67. アイディアをもらうのは
物資の限られた北嶺探査基地内でお見舞いの品を調達しようとしても、冷凍果物を飾り切りするくらいしかない。霊木の花蜜を添えて持って行く。
中堅審査官は処刑人に首を差し出す罪人の面持ちで頭を下げていた。
「妹さん、誠に申し訳ないことをした」
「そうですよ、謝ってもらいます。わたしを簡単に野獣だと信じたこと」
「すまない。君は非常に可憐で行動的なお嬢さんだと認識している」
「毎朝、おはようの次にそれ言ってくれるなら機嫌を直します」
「不謹慎とは思うが、君の口が回っているのを聞くと安心するよ」
中堅の悲愴だった顔つきにようやく安堵が浮かぶ。
精霊鑑別士がかけた精神操作術の検出は一通り済んだが、魔術省からの専門の検査士の派遣を待っているところだ。魔闘士隊員の監視下で小部屋に隔離されてはいるが拘束はない。
お見舞いです、と笑顔で果物を差し出すと、中堅は緊張した様子で受け取りながら隣の後輩魔闘士に答えを聞くような視線を向けている。
「ひどい中堅さん。毒も白い薬も入れてません。今は」
「今は、なんてからかうから警戒されるんです」
白い薬被害者は呆れている。
「深暗示は強力な操作術です。鑑別士としては魔能不足ですが、あれでもあの人は上級魔能士なので…だったので」
王令で設立された基地内で数々の凶悪犯罪を犯した精霊鑑別士は当然、王国魔能士の資格も職もはく奪され投獄されるだろう。
『妹さんも中堅さんも後輩さんも回復しつつありますね。良かった』
眼鏡型の遠隔会話魔術具から新米審査官の声がする。
「眼鏡を中堅さんにお返しします」
「まだ受け取らない方がいいだろう。精神操作術の検査が完全に終わってからだね」
「じゃあ預かっておきます。なんか新米さんと後輩さん、あまり合わないみたいなので」
『後輩さんに少々白い嘘をついてしまいました。回復の手助けになったはずですが、お気に召さなかったようです』
「眼鏡を溶かすって息巻いてましたよ」
『溶かして石ごと踏み潰されるのが眼鏡で済むならいいのですが』
なぜか楽しそうな口調だ。新米の方は後輩に悪い感情はないように聞こえるけれど、後輩は早々に話題を変えた。
「休養中に申し訳ないのですが、審査官。報告があります。その前にこの部屋に魔力索敵をかけます」
そう言って目を閉じて集中しはじめる。
副隊長が除染室で魔力探知をした時は治癒促進術も同時に使いながら、しかも会話までしていた。魔能が低い者にはすぐには分からない、副隊長の魔能の高さがうかがえる。
いないようです、と後輩が少し疲れた様子で告げる。
「除染室で出所不明の魔法虫が発見されました。魔術省の分析に回しましたが、盗聴虫だと確信的に言う人がいるので、盗聴虫として対策を考える必要があります」
精霊鑑別士に盗聴虫を仕掛けるよう依頼されたことは、中堅には内緒だと言われていた。眼鏡と一緒に沈黙を保っておく。
「精霊鑑別士には一部の情報漏洩がありました。ただ正確じゃない。内通者がいるにしては情報に欠けがあるんです」
後輩魔闘士の印章指輪をしている女性がいるが、誰なのかまでは分からずに朝礼の場で女性たちの手を見て探しているようだった。内通者がいれば指輪をしている者の容姿や名前を伝えるだろうから、手を見て探す必要はない。
定性調整の精霊の存在とそれが専属精霊であることは知っていたが、定性調整ではなく除染の精霊だと誤解している様子だった。
「情報漏洩が内通者経由ではなく、例えばこの盗聴虫経由だとしたら、精霊鑑別士がした誤解に納得できます。会話だけでは把握できないことを把握していないからです」
『妹さん、新米審査官が文献で調べたと前置きして伝えてください』
言われた通り前置きを言ってから新米の話を伝える。
盗聴虫が転送できる範囲は狭い。仮に除染室に虫がいるとしたら、探査基地前の転移施設付近までしか音波を飛ばせない。会話がなされている時に音波が届く位置に待機して、専用の音波変換装置で聞き取る。
基地への荷物を持って徒歩で登山する歩荷隊なら、天候待ちや休息のために転移施設付近で過ごすこともある。歩荷隊にまぎれて時折盗聴するだけでは情報は不完全になるだろう。
なるほど、と後輩はうなずいた。
「もちろん不出来な内通者という線もあります。けれど精霊鑑別士の情報源が盗聴虫である可能性は高い」
中堅もうなずいて同意を示している。
「精霊鑑別士が隷従する主人は魔術名門一族内の隣国出身者という話だったね。魔法虫は隣国で発展した技術だ。王国で現物を見られる機会はほとんどないから、残念ながら魔法動物の専門家であっても詳しく知るのは難しいと聞いた」
ああ、そういえば…と後輩が遠い眼をする。
「東塔の防衛評価の次の発表は、確か…」
「魔法鳥の行動制御と視覚共有術の改良。すまない後輩くん」
「いえ。後にして思えば我ながらつまらない研究でした。…それで、盗聴虫の駆除と同時に歩荷隊の所持品検査などを審査部に許可願えないかと」
「新米くん、すぐに審査部長と協議して手配してくれるかな」
眼鏡の向こうの新米へ中堅の指示を伝えた。
「妹さん、新米さんに伝えてください。盗聴虫を駆除する方法があるか調べて欲しいと」
盗聴虫に限らず魔法虫の駆除には駆虫虫というやや大型の狩り虫の集団を使うという。幼虫のえさとして、また縄張り意識から一帯の虫を一掃する。
しかし攻撃性が高く、虫だけではなく動物や人間にも刺傷被害を与えるため、駆虫が終わったら駆虫虫の巣を薬剤で駆除するという後始末が必要になる。
話を聞いた中堅が懸念のため息をついた。
「基地の生活圏内に放つとしたら、安全のために基地職員を一時退避させた方がいい。しかし基地の機能を一時でも中断させたくはない」
後輩も眉根を寄せている。
「同感です。霊木に対する食害が発生しないかも心配です。そもそも駆虫虫は入手可能なのでしょうか」
「魔法虫は隣国でさえ普通に流通しているものではないと聞いたよ。仮に入手可能だとしてもいつになるのか。こうしている間にも盗聴されている」
「入手出来たとしても盗聴虫の駆虫が完了したかどうか確認する手段を我々は持っていません」
「盗聴虫の音波を受信する専用装置というのを手に入れたいところだね。継続的に発信がないことが確認出来るまで、何度も一時退避を伴う駆虫を繰り返す羽目になる」
「魔力索敵が代替手段となり得ますが、大量の魔力と集中を消費するんです。魔闘士隊員を魔力探知と手作業による駆虫に割くとして、移動する虫相手ではやはり何度も繰り返す必要があります」
「北嶺探査基地設立の際には大量の什器や資材が運び込まれただろう。それらに盗聴虫を紛れ込ませたとしたら、基地全体にどれほど広がっているか」
「餌が分かれば誘い出せるかもしれません。静的で時間がかかりそうですが」
「え、わたし簡単だと思いました」
厳しい顔で話し合っていた二人が同時にこちらを向いた。
「木の実がなければ虫を食べる北嶺の天使のふわふわ、だーれだ」
フクメロ…、と呆然とした二人が同時に答える。
「フクメロが盗聴虫を食べるか分からない」
真面目な顔をした後輩からフクメロという言葉が出ると何だか笑ってしまう。
「フンを調べるとか?」
ふむ、と先に頭が動き始めたのは中堅の方だ。
「保存食として頬袋や腹の袋にためるかもしれない。時々袋を覗かせてもらうのはどうだろうか。その程度ならフクメロに苦痛を与えることはないだろう」
「確認するためには捕まえる必要があります。家具や什器の間にあんな小さくてすばしっこい動物に隠れられたら、どうやって」
後輩の問いには、中堅のポケットあたりを指差して答える。
「行動軌跡鏡を十分ごとに眺めては頬を緩ませてる人がいますよね?」
「にやついてるつもりはなかった」
「すみかの灌木を基地内に作ってあげたら、捕まえるのも楽になるのでは? 除染室とかどうでしょう。わたし、位置発信用の小粒の蓄魔晶石拾いをがんばるので」
後輩は呆然としたまま呟いた。
「あなたは王国の宝です」
「そう、わたしは野獣ではなくこの基地の守護精霊なのです」
「おっと。君の伝家の宝刀も健在だ」
「依然として魔力探知は必要になりますが、駆虫自体ではなく駆虫の確認だけで済むから負担は減ります。盗聴虫の専用受信装置を入手出来れば、それさえ不要でしょう。中堅さん、フクメロに優しい駆虫網作成に知恵を貸して頂けますか」
「もちろん。妹さんに顔も見たくないと言われたら、この基地を去るしかないと思っていたんだ。汚名返上し基地の安全に貢献できる機会をもらえて感謝する」
それから、と中堅は真面目な顔で続ける。
「傷跡を目立たなくさせる軟膏が王都にあると聞いた。詫びの一環として妹さんへ手配させてもらいたいが、どうだろうか」
「傷跡を後輩さんが気にするかによります」
後輩を仰ぐと、ぽかんと口を開けている。
「興味ないみたいです。じゃあ中堅さん、お言葉に甘えて」
「分かった、すぐに手配するよ。後輩くん、君も毎朝おはようの次に言うべきことがあるのではないかな」
「いや僕が興味とかではなく、妹さんがどう思うかで…」
「正論を言えばいいというものじゃないんだ。研究発表とは違うんだよ」
「それはそうですが、気にするかを気にされると思わなくて」
彼は潜めた深呼吸で狼狽を落ち着けようとしている。
「…僕は、あなたが気にするかを、気にするだけです。本当に」
誠実な瞳がまっすぐに見てくれて嬉しい。
「後輩さんらしくていいと思います」




