73. 虫にたかられる
転送される映像は岩稜の献花台前に集まる魔闘士隊と精霊組成士を少し離れた場所から定点的に眺め続け、長い間あまりに静かだった。
業務以外のことを言ったせいで転送術具である眼鏡を岩の上にでも放置されたかと疑った。けれど献花式が始まって映像の視点は整列の端へと移動し、後輩魔闘士は眼鏡をかけたままだったと分かる。
新米審査官は満足する。きっと彼は集中して、先輩の妹との会話の記憶を探していたのだろう。
もちろん、妹と後輩の会話の全てを新米が把握しているわけではない。けれど後輩はずっと黙っている。彼は新米に怒っても急に無視したことはない。明らかに恋愛感情として『好きです』と伝えられた心当たりがないということだ。
記憶封印術で記録された妹の記憶によれば、彼女は後輩の闇堕ち前から彼を好ましく思っていたようだ。傲慢魔術師に送り込まれた研究所時代の北嶺でも、彼の言葉に一喜一憂する奇行は強い好意によるものだった。
人生を重ねたいという告白は友人として、恋愛感情を超えた一個人としての後輩に語りかけていた。これに対して後輩は『兄妹にかけられた魅了の術が解けて欲しくない』と答えている。友人同士の会話という共通認識があるだろう。
その後の妹の態度は『好きです』と言わなくたって誰がどう見ても、疎い方らしい新米から見ても特別な好意にあふれている。
けれどそこは言語思考派で言葉を重視し、一族の結婚圧力で自由な恋愛も出来なかっただろう後輩だ。人慣れしていそうなのにすぐ赤面するのは、経験に偏りがあるからだろう。
だから『好きだと言われていない』の一言にこれほど長く沈黙している。
『組成士に捕まらないでください』
後輩の小さな呟きで、新米の後輩分析は中断された。
『あなたは探査基地の治癒回復に最適な存在なんです』
妹のことかと思ったら治癒促進の精霊に語っているらしい。『好きです』と言われていない疑惑に気を取られず、ちゃんと献花式に集中していたようだ。
『後輩ちゃん、生魚を持って帰って。動物が食べに来るといけないから』
ガチムチに生魚運搬を頼まれて、後輩ははいと答えて皿を持つ。
『後輩?』
精霊組成士が聞きとがめたようだ。
『そういえば火炎旋風を発案した魔闘士の一人と同じ名前だな…』
『発案したのは先輩です。僕は技術面を補っただけです』
驚いて足を止めた精霊組成士は、慌てて後輩の後を追ってきた。
『嘘だろ、あの後輩魔闘士って君なの? こんな若いなんて知らなかった…、あ、まあでも単なる補佐か』
補佐どころか先輩と共同で研究し、何本もの論文を書き、実験を重ねて火炎旋風を設計したはずの後輩は淡々と『はい』とだけ答えた。面倒になってるな、と新米は同情する。
『名前からすると名門一族だよな。だから探査基地に配属してもらえたんだろ? 叔父さんが殉職してるし、俺も魔闘士隊に入ったらここ所属に配慮してもらえないかな。後輩くんからも推薦してよ』
『僕には何の権限もありません』
『えー、いいじゃん散々優遇されてきたんだろ? 実は俺にも一族の血が流れてるんだよ。取り持ってくれてもいいと思うけど』
『僕には何の権限もないので、本家に取り合ってみては?』
『じゃあ本家の人を紹介してよ』
『あなたのご家族の方が、僕よりよほど本家と良好な関係だと思います』
本家の意向で結婚を迫った精霊鑑別士を返り討ちにした後輩の行動は、絶縁通告に等しい。二世代前に一族を円満離脱した一家の方が確かに関係はましだろう。
けれど精霊組成士は後輩と一族の因縁など知らない。後輩が真実を話しているに過ぎなくても、精霊組成士は恵まれた環境の分配を冷淡に断られていると感じたに違いない。
けちくせえな、と精霊組成士は横を向いて舌打ちまでしている。
『そうだ、その魚、まだ使うから』
皿を取ろうと伸ばされた手の動きが急で、皿の水平を優先した後輩はよけ損ねた。精霊組成士のローブの闇性魔力反射機能がバチバチと音を立てる。
驚いて手を引く精霊組成士から、闇がち魔闘士は三歩ほど横へ離れた。
『任務の関係上、闇性魔力被ばくが蓄積しています。距離を空けてください』
『え、今のって反射機能? あんなに…こわ』
『皿を除染してから渡しに行きます』
『北嶺こっわ』
精霊組成士は急に北嶺の闇性魔力の存在を意識したらしく、浅い雪の斜面をさっさと下りて行った。善き後輩は器用に皿を持ったまま、見失わないように追っていく。
「とりあえずこの場は追い払えましたね」
図々しい無心は聞いているだけでも呆れた。眼鏡の遠隔会話で話しかける。
『北嶺のいい所は、虫がたかってこない点だったんです』
安心してる場合ですか、と新米は楽しく呆れた。
「業務に関係のない話ではありますが、大事なのでお伝えします。あの悪い虫は冷静にあしらった後輩さんから離れて、癒しを欲しているでしょう。だとすると、次にたかる相手は誰だと思いますか」
『…やば』




