002●アクティブソナー キルパルス
’モービィーディック号’の艦内は、
まるで海そのものが入り込んだかのように、静まり返っていた。
エンジンは最低出力。
艦は流れに身を預けるように、ただそこにあるだけの物体となっている。
ソナー員が囁いた。
「・・・敵、針路〇七二。機関音、ごく微弱。距離は・・・不明です。」
空気がわずかに揺れる。
距離がわからない。つまり、どれほど近いか誰にもわからない。
艦長は視線だけを動かし、静かに息を吸う。
「こちらの位置は、すでに捕捉されていると見ていいか。」
副長が苦い顔でうなずく。
「敵ノイズが妙に一定です。照射待ちでしょう。・・・こちらの音を。」
待たれている。
沈黙は盾だが、同時に心臓でもある。
艦長はゆっくりと目を閉じた。
撃てば撃たれる。撃たねば撃たれる。
静寂が、耳鳴りのように重たくかぶさってくる。
「・・・距離さえ、わかれば。」
ソナー員の声が、艦内のすべての心を代弁した。
艦長は目を開き、決断を口にする。
「アクティブ、一発。ローパワー。キルパルスでいく。」
その瞬間、艦内の空気が冷たく締まった。
誰もが呼吸を浅くし、自分の心音が海に漏れないよう祈る。
オペレーターの指が、送信キーに触れる。
海は沈黙しすぎて、むしろ耳が痛い。
艦長が、わずかにうなずいた。
「・・・撃て。」
ピン。
鋭い金属音が船体を震わせ、海へと消えていった。
数秒。永遠に伸びる数秒。
発令所の誰ひとりとして、瞬きすらしない。
返れ。
どこだ。
そして。
・・・ゴッ。
低く重い反射が、海底が唸ったかのように戻ってきた。
ソナー員の顔色が変わる。
「距離六五〇! 撃てます!」
艦長が、刃のように吠える。
「魚雷一番、発射!」
その瞬間、艦は息をした。
長い潜水からクジラが浮上するように、生き返った。
潜水艦‘モービィーディック号’は進む。
‘黄色い悪魔’を追い、ガトーショコランティア海域へ向かうのだ。
数珠繋ぎにドッグを経由し、整備をしなければならない。
複数の艦が提督のもとに分散集結する。
敵の哨戒艦との戦闘も避けられない。
スパイの情報は確かなのか?間に合うのか?
艦長は顔色には出さない。
だが、彼の心は赤い酸の海の渦のように乱れている。




