70. 横取りされる危機
『この四つヒゲすごいですね! 立派でおいしそう!』
『いやー、こんなに喜んでくれる人がいるなんて。君に進呈するよ』
『やったー! ありがとうございます!』
『南部人にさえ、キモイいらねーって言われがちなのにな。君は生粋の南部娘だね。名前は? 生まれはどこの町?』
翌朝、朝礼で来訪を周知されたのは若き精霊組成士だった。
組成士は精霊同士の有用な組み合わせを設計し集合体的な機能として組成する。魔術師の官給ローブに防御を与える精霊をはじめ、高度な術や魔術具に欠かせない複雑な作業をこなす精霊集合体は、彼らによって組み立てられている。
精霊組成士の訪問は任務でなく弔問だ。先日、西の岩稜で八年ぶりに遺体で発見された魔闘士隊員の甥で、親族代表として花を手向けに来たそうだ。
精霊を操る能力、魔能が高い者は血統型と突発型に分類される。血統型が魔能の高い者同士の子として生まれるのに対し、突発型は平凡な魔能の家系に突然変異的に現れる。
突発型は血統型より魔能がやや高い傾向にあり、南部出身者に多い。海と太陽に恵まれた土地柄として活動的な彼らは内勤より魔闘士を好むため、魔術省の中で魔闘士隊は南部出身者率が他の部署より高い。
物資の限られた北嶺探査基地には海の魚が恋しい魔闘士がいるだろうという計らいで、この弔問客は差し入れのひとつとして南部から冷凍魚を取り寄せたそうだ。朝礼後の食堂は四つヒゲと足のある見た目がグロテスクな魚で盛り上がっていた。
新米審査官は眼鏡型の映像転送魔術具越しにその様子を眺めている。
「妹さん、後輩さんにお菓子をもらった時より喜んでいますね」
『業務に無関係な発言をしないという約束で眼鏡を預かったはずです』
魔導士より魔闘士の目線で基地の状況を見た方が監督業務には適切だ。
昨日の午後、体調の冴えない新人魔導士が小石の山から蓄魔晶石向きの石をひたすら選り分ける映像を見させられた新米審査官は、後輩魔闘士に懇願するしかなかった。余計なことを言わないから眼鏡をかけてくれと。
後輩がかけた眼鏡は、地元話に花を咲かせる精霊組成士と新人魔導士の映像を転送してくる。
『あー、君は先輩魔闘士さんの妹さんだったのか!』
『兄を知っているんですか』
『彼が発案した火炎旋風は、全精霊組成士の技術の粋なんだ。今後もうないんじゃないかってくらいの超大型プロジェクトでさ…聞きたいだろ?』
ぜひぜひ、と冷凍魚を手に喜んでいる新人魔導士を、距離を空けて眼鏡はじっと正面からとらえている。
「後輩さんはあの精霊組成士の素性を知りたいでしょう」
『どうでもいいです』
「彼は南部出身ですが、元は後輩さんと同じ魔術名門一族の血筋です。二世代前に南部に移住しています」
『聞きます』
最初から聞きたかったくせに…と新米は思うが、それを口に出したら眼鏡を融解されそうなので我慢する。
精霊組成士の祖父は名門一族だったが若い頃に王都を離れ、南部に移り住んだ。当時は突発型の魔術師はごく少数だった。魔術名門一族の優位性は圧倒的で、血統型の魔能を維持するための圧力は今ほど厳しくなかったらしい。
二世代前なら、と後輩も納得したようだ。
『今では一族の離脱と南部移住なんて本家が許さないでしょう。精霊組成士一家の話は初耳です。一族内ではもう、いない者として扱われているということです』
一族の者による婚約騒動に振り回された後輩にとっては、うらやましい話だろう。とはいえ、彼が北嶺探査基地を出られたとして、南部に移り住むとは思えない。善き後輩が帰りたい家は一つしかない。
「精霊組成士という職は高い魔能が求められます。彼は南部出身だけれど血統型という珍しい人物です。おおらかな南部での子供時代は何の問題もなかったでしょう。ですが、王都に出て勤め始めたらどうなると思います?」
『プライドの高い王都の血統型には疎まれ、移住を知っている一族の年長者にはさらに疎まれるでしょう。南部出身の者さえ、南部出なのに血統型かと戸惑うかもしれません』
火炎旋風の精霊組成プロジェクトには、発案者の一人である後輩魔闘士は当然参加していた。その後輩が知らないなら、この組成士はプロジェクトにいなかったはずだ。理由として彼はプロジェクト責任者に疎まれたか、能力が足りないか、両方か。
「彼は発案者の一人であり火炎旋風で魔獣を倒した後輩さんの前で、メンバーではなかったのに参加していたかのようにプロジェクトを語るつもりでしょうか。よりによって、先輩さんの妹さんに」
『魔獣を倒したのは先輩です』
先輩の妹である新人魔導士は、後輩の冷めた口調など知りもしない笑顔で近付いてきた。まだ腫れが強い足のせいで、彼女の歩みは遅い。
『後輩さん! 四つヒゲもらっちゃいました! ヒゲ一本あげますね! ハーブを取り寄せてフィッシュパイにするか、スープにするか悩んでますどっちがいいですか!』
眼鏡に珍妙な生物の顔を近付けないで欲しい、と新米は思う。四つヒゲに足まである下ぶくれの生き物はどうしても魚とは思えない。
後輩は答えを言い淀んでいる。この顔の生物はパイだろうがスープだろうが口に入れたくないと激しく同意できる。いや、言い淀んでいるふりをして、彼女のきらきら笑顔を長引かせたいのかもしれない。
『妹さん、それは』
中堅審査官が滑らかに割り込んできた。
『南部の海、やや深めの砂地の海底を這うように歩く、貝のハンター四つヒゲじゃないか』
『さすが中堅さん! そうなんですよ』
『小石を飲み込んで第一の胃にためておき、貝を殻ごとすり潰して第二の胃で消化する発達した消化器官を持っているんだ。小石は海底に体を安定しておくための浮力調整も兼ねていて、南部の激しい嵐を海の底でやり過ごすという顔に似合わぬ賢さを持ち』
『さすが中堅さん! よく知ってる』
『その四つヒゲは砂の中の貝を探り当てる重要な役割を担うと同時に美味な珍味として珍重され魔法動物のおもちゃとしてもおやつとしても非常に好まれる王都では入手困難な貴重素材で』
『さすが中堅さん! 中堅さんにも一本あげます!』
なんかそんな話を以前に聞かされたな、と新米は思い返す。
『最近は嵐が続いてたけど、直前に天気が回復して新鮮とれたてに氷結術をかけて届けてもらったそうです。これは王都で買う物の三倍はいいです!』
『感謝する、妹さん。この太さ長さは圧巻だ。フクメロも好むだろうか』
『あ、じゃあフクメロ用にもう一本』
『いやそれはいけない。僕はこのヒゲの希少性を良く分かっているつもりだよ』
『中堅さんに断る権利はないですよ、中堅さんじゃなくてフクメロにあげるんだから』
『今日の君は可憐なうえに、気前のいい食の女神だね』
ふ、と後輩魔闘士が密やかに笑う息が眼鏡から転送されてきた。
先日、妹と中堅を攻撃した精霊鑑別士に対する怒りの影響で、彼の固有魔力に含まれる闇性魔力の有害性が彼の心身の状態を一気に悪化させた。今は通常に戻りつつあるようだ。
安心しかけた時、それを覆しかねない人物が輪に踏み込んできた。
『ほう。それほどに貴重なものなら、私にも分けてもらおうかな』
堅物審査官だ。もらおうかな、という表現は語尾でごまかしているが命令だ。昨日やってきた直後から違反を見つけようとウロウロと基地内を歩き回り、何かと口を出して回って加速度的に嫌われている。
どうするのかと思ったら彼女は、
『惜しかったですね、売り切れました!』
と笑顔でばっさり斬った。さっと一瞬視界が横に振れたのは、思わず笑いそうになった後輩が顔を逸らしたのだろう。
『下処理して臭み抜きしてから渡しますね、中堅さん。それで後輩さん、パイかスープか、この脂の乗りならグリルでも』
善意で選択肢を増やしたのかもしれないが、問題は調理法ではないと思われる。
うーん、と真剣に考え込みながら組んだ後輩の腕にバングルが光っている。それに目を留めた堅物審査官の眉が嫌な角度に上がった。




