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善き闇がち魔闘士が、  作者: シトラチネ
思慕の収束 編
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75. 力を奪われる

「叔父さんって…」

 盆の上で皿がガタガタと騒ぎ、魚肉の山が崩れる。精霊組成士は興奮した様子で立ち上がり、緊張した笑い声をあげた。

「やった、ははっ! 見ろよ、捕まえた」

「待って、叔父さんってどういうこと!」

 北嶺に住み着く治癒促進の精霊が八年前に怪我で亡くなった魔闘士と関係しているらしい、というのはそれを見出した後輩魔闘士と、共同研究者だった兄の妹として話してもらった自分と、情報統制する審査部しか知らない話のはずだ。

 だからまるで叔父に関係する精霊と知っているかのように、精霊組成士が治癒促進の精霊に叔父さんと呼びかけたことに驚く。

 ガタガタと騒ぎ続ける皿を前に歓喜を続けている精霊組成士の背後で、後輩が首を横に振っている。叔父さん発言には質問しない方がいいらしい。

「やったぞ。これでプロジェクトが成功する。俺の功績で」

「拘束時間は? すぐ放すって話だったはずです」

 人間に魔術拘束をかけると五感のうち三つに過負荷がかけられ、耐えがたい苦痛をもたらす。二度と治らない障害が残ることもある。精霊もそうならないという保証はない。

「気分がいいねえ! 言っとくけどすごい発見だぜ。給料上げてもらわねーと!」

 精霊組成士は話を聞いてくれない。生魚の皿は小刻みに震えながら、時々光の粒を散らす。精霊が姿を現す時に見える光だ。確かにそこに留まり、抜け出せずにいるように見える。

 後輩の顔が精霊組成士の手元を見てさらに険しくなった。

「指の傷を見せてください」

「リーダーに報告、いやいや俺がリーダーになるべきだろ。わ、なんだよ」

 話を聞かない精霊組成士の腕を後輩の代わりにつかんでテーブルに押し付ける。指先の傷は治っていない。

「治癒促進の精霊が来てない」

「は? じゃあ何の…だって魚に釣られる精霊なんて、叔父さんしか」

「まさか」

 特大の嫌な予感に背筋が寒くなった。まさかと言い合って顔を見合わせた後輩が急いで魔導を繰り返す。そして予感が的中してしまった絶望的なため息をついた。

「そこにいるのは北嶺の治癒促進の精霊ではありません。早く解放してください」

「え、じゃあ何? けど何でもいいか、捕まえられるのは分かったんだから。持って帰る」

「話が違います!」

 つい叫んでしまった。

「試すだけって言ったでしょ?」

「精霊三班に見せないと。せっかく捕まえたんだから」

「嘘ついたの? 魔術省まで持って帰る間に精霊が弱っちゃうかもしれない。放して」

 後輩の様子で分かってしまった。魚に釣られて捕まったのは兄の精霊だ。

 闇堕ちの後輩が大気から魔導する魔力は半闇性を帯びるから、普通の精霊は霊力に変換して自らの生命維持に使うことが出来ない。だから後輩は半闇性魔力を普通の精霊に渡すことを避けている。

 唯一の例外は兄の精霊だ。半闇性精霊と呼ばれ、兄が亡くなった場所で発見された精霊だ。半闇性魔力だけを対価に受け取る。後輩が大気から魔導して試したのは、兄の精霊が呼び出しに答えるかどうかだった。

「絶対だめ、返して」

「見せたら放すよ。妹ちゃん、門番と転移の精霊用の魔導して」

「しない!」

「へえ。別にいいよ。魔術省から迎えの魔導士呼ぶから」

 精霊組成士は盆ごと生魚の皿を持った。そのまま食堂を出て行こうとする。

「待って、やだ、返して、お願い」

 魔術拘束の精霊が人間に障害を負わせるように、精霊にも取り返しのつかない怪我をさせてしまったら。そのせいで使えなくなるなんて事態になったら。兄の最期の望みを託された精霊が消えてしまったりしたら。

 後輩魔闘士に贈られた、彼自身が魔導して使える、それによってどんな精霊ともまた取引を可能にする唯一の精霊を失ってしまったら。

 また兄と一緒に壁を打ち崩せる希望に目を潤ませた彼は、どんなに苦しい思いをするだろう。

「これが何の精霊か分かってるんだ? そんなに大事なんだ。何? 教えてくれたら返してあげてもいいよ」

 優位性に笑いながら門へと向かう精霊組成士を焦りながら追いかける。

 兄の精霊は発見されたばかりで魔術省による精霊鑑別を受けていない。闇性魔力を浄化する特異性から、存在はまだ公にされていない。

 口ごもったせいで逆に精霊組成士に気付かせることになってしまった。

「あー、そっか。そっかそっか。分かっちゃった。半闇性精霊だ。わお」

 愕然とする。どうして知っているんだろう。

「後輩さん…どうすれば」

「考えていますが難しいです。精霊三班の業務として審査官の許可を得ている活動を妨害する正当な理由がない。彼に何かしたら妨害どころか攻撃とみなされる可能性もあります」

 正当な理由なく他部署の妨害や攻撃をしたら、それは先日基地を襲った精霊鑑別士と同じだ。拘束され投獄されてもおかしくない。

 どうにかして円満に精霊を取り返すしかない。

 精霊組成士は高らかに歌うように勝ち誇って言った。

「そうか、すげえ! 半闇性精霊を使った組成ができる。半闇性魔力じゃなくて純正魔力を受け取るように作り直すんだ。誰でも使えるようにすれば、誰でも闇性魔力を純化できる!」

「何を…何を言ってるの? そんなの許さない!」

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