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善き闇がち魔闘士が、  作者: シトラチネ
思慕の収束 編
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78. 善くない時もある

 詳細不明でも人命第一、という魔闘士隊副隊長の命令で精霊組成士の救助が優先された。

 計算して割り出された排出地点は北嶺探査基地に近かったため、基地から数名の魔闘士隊員が捜索に向かった。幸いなことに天候が良く、浅い雪の上で茫然としている精霊組成士をすぐに発見できたそうだ。

 保護して基地に戻る旨の連絡が来たが、精霊組成士は岩壁や岩場を見るたび泣いて雪面を抱きしめ動かなくなるので時間がかかりそうだ、と伝える遠隔会話の声は当惑していた。

 基地全体が救助に気を取られている間に除染室の隅で、後輩魔闘士と急いで事態の確認をする。彼は眼鏡を外して審査部への連絡を切った。

「兄さんの精霊、弱ってない? おかしくなってない?」

「精霊の状態を判断するのは難しいんです。とにかくずっと半闇性魔力を与え続けています」

 精霊は与えられた魔力を霊力に変換して生命維持に使う。後輩は精霊のごはんである魔力を注ぎ続けてくれているようだ。

「余剰分はちゃんと純化してくれているので、少なくとも能力は無事です」

 精霊組成士につかまれた足にはひどい引っかき傷が増えていた。後輩が治癒促進の精霊を使ってくれる。

「僕はあなたが転移用に魔導したら渡してもらって、違反でも一つでも感覚過負荷の強制終了をかけて精霊を逃がすつもりでした」

 隙を突いて精霊が囚われた皿を奪い、拘束の許可を取り下げるよう堅物審査官を説得する道もあった。けれど精霊組成士の国益だという主張は強い。拘束許可が続行されてしまったら、もう精霊を取り返せないかもしれない。

 どうしてもあの場で拘束を解かなければいけなかった。

「だけどあなたは門番も転移も、精霊組成士のために魔導するのは絶対にいやだと言うから困って」

「そんな計画してたなんて分からなくて、ごめんなさい」

「謝るのは僕です。言うべきか迷うけど、僕はあなたがた兄妹の突破力を信頼してるんです」

 信頼しているという言葉にそぐわない、眉根を寄せた難しい顔をされてしまう。何が起きるかも分からないのに門番を定性調整するなんて無謀な突破だと思っているんだろうし、反論できない。

「だから保冷袋を渡してもらった後もすぐには動かず待ってしまった。待たずに強制終了すれば僕の処罰だけで済むはずだった。色んな場面で、僕はもっと能動的になるべきだと反省しています」

 反省すべきは自分なのに、なぜか反省させてしまっている。それほど重大なことをしてしまったのをじわじわと実感し始めた。

「妹さんは結果がどうなると予想していたんですか」

「こんなヤツ、門番さんが入場不可にしてくれないかと…そうなれば精霊組成士は門から連れ出されたら、もう基地に戻ってこられない。その隙にわたしが精霊を奪って基地に入って、後輩さんを説得して強制終了をと思ったんです」

 門番の精霊を残したのが基地や仲間を守ろうとした魔闘士なら、その願いを受けた精霊ならどうにかしてくれそうだと思った。

「対価魔力がすごく少なかったんです。きっと門番さんもあの人を仲間と認めてなかった。まさか足元が抜けるとは思わなかったけど」

 門の通行制限の変更を予想していたのに、足元が抜けたのはびっくりした。想像したより派手な結果になってしまって、追及をかわせる気がしない。

「精霊組成士は定性調整を知らないから、詠唱じゃなくて愚痴っただけってごまかせるけど、審査部はわたしが何をやったか気付くかもしれません。魔術省からもう出してもらえないかも。ごめんなさい」

「気付いても証拠はない。審査部の人間は目撃していないし、記録映像もない」

「動揺しちゃったんです。後輩さんが何か計画してるって気付けないくらい。兄の精霊を兄と切り離して考えられなかった。兄の望んだ通りに後輩さんの役に立つ精霊のままであって欲しかったの」

「分かってる。僕も別々にしきれてないから。転移紋を用意すれば大量の魔導を疑われずにできるから、割り切っているふりをしたんです。けど、それが妹さんを動揺させた。ごめんね」

 うまくいかなかった意思疎通を互いに悔やんで謝る。

「僕たちはもっとたくさん話した方がいいですね。同意も相違も理解する。そのためにも、魔術省には妹さんを閉じ込めたりしないように掛け合います」 

 気持ちは嬉しい。けれど王の直轄精霊をいじったのが露見したら、その懲罰は一魔闘士が交渉できる範囲をはるかに超えるだろう。

 覚悟をしておかなければいけないかもしれない。どうにか笑顔を作った。

「思い出しました。定性調整は遠隔会話でも有効だから、魔術省からでもハグしなくても後輩さんの調整は出来るはずです」

 彼は険しいような焦ったような顔で首を横に振る。

「忘れてていい、そんなこと」

「そうだ、四つヒゲの胃石が蓄魔晶石だって気付いてくれて、やっぱり後輩さんは天才だなって思いました」

 小さい頃、竜巻に巻き上げられた魚が額に当たって流血したことがあった。その魚が四つヒゲだった。額に当たって吐き出された胃石がとてもいい蓄魔晶石だと気付いたのは兄だった。

 以来ずっとこっそり集めてきた。王都に移ってからも南部料理の食堂に取り寄せたり取り置いてもらっていた。他の魚も一緒に頼んでまぎれさせて買っていた。

 後輩はぽかんと口を開く。

「じゃあフィッシュパイは胃石を抜いた四つヒゲ処理のために…」

「純粋に好物だからでもあります。一挙両得ってやつです!」

 二十年近く採取を続けてみて、嵐の直後に獲れた四つヒゲからは特にいい石が出ると分かった。時機を狙えば一年に一、二個は最高品質の石が手に入った。

 精霊組成士が弔問の手土産に持ってきた四つヒゲは嵐の直後に獲れたものだと言っていた。試しに四つヒゲの胃に入ったままの石に魔導してみたら、良いグレードの石がある感じがあった。

 堅物審査官が後輩のバングルから抜かせた魔力は、大気に戻すふりをして、その時抱えていた四つヒゲの胃石に蓄え直した。その後も保冷袋に入れて持ち歩きながら、胃の中の蓄魔晶石に魔導し続けておいた。

 だから上級精霊三体を強制終了できる魔力を用意できた。『その四つヒゲ、すごく栄養蓄えてるから。精霊鑑別士に振る舞った時と同じ、上級なやつ三匹さばいても余る価値がある』

「あの時僕は危うく声を上げそうでした。胃石と蓄魔晶石と四つヒゲ持ち歩き宣言が繋がって。全く魔力を持たない状態にされていたのに、あなたが用意してくれてた。ありがとう」

「ふふふ。魔導士ですから!」

 後輩はバングルにはめられた蓄魔晶石に手を置いて、じっと見つめていた。

「年に一、二個。あなたがた兄妹がずっと収集し続けて来た、それほど大事なものを僕は託してもらっていたんですね」

「大事っていうか、集めるのは楽しいし美味しいし」

「先輩の宝なのに、魔術省に取り上げさせたりしない。絶対に」

「はい。後輩さんがもっと蓄魔晶石を必要とする時には四つヒゲを入手してさばいてください」

「あなたのことです。ただ拘束術の強制終了をかけた魔力の源を追及される時に、高品質の蓄魔晶石の出どころが四つヒゲだと明かしたくない。だから食堂であなたが選別していた蓄魔晶石を保冷袋に入れておきました」

 今も足を冷やす保冷袋がものすごく重くなっていて不審に思っていたら、細工をしてくれていたらしい。

「ちょっと奇行になってしまいますが、昨日からあなたは石を選別しては保冷袋にためこんで魔導していて、それを強制終了に使わせてもらったことにしてください」

「あだながフクメロになりそう…」

「実は正しい表現かもしれません。よく噛みつく北嶺の天使…ごめんまだ無理だった。中堅さんすごいな。こっち見ないで」

「見ないと試しキスできないんですけど」

 え、と後輩は見るなと言ったばかりの動揺した顔で振り返った。

「魔術省に拘束されるかもしれないので、その前に遠隔会話ペアリング用の疑似キス見本を置いていっていいですか。安全にうるさい後輩さんだから、額のあたりとかどうですか」

「…はい。けど、僕は」

 と後輩はためらう様子を見せた。

「僕はその…言われてなくて。南部の文化ではどこまで挨拶で友愛なのか、分からな…」

『後輩魔闘士、新人魔導士、食堂に集合。堅物審査官より聴取がある』

 ローブ襟元の遠隔会話ピンから魔闘士隊副隊長の呼び出しがかかった。精霊使用を厳罰に処すと宣言した堅物がどう聴取してどう処罰を下すのか、不安と緊張が走る。

 魔術省に留置されることになるのか、されたらそれはいつまでなのか、予想できない。

 だけどこんな状況でなければ勇気が足りない。

 後輩は魔獣討伐、兄の喪失、闇堕ちと心身を次々に激変にさらされた。落ち着けようと大変な思いをしているはずの彼に、見本と言い訳しながらキスするなんて。

 座っている後輩の前に立ち、彼の両肩に両手をかける。バチバチとローブがうるさく反応して痛いだろうから、気後れしてる時間はなかった。

 屈んで、息を止めて、彼の額に唇を押し当てる。温かい肌に気が遠くなりかけたから、気絶する前に三歩くらい離れた。

「除染してください。あと…僕がうまく再現できなかったら」

 彼は両手で顔を覆ってしまっているけれど、赤い耳は隠せていない。

「追加サンプルをもらいに行っていいですか」

 魔術省に閉じ込められても会いに来てくれるつもりだろうか。闇堕ちが北嶺探査基地から自由に出られるわけじゃないのに。

 それでもそんな風に言ってくれるのが嬉しい。

 不安や温かさやどきどきでぎゅうぎゅうな肺の隙間から、どうにか「はい」と返事した。

 副隊長に怒られる前に、除染して食堂へと向かった。

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