63. 手がかりも手も繋ぐ
新米審査官が奮闘し大急ぎで許可を獲得したという外出は、外出だけれど実際は護送だった。
怪我人という理由で担架にベルトで拘束され、定性調整使用防止に滅声マスクなるものを装着させられ、四人の魔闘士隊員に運搬されての帰宅だった。
制限時間は五分で、担架に乗せられたまま薬品庫の魔法錠を開けて薬の缶や瓶を片っ端から箱に移した。久しぶりの自宅を懐かしむ余裕もなく、魔闘士隊本部から北嶺探査基地に転移で戻される。
中堅審査官の監視つきで魔術省基幹除染室へ外出した時の待遇と雲泥の差だ。中堅と新米の審査部内での信用の差なのだろう。
除染室で待っていた後輩魔闘士に薬品庫の中身を詰めた箱を届けて、やっと担架から降りるというか放免された。
眼鏡型の魔術具を通じて護送を監視していた新米の恐縮する声がした。
『申し訳ありません。新米の身で取れる許可はこれが精一杯でした』
「兄の魔闘士隊史の本を持って来る時間もなく…」
「新米さん、良い仕事でした。形見分けを交換されずにすみました」
さて、と後輩は医師に薬瓶を渡して選別を依頼した。
「傷薬。油性基材。砂利か? 何らかの蜜。精油。咳止め。む…これは見なかったことにしておく」
「先輩またか…」
「塗料そのものはなさそうだ。製剤の度に調製する方が揮発による濃度の変化を避けられるからな。しかし困ったな、白い粉の種類が多すぎるぞ。水性基材に塗料の粉を高濃度で良く攪拌するんだろうが…」
医師の説明中に、ガチムチ魔闘士が大きな杯を運んできた。
「スムージーの話? はい妹ちゃん、内臓骨髄増し肉スムージー、旋風の精霊で撹拌したよー。治癒促進を受けたらこれをがんがん補給しないと肌ガッサガサで胸もしぼむよ!」
「超いただきます」
「はい飲んで回復、飲んで筋肉、飲んでお肌もつやっつやー」
楽しげに手拍子するガチムチの背後に、げんなりした後輩が見えた。
「先輩に高速撹拌を頼まれたのを思い出しました。僕は風の精霊が得意ですし…」
「例の、アイディアは兄、作業や処理は後輩さん」
「はい。白くて粘性の高い液体でした。知らないうちに同化潜行紋作りに加担していたとは不覚です」
「兄はこういう事態に備えていたのかもしれませんね。何か起きた時に後輩さんが気付いて、解決してくれるように。跡を拾って、真実に繋げてくれるように」
「僕が手がかりを拾い集めているだけだと思っているのは、先輩的にはむしろ正解ということですか」
「兄的じゃなくても正解です。研究者とか探偵とか捜査員とかにぴったり」
「僕的には魔獣を焼き裂く方が面白いんですが」
焼き裂くというありそうでない言葉の組み合わせを初めて聞いた気がする。
「審査官を救うというのもめったにない経験ではあります。この缶に見覚えがありますね。粉の質感も記憶に近い。二種類作らされたんです。濃度で消化液への感応度を調整するんでしょう。紋用と上塗り用」
「医務室の調製器具を貸すよ。しかし量が少ない」
「兄の薬の紋はすごく小さくて塗料の必要量が少なかったからですね。でもわたしたちは比較的大きな紋を作るしかできないから、たくさん消費しちゃうってことですね…」
「重ねがけを打つ術を絞らないと。攻撃性を誘発する精神操作術は数がある」
話しながら後輩は基材と粉の量をきっちり計り、撹拌棒に精霊を呼んで高速回転させている。速いけれど丁寧な手際だ。兄に便利に使われちゃうわけだな、と妹は納得する。
「妹さん、あなたは精霊鑑別士が中堅さんに術をかける瞬間を見ていましたね。動いた魔力量は?」
結局、早々に手がかりを拾い集め始める後輩が頼もしい。
「大きかったけど、複数の上級術にしては控えめでした。実はわたしも不思議に思ってたんです。精霊鑑別士は魔導が速くはないのに、あの温和な中堅さんに殺意を持たせるような強い術をよくかけられたなあって」
定性調整と同じで、本人の性格と離れた方向に操作する精神攻撃は魔力の消費が激しくなる。中堅審査官のような冷静で知性ある人格の持ち主に憤怒や闘争を仕掛けるのは、現実に説得が難しいように、操作術でも難度が上がる。
「それに中堅さんはアームガードに刻紋された攻撃術を一通り練習したんですが、わたし火傷してないんです。精霊鑑別士が攻撃してきた時、最初に出したのって火炎系でしたよね」
攻撃範囲が広く、一度着火させれば損傷を与え続けられる火炎系攻撃は最も初手に選ばれやすい攻撃術だ。
「避けるのに夢中で何の攻撃をされたか分からなかったけど、最初に駆けつけてくれた後輩さんは見えた?」
そういえば…と、後輩は医療用可食シートに小さな紋を試し描きしながら眉を寄せる。
「氷結、破砕風、風刃弾で受ける傷ばかりでした。あれはまるで対野獣戦のような…そうか、中堅さんはこないだの半闇性野獣戦で凍結破砕戦術を知った。暗示による明示で、妹さんを野獣だと思わせた。それなら対価魔力が少ない」
「中堅さんはわたしが野獣だって簡単に信じたってこと? ひどい」
「直前にスリーパーホールド習ったりするから…。あのアームガードは野獣襲撃の際、同僚を守りたいという中堅さんの希望で改良したものです。それをちょうど使いこなせるようになった時、目の前に野獣が現れたら」
「つまりわたし。ひどい」
「そう。憤怒や闘争扇動を使わなくても、中堅さんは非常に強い意思で攻撃するはずです。『人面獣心な娘』という精霊鑑別士の詠唱は、罵倒であると同時に暗示の明示でもあったわけです」
「ひどいけど頭いい」
「中堅さんの性格を考慮し正義感を利用して選ばれた、陰険な精神操作です。そういうところは本当に東塔派はうまいな」
眉をひそめた苦々しい顔で後輩は首を横に振った。可食シートに描いた紋をさらに別の白い塗料で上塗りしている。
「えっ、でもちょっと待って。精霊鑑別士が中堅さんの性格を知ってたってこと? 野獣だったら中堅さんは攻撃するって知ってたってこと?」
「妹さん、盗聴虫を知ってますか」
「えっと…こういう目をする後輩さんは、知ってるから聞いてるんです」
「僕のよき理解者でいてくれてありがとう。事情があって知った虫と同じ模様だったから、副隊長が除染室で見つけた魔法虫が毒虫ではないと分かって口を滑らせたんですよね」
「何でも知ってて怖い。手がかり集めすぎ。繋げすぎ」
「除染室の盗聴虫を仕掛けた人物は不明です。もしあれが基地中にばらまかれているとしたら? 先日、基地が野獣に襲撃されたこと。中堅さんがアームガードを改造依頼したことも、精霊のことも知られた可能性があります」
「あっ。精霊鑑別士は、わたしが後輩さんの指輪を持ってるって知ってて取り上げようとしてきた。連絡を取れる魔術具ってバレてたら、確かに嫌ですよね」
「いや、それは…どうだろう」
「服の中まで漁られたんですよ!」
「ごめん。僕が悪いんです。どうにかします。ところで同化潜行紋を試作できました。ちょうど予備ローブに妹さん用の防御術を施したものが出来たらしいので、試していいですか」
映像転送装置である眼鏡を後輩に託す。ローブをはおるとバチバチと闇性魔力反射音が鳴り始めた。闇堕ち魔闘士は緊張した面持ちで一歩下がってしまった。
同化潜行紋を描いた可食シートを渡された医師が、舌を出せと神妙な表情で告げてくる。医療実験感が怖い。
「野獣になりたくない。せめてフクメロで。ポケットいっぱいあるし」
「フクメロだと思って中堅さんが撫でまわしたら助ける気が失せます。大丈夫、鎮静を三回分。発動と検知と強制終了です」
同化潜行紋付き可食シートが舌に乗せられる。すぐに何だかぼんやりした。
不意に意識が覚めると、周囲は慌ただしく動き始めていた。机の上の薬品群が一気に片付けられ、可食シートの防湿容器が積まれ、精神操作術の紋の一覧が広げられる。
「妹さん、試験は成功です。潜行もうまくいきましたし、重ねがけの拒否による検知も強制終了もできました。ありがとうございます。あなたがた兄妹のおかげです、本当に」
肉スムージーの杯を預かってくれていたガチムチ魔闘士が晴れやかに笑う。
「代わりに妹ちゃんにキスしておこうか?」
「僕の支配的直下降気流で立っていられるか試したいんですか。中堅さんにかけられた術の検出に移ります。まず可能性の高い暗示、深暗示、激高、憤怒、混乱…対象と、期間の計時のアルゴリズム…」
後輩はリストを作りながらうめいた。
「強制終了用の塗料は絶対に残さないと…念のため三回分として」
リストの長さと同化潜行紋用の塗料の残量を見比べている。足りるか心配らしい。
「あの。兄の違反はわたしが受けます。兄は虫を使っていました」
魔闘士隊員たちの鋭い視線が集まる。魔術師なら魔法虫の技術は隣国で発達したと知っている。除染室には出所不明の虫が発見されたばかりだ。虫、その背後にある隣国の脅威に警戒している現在、これを言い出すのは怖かった。
不安に身も心も縮む思いがする。
今まで一度も思いついたことさえない疑問が口を突いて出た。
「兄は何者だったんでしょう…」
後輩や魔闘士隊員たちを通じて兄の様々な姿が明らかになるほど、嬉しくもなり不安にもなる。兄がどんな意図で言葉を発していたのか、どんな意図で何を作り何を遺したのか、何を思って自分をどう調整したのか。
後輩が勢いよく立ち上がるのが見えた。真っ直ぐ大きく歩いてきて、ローブの闇性魔力反射機能がバチバチと拒否するのも無視した。
「本当はハグしたいけど、怪我してるから」
両手を両手で包まれる。
「妹さんは腹立たしく思うかもしれないけど、」
バチバチ音に負けないよう声を張ってくれる。
「この三年間、先輩と一番長く過ごしたのは僕なんです。最期を看取ったのも。その僕が言う。先輩は救国の英雄です」
ぎゅう、と手を握られて搾られたみたいに、涙がこぼれてしまった。
「善き後輩として断言します。どんな違反をしようと、先輩は大局を俯瞰していた。王国の安寧を実現させようとした、それこそ自分の命を使ってでも」
「はい」
「僕にも魔闘士隊にも、先輩のこと何でも聞いてください。不安が消えるまで、消えた後も、何でも何度でも話しますから」
彼の背後で副隊長がにやりとハンドサインをする、『後で話そう』だ。それを見た他の魔闘士隊員も同じように『後で話そう』と示してくれた。
「はい」
心が温かくなる。大丈夫だと思えた。ありがとうございます、と笑顔を作って伝えると名残惜しそうにゆっくりと後輩の手が離れて行った。
「ごめん。除染をお願いします」
ガチムチ魔闘士が布で涙をごしごし拭いてくれて、手に除染クリームを追加してくれる。
「代わりに妹ちゃんにキスしておこうか?」
「そんなにしたければ雪を貫通させて地面とキスさせてあげますよ」
「後輩ちゃんを抱きしめておけば支配気流は撃てないもんね。俺の瞬速タックルとどっちが速いかなー?」
「おまえら終わってからやれ。で、先輩は虫を使ってどうやった」
医師が砂利かと言った薬瓶に入っているのは大小二匹で一組の虫だ。兄は確かにこれを使っていた。
「使い方は知りません。けど、虫のこと調べられそうな人がいます。後輩さん、眼鏡を使ってください」




