69. ガチガチに絡まれる
北嶺探査基地の昼休憩は交代制だ。食堂は行き交う同僚たちと挨拶しあい、食事を共にする心も胃も温まる空間だ。なのに、と新人魔導士は鼻先でため息をつく。
堅物審査官の話が長い。
北嶺探査基地の運営を監視する中堅審査官は、悪意ある精神操作術を受けた影響で一時的に解任されている。その代理として急遽やってきた堅物審査官が、食堂で挨拶を超えたスピーチをかましている。
「王令を拝して設立されたこの名誉ある基地が、早くも規律違反や解釈の歪曲によって憂うべき堕落に身を任せつつある!」
堅物審査官の指摘も間違いではない。定性調整の精霊の無許可使用、移動禁止令下にありながら外出許可を二回も強引に取得、大容量蓄魔晶石の隠匿疑惑、挙句に審査官が精神操作を受け同僚を攻撃する事件まで起きた。
堅物の言うところの堕落のほぼすべてに当人として関わっている身としては、叱られても仕方のない事態ではある。
「しかし私が着任したからには、もうそのような弛緩を許しはしない。一切の違反を見逃さず追及するから、ぜひ気を引き締めて職務に臨んでもらいたい。特に! 魔闘士の後輩という者は?」
自分です、と後輩が最後列で挙手した。
「君か、前に来なさい。後ろに隠れている場合か」
「失礼いたしました。心理的に身体的距離が必要なため、配慮を頂いております」
後輩魔闘士が闇堕ちである事実は魔術省で情報統制されていて、通達されていない同僚もいる。身体的接触を嫌うとか、闇性魔力の被ばく度が高い任務に就いているなどと説明されている。
だから同僚たちが集まる場で、後輩はいつも一人離れて最後尾の壁際に立つよう気を遣っている。堅物は審査官として事情を知っているはずなのに、と疑問に思う。
「君が中堅審査官に武器を供与したそうじゃないか。審査部の者を戦闘要員かのように扱うなど、あり得ないぞ。今回の事故は君に大きな過失がある!」
『妹さん、抑えて』
思わず抗議しかける寸前に、眼鏡のつる先から遠隔会話が割り込んできた。
この眼鏡型の魔術具は眼鏡の正面の映像と周囲の音声を転送し記録できる。審査部の新米審査官は王都で転送情報を受け取り、中堅審査官の監督補佐と連絡係を担っている。
通常は中堅が転送をするが、精神操作術下にない証明の検査待ちであるため、新人魔導士が代理で眼鏡を預かっている。
『堅物審査官は中堅さんを一方的にライバル視しています。基地職員の面前で後輩さんに難癖をつけ、叱責して自分の存在を手っ取り早く誇示したいんですよ。悔しいでしょうが、やり過ごすことです。目を付けられたら厄介です』
確かに違反常習者の自分が目を付けられ、さらに違反を指摘されたら基地と同僚に迷惑がかかる。ぐっと我慢して言葉を飲み込んだ。
当の後輩は神妙そうに聞いている。
「君の武器さえなければ、我が審査部員が一般市民に傷を負わせる事故は絶対に起きなかったはずだ」
事故と言われるのが納得いかない。あれは精霊鑑別士が犯した事件であって、後輩が作った武器による事故のような言い方は適切じゃないと思う。
「他にも君が関わる事案には慎重な監査が必要だと憂慮している。動物による警備など前例がなく信用に値しない。王令を拝した基地に全くふさわしくない。また事故が起きる前に、ただちに元の警備体制に戻すように」
フクメロと呼んでいる小さく活発な有袋類は、近くに野獣がいると身を潜める。それを利用して多数のフクメロに位置発信の紋を刻んだ蓄魔晶石を持たせて行動軌跡鏡で監視することで、有用な生体探知網として機能している。
大量の魔力を必要とする魔力探知と比較して人と魔力の消費が圧倒的に少なく、範囲的にも優れているのは動物好き中堅審査官の追跡調査で明らかになりつつあるはずだ。
『妹さん、抑えて』
また眼鏡越しに新米審査官に先制された。
『限られた短期間で自分の存在を示したい者がやることなんて決まっています。前任者の実績を転覆し自分のやり方で上書きすることです。マーキングですよ。それを被る者たちはたまったものではありませんが』
後輩に難癖をつけられ、昼食が冷えるまで立たされて放置され、さらにマーキングされては新米の制止など聞いていられなかった。南部人の面の皮の厚さは北嶺でも有効なのだ。
「いたたた…」
がったん、とわざと大きな音を立てながら椅子ごと床に倒れ込む。
「何だ一体」
堅物がムッとした様子で首を伸ばしている。
「すみません…事件の話を聞いたら気分が悪くなって」
「事件?」
「え、ひどい。『精霊鑑別士』の『事件』の被害者ってわたしです。事件の話を聞くと具合が悪くなるんです。知らないんですか、審査官なのにひどい…傷つきました!」
「あっ、ああ君か、そうだった」
慌てる堅物の背後で、同僚たちが顔を伏せたり背けたりして笑いをこらえている。
副隊長が涼しい顔で堅物に進言する。
「被害者である新人魔導士はまだ心身の怪我が癒えていないんだ」
魔闘士隊初の女性副隊長はとても勘のいい人で、傷ついた演技の意図をちゃんと汲んでくれているようだ。
「今朝は発熱もしていた。食事を摂らせたい。堅物審査官、ここは弱っている被害者の心身回復を最優先に解散としようじゃないか」
「仕方ない。しかし私の任期中は基地内での無用な精霊運用は禁止だ、特に私の許可なく攻撃術を使用した者は厳罰に処されると心しておくように!」
「審査官、中を案内するのでこちらへ。一同解散!」
まだ何か言いたそうな堅物審査官を副隊長が食堂から連れ出した。同僚たちは急いで食事と職務に戻って行く。その波を横切って後輩魔闘士が急ぎ足でやって来た。
「妹さん、医師を呼んできますから立たずに」
「あ、ふらついたのはお腹が空いてただけみたいです。肉スムージーが分離する前に終わって良かったー」
「うん、まあそうだと思ったけど解熱鎮痛剤は切れてるよね。座れる? 手拍子いる?」
今朝、散々渋りながらやってくれたスムージー完飲クラップにはもう抵抗がないらしい。適応が早くて残念だ。
「後輩さんもお昼にしてください、時間ないですよ」
では、と後輩は食卓の対極の端に下がってしまう。彼のまとう半闇性魔力が届く範囲はちょうど長い食堂用テーブルくらいの距離だ。
「さっきの中断、ありがとう」
彼はさらりとした笑みを浮かべて礼を言った。
「いえ、ほんとに聞いてられない長話だったから。後輩さんは堅物審査官の態度、気にしてないみたいですね」
「東塔派で生きてきた身なので」
魔術界で権益争いにあけくれる東塔派、その核となる魔術名門一族の出身である彼には、権力誇示の標的にされるなど何でもないらしい。南部人とは違ったタイプの面の皮の厚さがあるようだ。
「けれど堅物審査官が全て間違っているわけではありません。僕の考えが浅かったんです。アームガードを魔闘士隊も使える武器として試作してしまった」
堅物審査官の態度が高圧的だからといって、完全に無視するわけでもない。後輩の生真面目さが彼に食事をさせていない。
「中堅さんの動物愛護精神は半闇性野獣にまで及びます。それを考慮した拘束術を考えないと。最初から方向性を絞っておけば、中堅さんの攻撃はもっと軽度で済んだはずでした。考えが足りなかった」
「後輩さんは何も悪くない。ごはん! ごはん食べましょう」
「そうでした。食事の席にふさわしくない話題で失礼しました」
「謝らない!」
その時、同僚の若手魔導士が大きな箱を抱えてやって来た。
「後輩さーん。堅物さんの転移ついでに、後輩さん宛ての荷物。預かって来たっす」
「ありがとうございます。これは、妹さんにと」
後輩が箱から出してくれたのはたくさんの衣類と菓子だった。傷に障らない肌当たりの柔らかいインナーは、副隊長の推薦だそうだ。
「あっ、懐かしい! よく兄さんが魔術省帰りに買って来てくれたお菓子。ありがとうございます。嬉しい」
「はい。あなたのお気に入りだと、先輩から聞いていたので。お詫びにもなりませんが」
「後輩さんが詫びることなんてないって言ってるでしょ!」
「えっと」
「詫びない!」
「詫びませんと言うのもおかしいと思うんです」
「じゃあお詫びの代わりにさっさとお昼を完食してください。一緒にお菓子食べる時間がなくなるじゃないですか」
はい、と兄の善き後輩は育ちの良さに似合わない勢いで昼食をかき込んでくれた。




