76. 割り切り、割り切られるのか
「君こそ何を言ってんの? すっごい国益だよ、この組成案は。受け取る対価が半闇性魔力だけじゃ、まともに使えるのは闇堕ちだけ…」
言いかけた精霊組成士が後輩魔闘士を見た。
「…あー。なるほどね…君が。被ばくじゃなくて闇堕ちだからか、あんなにローブが反応してたのは。やばいな俺、近付かれてたよ」
知られたくないことを嫌な相手に次々に見抜かれてしまって、絶望的な気持ちになる。自分の不用意な言葉、不用意な反応が気付かせてしまった。
「半闇性魔力を対価にするなんて特殊条件、どうやって発見したのか三班で話題になってたんだ。闇堕ちがいるって魔術省で風の噂になってたしね。へえ、火炎旋風を作った名門一族の英雄が闇堕ちね。落ちぶれたねえ」
「後輩さんは…」
「いいから門番用の魔導して」
言い争いながら歩いているうちに門に着いてしまっていた。
「いやです。精霊を返して」
「妹さん、彼の言う通りに。僕が魔術省基幹除染室への転移紋を描きます。魔闘士隊本部を経由するより近くて早い。精霊の負担を最小限に考えます」
「精霊を連れて行かれるのはいや!」
後輩は硬い表情で足元にチョークで転移紋を描き始めた。
「精霊三班に協力する転移精霊の使用なら認められるはずです」
なぜ描紋を光じゃなくチョークで、と不思議に感じたけれど彼の腕のバングルを見て思い出した。堅物審査官の命令でバングルの蓄魔晶石から全て魔力を抜いてある。兄の精霊が拘束されて使えない今、後輩が利用できる純正魔力はゼロだ。
「君はそうやって這いつくばって、他人のための紋を描き続ければいいよ。新式描紋の第一人者なんてもてはやされた君が、今や自力じゃ何にも出来ないとか皮肉だよね」
後輩は無表情で聞き流し、描紋に集中している。視線が合わない。今までこんな風に自分を置き去りにされたことはなかった。
「願いを守りたいのは、わたしだけなの?」
善くしすぎた後輩のためにと、兄が最期に願ったことを守りたい。兄の精霊を後輩が使えなくなるなんて受け入れられない。
「妹さん、精霊は精霊です。組成が国益なのは確かです。闇性魔力を大量に純正化し有害性を低下させられれば…」
「そう思うならさ、後輩くん、君は有害性除去の精霊になればいいんだよ」
転移紋を描く手が一瞬、速度を遅くしたように見えた。
「半闇性精霊の対価を純正魔力に変えて、さらに有害性除去と組み合わせる。そしたら誰でも闇性魔力と有害性を除去できるすげえ精霊が出来る。俺天才だな!」
怒りが内臓の奥から寒気のように体を震わすのが分かる。興奮しながら意気揚々と述べる精霊組成士の頬を張り倒したい。けれど攻撃してはいけない。
密かな深い深い呼吸で震えを体内に押し戻した。
「王から表彰されるだろうな。名門一族なんかと比べ物にならない地位を手に入れられる。君程度の英雄なんてかすむような…」
「僕は英雄ではありません」
「そうか闇堕ちだからな! 君は王のため、王国民のために精霊になるといいよ。俺が組成して役立ててあげるからさ。そしたら英雄にしてもらえるかもよ」
「そんなひどいこと言わないで。組成を止めるためなら、わたし何でもする」
押し戻し損ねた震えが声に出てしまったけれど、殊勝な顔をしてみせたおかげで泣きだしそうに聞こえたかもしれない。
へえ、と精霊組成士はニヤついている。
「じゃあまず俺にキスでもしてもらおうかな。南部風の情熱的なやつ」
「妹さん、精霊に関しては割り切ってください。組成についてはすぐに対応を考えますから」
叱るような強い口調だ。
「無理。あんな…魚を盗み食いするような…」
治癒促進の精霊の好物をちゃっかり盗み食いするような精霊が、兄の性格と完全に無関係だなんてとても思えない。精霊は精霊に過ぎないなんて割り切れない。
けれど後輩は精霊は精霊だと言う。自分一人でどうにかするしかない。
したり顔で待ち受ける精霊組成士の方へと踏み出し、腕を回そうとした。けれど手に持っていた荷物が邪魔になる。
「保冷袋…後輩さん、あげる。中の四つヒゲ、自由に使って」
ぽいと投げ渡した。後輩は困惑顔で受け止めている。
「その四つヒゲ、すごく栄養蓄えてるから。精霊鑑別士に振る舞った時と同じ、上級なやつ三匹さばいても余る価値があるんです」
言いながら精霊組成士に抱き着く。組成士は生魚の皿を持っていない方の腕をこれ見よがしの大きな動作で背中に回してくる。体の線を探るような触り方に腹が立つ。
「君も王都に連れ帰るか。俺の好きにしちゃっていいんだよね? 後輩くんのお気に入りを」
下卑た挑発に、後輩は答えずにいる。片手で保冷袋を抱え、転移紋と省魔力のために重量や体積を測る補佐紋も描き加えている。
だけどそれを使わせる気はなかった。
「できる? わたしを基地から連れ出せる人って、なかなかいないの」
会話で待たせながら、腕を少しずつ移動させる。いつでも組成士の片腕をつかみ、盆を奪える位置にさりげなくずらした。
「だって門番さんは仲間想いだもん。魔闘士に死ねなんて言う精霊組成士さんのこと、仲間って認識しないと思う。門番さんはきっと、そういう精霊さん」
門番の精霊紋は機密で隠されていて、直接見ることは出来ない。けれど主目的である門の近く、門前のこの場所で定性調整すれば聞こえる場所に門番の精霊がいることを願いながら、固有魔力を魔導する。
後輩の眼が見開かれた。
「うわっ?」
がくんと体を揺らした精霊組成士が足踏みする。足元を見ると、精霊組成士のブーツが岩窟の床を突き抜け、するりと音もなく沈み始めていた。
「言ったでしょ。組成を止めるためなら、わたし何でもするって」




