74. 虫に我慢ならない
「外は寒かったよー。あっためて、妹ちゃん」
「あ、献花が終わったんですね」
「叔父は血統型にしては魔能が高くて、親族の自慢だったんだ。献花式があって良かったよ」
「参列できなくてごめんなさい、足を怪我していて。暖炉の前にどうぞ」
裂傷は腫れを起こしやすいらしい。破砕風弾による打撲と裂傷を集中的に浴びた足は腫れていて、昨日は熱もあった。
立ち歩く作業量を減らしてもらったら、小石の山から蓄魔晶石候補を選ぶという地味すぎる仕事ばかりが続いていた。食堂の大暖炉前でひたすら石を嗅ぎ分けている間に、献花式は終わったらしい。
戻ってきた精霊組成士は腕をこすって寒そうにしている。暖炉前の一番暖かい席をすすめた。
「熱い蜜酒とかないの?」
「基地内でお酒を飲める場所と時間は決まってるんです。それ以外で体を温めたい時は、スパイスや果実のピールを入れたお茶が暖炉脇に常備されてます。そこのケトルに入ってるので、ご自由にどうぞ」
「妹ちゃんに入れて欲しいな」
「手が汚れているので」
「石とか後でよくない? っていうか何やってるの」
「蓄魔晶石を選り分けてるんです」
国中で不足する蓄魔晶石は、北嶺探査基地では観測機器や野獣探知網に欠かせない重要な物資だ。見た目で判別できず、特定の種類でもない。蓄魔晶石を嗅ぎ分ける特殊な識別嗅覚が必要で、それが普及の大きな妨げになっている。
蓄魔晶石の選別作業は、識別嗅覚のない者には手を泥だらけにしながら小石の山を作っているだけにしか見えないだろう。だとしても、痛む足を引きずって精霊組成士の目の前にある飲み物を注いでやる気にはなれない。
水をくれとさえ言ったことのない後輩さんに甘やかされちゃったな、と少し反省する。
精霊組成士は苦笑して肩をすくめた。本当に熱い飲み物が欲しかったわけではないらしい。
「君にちゃんとした仕事をあげるよ」
選別作業はちゃんとした大事な仕事だというのに、作業の見た目の地味さで軽視されてしまっている。
精霊組成士への好感度がどんどん下がりつつある。
「魔導して欲しいんだ、上級精霊三体分」
闇性魔力が強く残存する北嶺での魔導に慣れていないから、と組成士は言う。それなら当然、北嶺探査基地専属魔導士の出番だろう。
けれど目的を聞いて戸惑った。
「治癒促進の精霊を捕まえるために魔術拘束の精霊を使う? 出来るんですか、そんなこと」
「あのね、これは魔術省精霊三班の一大プロジェクトなんだよ。医療所には必ず治癒促進の精霊が常駐するようになる、君でもこれの意義わかるよね?」
精霊相手でも魔術拘束術が可能だとは知らなくて驚いただけなのに、全然違うことで小馬鹿にされた気がする。
精霊組成士がくれた、今も足を冷やす保冷袋に入った四つヒゲに免じて、ムッとしたのが顔に出ないよう自制した。
「騒がしい仮面と同じなら視覚過負荷、聴覚過負荷、嗅覚過負荷ですね。堅物審査官さんに精霊使用の許可を取った方がいいと思います。その前に質問していいですか」
「ダメ。うそうそ、何」
「治癒促進の精霊を拘束したら、その後は? 弱らせちゃったら困りますし、連れて行かれたらもっと困るんです」
兄が生前に言っていたことを思い出す。
『精霊は、紋という自分の名が描かれた皿の前で、ごはんという魔力を心待ちにしている動物みたいなもの。長々と詠唱して呼びつけたり待たせたりしなくていいんだ。ごはんが置かれれば感知してさっさと食べる』
精霊はある程度の距離ならさっさと食べ回れるらしい。けれど北嶺探査基地に住み着く治癒促進の精霊には住み着く理由があるのかもしれない。精霊を生み出した魔闘士が北嶺で亡くなったからかもしれないし、基地の魔闘士隊の役に立ちたいのかもしれない。
北嶺の治癒促進の精霊が拘束されて連れて行かれてしまっても、他の場所から違う治癒促進の精霊を呼ぶことは出来るだろう。けれど、それをしたくはない。
「試してすぐ放すよ。今回はうまく捕まえられる気がするんだ。捕まえたらプロジェクトを左右する初成功例になる、すごいことなんだから頼むよ」
それなら、と承諾した。
「よーし! じゃあ審査官の許可と上級精霊三体分の魔導、よろしく」
「え? 審査官の許可は精霊組成士さんが取ってください。精霊三班の仕事ですから」
「君が魔導するんだから君の仕事でもあるわけ」
「問題児のわたしより精霊組成士さんの方がずっと印象がいいと思います」
「また? ここの人はみんな仲介をけちりたがるよね。王都ってほんと閉鎖的で嫌なんだけど。妹ちゃんも染まってるの?」
「けちってるんじゃなくて、その方が絶対にスムーズだから。足を怪我してるわたしに、堅物さんを探して基地中を歩き回らせるなんてこと、南部紳士はしませんよね?」
にこっと明るく言ったら、精霊組成士は自分で堅物審査官を探しに行った。その間に保冷袋にたくさん魔導しておく。四つヒゲの状態は完璧だ。
妹さん、と声をかけられて振り返ると後輩魔闘士がいた。なぜか生魚を載せた盆を手にしている。場所が食堂だから給仕みたいで、からかいたくなった。
「料理は頼んでないんです、店員さん」
少し厳しかった顔つきをきょとんとさせて、生魚の皿を見て、後輩は微笑んだ。
「失礼しました。ご注文をもう一度うかがってもいいですか」
「そこに笑顔で座って話をしてほしいです」
「どういう店なのかな、それは…」
後輩は首をかしげながら盆を脇に置くと、流れるように自然にお茶を注いでくれる。お礼に昨日後輩にもらったお菓子をローブから出してカップの横に添えた。
さらに後輩は、手を洗いますか? と暖炉の隅に水と温熱の精霊を呼びだし、お湯を使わせてくれる。要りもしないのに茶を入れろと言った精霊組成士との差に感動する。
後輩はローブの闇性魔力反射機能が鳴らない程度に離れた場所まで椅子を運んでから座った。
「わたし今とても反省してます。後輩さんに甘えすぎてました。本気で怒られないからって、からかったり無理矢理なことしたり。後輩さんを見習って礼儀正しく節度を持って…」
「どうしたんですか」
何のことですか、ならまだ分かるけれど、礼儀正しくしようとしてどうしたんですかと心配されている。
「南部出身だからって、ううんそれも言い訳だし…いつも無遠慮で厚かましくてごめんなさい。これじゃ後輩さんを使い倒した兄を叱れない。もっとこう…配慮した距離感を保つと言うか…」
「何かあったんですか」
「南部のグイグイ系は嫌われるってこと思い出したんです。王都の人には特に」
「妹さんは人の扱いが器用だと思います。器用と表現すると持って生まれた性質のように聞こえるけど違う。器用で上手になるほど経験し学んできて活用している、ということです」
後輩は柔らかい微笑を浮かべている。
「僕は社交辞令に頼ってしまう。東塔派で自分を守るには距離が必要だった。そう言い訳して対人経験を得る努力を怠り、それを不器用という言葉であたかも性質のように言い換えてきた。そんな僕に褒められたって困るかもしれないけど、僕はあなたがた兄妹のやり方が最高だと思っている一人です」
「そんなことを言うから兄もわたしも、後輩さんに甘えちゃうんだと思います。でも、ちょっと安心しました」
うなずく彼は満足そうだ。
「南部紳士のところは上手だなと…すみません、あなたがたの話が一区切りつくまで後ろで少し聞いていました。精霊組成士さんと精霊の拘束を試すことになって、彼に堅物審査官の許可を得るように注意したんですね」
「はい。医療所に治癒促進の精霊が常駐するのは安心だと思います。けどそもそも必要あるのかなあって。治癒促進の精霊って、呼べないことがあるほど希少なんですか」
「魔術省のプロジェクトになるくらいなら、そうした事例が頻発した可能性はあります。でも僕が呼べなかったことはありませんし、魔闘士隊では…」
と言いかけて、その目はテーブルの上の生魚を見た。
「あー、席取られた」
その時おおげさな調子の声が響いて、精霊組成士が戻ってきた。
「失礼しました」
後輩はさっと席を立って椅子を整え、カップとお菓子を持って別席に移った。
わたしが座ってと言ったんですと訂正しかけるのを、なだめるような微笑で封じられてしまう。
「料理の皿を除染しておきました。審査官の許可は取れましたか」
「問題ないよ。だけど君が使った椅子は大丈夫なの? 除染した方がよくない?」
「ローブ越しに触れるなら問題ない範囲だと思います」
「思うだけでしょ?」
「魔導! しますので! そこ座って! 必要対価魔力は?」
『はい』と『こわ』が同時に聞こえたが、どっちがどっちなんて考えるまでもない。
精霊組成士がローブから魔術拘束の精霊紋を描いた紙を出しながら、横目で後輩のカップを眺める。
「後輩くんには注いであげるんだ。ふうん」
「後輩さんは自分で注いでました」
「差し支えなければ紋を確認させてもらえませんか」
聞いた後輩を組成士は見ることもなかった。
「ダメ、差し支える。精霊三班の仕事だから」
「魔導を担当してるわたしが許可しても?」
「しゃべってる暇があったら早く魔導してくれる? 待ってるんだからさ」
ムカつくので膝の上のガチガチ冷凍四つヒゲで殴りたいと思う。ヒゲが折れたらもったいないからしないぞ、と自分に言い聞かせる。
「怪我で体力が落ちてるからゆっくりと、無理しないでください」
保冷袋をにらんでいるのを、後輩は暴行の兆しと感じたのか、痛がっていると思ったのか、心配してくれている。
「ありがとう。肉スムージー内臓骨髄増しの効き目を見せますよ!」
「え、何それ食べ物なの」
「飲み物です。魔闘士隊は王の剣であるためにそんなものまで飲むんです。飲み下すための手拍子にかけ声まであるんです。尊敬してるの」
「暑苦しいなー。普通に休めばいいのに」
「休む暇もない時があるから!」
「妹さん、魔導が荒れてます。闇性が混じらないように集中して…魔導用の手拍子を作りましょうか?」
にこっと落ち着いた笑顔で冗談を言ってくれる後輩は、こういう場面ではとても器用だと思える。手拍子されながら真剣に魔導する姿を想像して笑いそうになってしまった。
「精霊組成士さんには霊木茶なら注いであげます。はい、魔導できました」
「よーし」
精霊組成士は小刀を出すと、指先に小さな傷をつけた。そこに治癒促進の精霊を呼ぶつもりのようだ。
血のにじむその指は、精霊紋の紙を生魚の皿の下へ滑らせた。
「甥っ子の頼みなんだ。来てよー、叔父さん」




