71. ガチガチを指南する
『後輩魔闘士、君は大容量蓄魔晶石の返還を命じられているはずだが』
『返還命令を受けている認識はありません。蓄魔晶石はほぼ紛失したと報告済みです。加えて所有者は魔術省ではなく先輩魔闘士とその妹である新人魔導士です。魔術省は返還でなく接収と表現するのが適切です』
平坦に淀みなく返されて、堅物審査官は驚いた顔をした。一方的な転送映像越しであるのをいいことに、新米審査官は遠慮なくにやりとする。
丁寧な口調だが要するに『返せとか抜かしてんじゃねーよボケおまえらのじゃねーよ失くしたっつってんだろ、しつこいんだよ』と後輩は言いたいのだろう。
『少なくともこれを提出できるはずだ』
『自分がバングルの蓄魔晶石に充填された純正魔力を使用する件は魔闘士隊、審査部、基地の魔導士たちに共有されています。これなしでは精霊使用が大幅に制限され、野獣戦は物理的手段に頼ることになり、基地の防衛力が低下します』
『外せないというのは本当なのか』
そう質問する時点で、堅物がバングルの件を知っていながら難癖をつけているだけなのが明白だ。
『闇堕ちの血を全身に浴びた者が現在の技術で除染可能なのかを研究員に照会しておきます』
丁寧な口調だが要するに『外させるなら闇堕ちするか死ぬ覚悟で来いコラ』と後輩は言いたいのだろう。
堅物は忌々し気に鼻を鳴らした。
『大量の魔力を常備した闇堕ちを歩き回らせるなど、基地にとっては脅威でしかない』
堅物の背後で新人魔導士が威嚇の顔をしている。冷凍四つヒゲの体表の霜をこっそりと堅物の背中に投げ付けている。この場面は記録映像から削除しておこう、と新米は思った。
『私は中堅審査官のように甘い、隙だらけの基地運営を認めはしない。蓄魔晶石の充填がすぐに出来るなら、必要になってからすればいい。通常時は空にしておくように』
これは後輩魔闘士には痛手だ、と新米は肩をすくめた。
後輩は半闇性魔力を対価として純正魔力を提供する先輩の精霊を仲介すれば、どの精霊も使うことはできる。けれどその過程で自家汚染を受け、闇性魔力による汚染度が上昇してしまう。
霊木による除染で汚染度を下げられるが、強い汚染に対しては新人魔導士の専属精霊による定性調整が必要になる。彼女に大きな負担をかける調整を後輩は可能な限り避けようとしている。
バングルの蓄魔晶石にあらかじめ純正魔力を充填しておくのは、後輩にとっては非常に重要なことだ。だからこそ、外したら生命に関わる仕様だと言っているのだろう。新米としては、仕様の件は後輩の嘘だと考えている。
眼鏡越しの遠隔会話で密かに話しかけた。
「すみません、後輩さん。中堅さんが復帰するまで辛抱してください」
これも堅物の中堅に対する嫌がらせにすぎない。中堅が復帰すればバングルの充填は自由にさせるだろう。
『審査部としての判断ならば従います』
『当然そうだ』
『じゃあ、わたしが魔力を抜きますよ。充填したの、わたしだし』
堅物の背後からひょこっと出てきた新人魔導士が、誰の返事も待たずにバングルに向けて片手を伸ばした。バチバチと彼女のローブの闇性魔力反射機能が音を立て、堅物が焦った様子で二歩後退する。
『せっかく魔導したのにもったいない…』
新人魔導士は頭上でくるくると手を回し、空気に魔力を溶かし戻すような仕草をしながら不平を呟いている。
『確かに空になったのか?』
堅物には魔能力も魔導力もないらしく、蓄魔晶石の状態を確認できないようだ。魔能が高く魔導もそこそこになりつつある中堅が、空ですと報告した。
基地には魔導力の高い者が多い。誰かに確認させればすぐに露見するような嘘を中堅は言わないだろう。
中堅の目の前で後輩を支配してみせた堅物は満足したようで、意気揚々と引き上げて行った。中堅は厳しい顔で後輩に頭を下げる。
『後輩くん、すまない』
『いえ、僕の対応が挑発しただけです』
堅物が着任の際に後輩に難癖をつけた時は受け流していたのに、今日の後輩は反抗的な態度を取った。
恐らく、堅物の注意を妹から自分に引き付けておきたいのだろう。着任のスピーチ中に倒れてひどいと責めたり、珍味の分け前を断ったり、妹は堅物の不興を買いそうな言動をしている。
『どんな理由があろうと審査官として人として、君への侮辱は看過できない。堅物審査官には正式に抗議しておく』
『あんなの本当に何でもないですよ。けど、ありがとうございます』
中堅がすぐに堅物の後を追っていった。場に残された新人魔導士が、さて、と明るい声で空気を変えた。
『後輩さん、氷結術のコツ教えてください。わたしの魔能、氷結の精霊を使うにはギリッギリなんです』
はい、と答えつつ後輩の視線が冷凍四つヒゲと保冷袋を交互に見るのを眼鏡が横振れとして伝えてくる。
『保冷袋を時々氷結させたいんです。傷の腫れを冷やすのと、四つヒゲを入れて持ち歩くために』
『いいけど持ち歩くんですか?』
『ありがとうございます!』
『持ち歩くの?』
後輩が何度も聞き返したくなるのも分かる。
『だって堅物さんがヒゲを狙ってたじゃないですか。基地の食材庫に入れておいたら食べられちゃうかもしれない』
『盗み食い禁止とか書いておいたら…』
『兄と過ごした後でも、それ言えます?』
『すごい説得力でした』
一瞬で納得させる先輩さんは何を盗み食いしたんだ、と新米は思う。
『氷結に失敗してうっかり解凍させちゃったら、わたし四つヒゲくさくなっちゃいます。それを回避するために氷結がんばるという、強い動機付けのためでもあります』
『理解しました』
眼鏡で匂いは転送されないが四つヒゲという生物はよほどくさいんだな、と新米は思う。
『廃坑に水を撒いて氷結してスケート場にしたら楽しいと思いませんか』
『運動になりますね。悪天候の時には魔闘士隊の鍛錬にも…』
この兄妹に思考回路をおかしくされていないか後輩さん、と新米は思う。
氷結精霊と塩を使って冷凍状態を保つ方法を教わる新人魔導士は真剣だ。四つヒゲを詰め込んでガチガチのパンパンになった保冷袋を抱え、彼女は上機嫌で礼を言って去って行った。
その後ろ姿を長く見送る後輩は、眼鏡と奥で観察する新米の存在など忘れているようだ。
『あ…パイかスープか選ぶんだった』
独り言まで言っている。グリルもありですよと言いそうになるがこらえる。
後輩魔闘士は副隊長の元に赴き、堅物審査官の命令でバングルの蓄魔晶石が空になったことを説明し詫びた。
『それは難儀だな。堅物審査官が半闇性野獣に急襲されたらすぐには助けてやれないと、実感してもらう機会があるといい』
副隊長はしれっと穏やかでないことを言った。
『非常時には半闇性精霊を間に入れますが、数秒の遅れが出ます。バングルの魔力保存の許可が戻るまで、他の隊員にフォローを頂きたいんです』
『今から弔問客の献花がある。魔闘士隊が集合するから周知しておこう』
献花の映像など監視は不要だろうと、審査部の業務を片付けながら片手間に眺めていたが、事態は魚によって緊迫することになった。




