回るのに、ミゲイルさんがついてきてくれた。

僕達の格好が冒険者にしか見えないので、町の人に尋ねるときは、染斑狼をなんとかするからかわりに情報が欲しいといえば、彼等は積極的に協力してくれた。その際にはミゲイルさんは「うまくいったな」と笑いかけてくれた。

でも町民の中にはお金を欲しがる人もいて、銀貨を渡そうとしたら、ミゲイルさんにビシィッ!とデコピンされた。結構痛かった。

「そんな大金渡すんじゃない!」と怒られたが、日本円で千円くらいだってのにケチだ。そしてアシュレイ家の人間はすぐ手が出るのかと思うと、このエレナさんは何をしてくるのかと恐ろしくてならなかった。

頼もしい味方ができて心強くなり、一層任務に集中できた。

夢中になって励んでいるうちに夕暮れになる。オレンジ色が、地平線の彼方に沈んでいく。やがて空はリンドウのように淑やかな青に染まり、星が一粒二粒ときらめきだした。

黙ったミゲイルさんの後ろ姿は、緊張感を漂わせていた。

僕は彼についていきながら、森に入った。

薄暗い中、足元に細心の注意を払いながら進む。

転ばないようにというより、足音を立てないように用心しなければならない。

染斑狼達のなわばりがどこにあるか、わからないからだ。

乾いた落ち葉を踏む音は、静かな夜の空気には際立つ。聴覚の鋭い獣達は必ず一斉に襲ってくる。

僕は、昼に買ったばかりの杖を握り締めた。

僕がもともと持っていた黒檀(こくたん)のものは《アイテムボックス》に収納した。Cランク以上の冒険者に与えられる、物品や食料を永久保存できる便利な魔法だ。

買ったばかりのこちらは白木から作られたものだ。軽くて硬度はさほどないが、高い魔力を宿した木を削ったもので、魔法の威力を心なしか上昇してくれるそうだ。武器屋の主人の気づかいは、心の支えになった。

いくらか歩いたとき、ミゲイルさんの腕が僕の前を遮った。

彼が木陰から向こうを覗いて、僕も真似をする。

森が開けたところに、月明かりに照らされた五匹の狼がいる。

奴等は川の近くで丸くなりながら、骨を舐めていた。頭蓋骨を舐めているものがいて、骨の形状と角の付け根から、シカ科の生物と思われた。

奴等が染斑狼と呼ばれる理由は一目瞭然だった。元は薄い色の毛並みが、被食者の血を浴びつづけたために水浴びでは落としきれない汚れとなり、迷彩柄となっているからだった。

ミゲイルさんが浅く息を吸い、ゆっくりと吐いた。


「行くぞ──前に出ろ!」

「はい!……はい?」


今、前に出ろって言った?後方支援の僕に?

そう言われて僕は思わず立っていた。ミゲイルさんが背中をぐいぐい押してくる。牙を剥いて唸る染斑狼達との距離が、どんどん狭まっていた。


「ちょ、ちょっと!?」

「後は任せた!《プロヴォーク》!」


ミゲイルさんの手から嫌な感じの光が放たれる。光は僕と染斑狼達にまとわりついた。

《プロヴォーク》ってたしか敵の注意を一人に引きつける、ベイトも自分に使っていた……。

「えっ?」となる僕に、「がんばれよー!」とミゲイルさんは猛ダッシュで逃げていった。


「えっ、ちょっと!?」


呼び止めてもミゲイルさんは躊躇しなかった。

僕の後ろからはグルル……と、凶暴そうな唸りが聞こえてくる。

彼等は挑発魔法で気が立っている。これは噛みつきや引っ掻くだけで許してくれそうにない。


「ぼ、僕にどうしろと……?」


後ずさりすれば、じりじりと距離を詰められる。逃げるなんてできそうになかった。




***


一方でミゲイルは、茂みの陰からマサヤを観察していた。自身に《隠密魔法》をかけながら。完全に気配を消せるほどの上級魔法ではないが、マサヤは染斑狼達に集中していて気づいていない。

もっとも、彼が《隠密魔法》を見破れない凡人かどうか怪しいものだが。


『ミゲイル、状況はどうなっている』


認定証からギルバートの声が聞こえた。認定証に描かれた紋様は、《通信魔法》の魔法陣だ。それは主流のものにアレンジが加えられていて、発信器の機能も取りつけられている。


「染斑狼達の攻撃を次々避けています。こっちはいつでも遠隔魔法が撃てますけど、うろちょろしすぎて狙いが定まらない……もし当たったらまずいし……」

『多少の傷くらい、ヒーラーなら自力で治すだろ』


ギルバートの言葉に、ミゲイルは込み上げかけた怒りを呑み込んだ。

マサヤを試している。彼の人間性を知るため──そのために、わざと窮地に追いやった。

手段が悪すぎるとも思うが、これは必要なことなんだと自分に言い聞かせる。


「あいつ──本当に演技をしていると思いますか?」

『無自覚でああなら好都合だ。借りを返すだけじゃなく、恩を売る良い機会にもなる』

「下衆め」


ミゲイルは半笑い混じりに言った。ギルバートはどこ吹く風だろう。

マサヤの悲鳴がひっきりなしに続いている。

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