62. 分析に冴えてる
後輩魔闘士による説明は難しかったが、要点は理解した。
「わたしのローブを漁りたいと」
「その表現は乱暴ですが、妹さんにとってはそういう感覚なんでしょう。僕はあなたの所持品に干渉しないと約束したばかりだから」
後輩は悔しげに嘆いている。
精霊鑑別士が中堅審査官にかけた術を明かさない。中堅を解呪しなければ何の対策もないまま薬で眠らせ続けるか、魔術拘束具によって感覚器官と精神に障害を負ってでも術の有効期限が切れるのを待つことになる。
解呪するために同化潜行紋の手法を使ってローブの防御を回避しながら発動中の術を検出し、強制終了をかけてみるという。
「いきさつは分かったけど…わたしのローブの中に何を探してるんですか?」
「同化潜行紋の使用は禁術なので塗料は流通していません」
「持ってません」
「秘匿している魔術師がいても所持を認めないでしょう」
「持ってませんよ」
「魔術省の同化潜行紋の使用許可および試料照会、精霊鑑別士の家宅捜索令状は申請中ですが時間がかかります。その間に中堅さんが衰弱してしまう」
「持ってませんってば」
「僕は、先輩の白い魔法の錠剤シリーズがまさに同化潜行紋を使っていると推測しています」
「持って…ます。えっ、あれが?」
眼鏡をかけた後輩はにこりと微笑んだ。
「妹さんが僕に盛った『すぐに眠れる魔法の錠剤』、本当にすぐ眠れたんです。薬剤というより催眠の精神操作をかけられた可能性がある。他には何でしたっけ?」
何でしたっけと軽く聞いてくるが、もはや尋問の眼をされている。
「『眠くならない魔法の錠剤』とか」
「覚醒術でしょう」
「『眠ってる場合じゃなく一晩中魔力が増強しちゃう魔法の錠剤』とか」
調子よく尋問していた後輩が一瞬たじろいで目を泳がせた。
「…それは知らされていませんでした。使わないでください。絶対に」
「わたし固有魔力を増やしたくて、基地に赴任する時に持って来たんです。一晩しか効かないんじゃ意味がないし、眠りたいから結局使ったことはないけど…兄はあれを時々誰かと取引していたみたいです」
「先輩、あの人は…違反が増えていくな。とにかくお願いですから使わないでください」
「兄の作ったものは、出来るだけ使いたいんです」
「だったらええと…その薬について相談するのは僕だけにしてもらえませんかだから防音をとかうるさいですよ新米さん」
後輩は眼鏡をかなぐり捨てている。
紅潮した頬をべちべちと叩き、息を整えるという謎の行動を挟んで彼は気を取り直したように見えた。
「先輩の薬、まだありましたね?」
「『全てを』…」
言いかけて、はっとした。それです、と後輩尋問官が人差し指を立てる。
「『全てを無かったことにする魔法の錠剤』…」
「その薬の効果を知りたいんです。強制終了の気配がしませんか」
する、とてもする、と思いながら激しくうなずいた。
「使ったことないんです」
「分析するために一錠ずつ分けてもらえませんか。取り上げないと言っておいて心苦しいんですが」
「中堅さんのためなら。後輩さんが徹夜で研究するために眠くならない錠剤とか、眠ってる場合じゃない錠剤を使うのはだめです」
「ありがとう、約束します。眠ってる場合じゃない錠剤を飲んだら、研究してる場合でもなくなるんですけどね…」
珍しく歯切れが悪い。
風刃弾を浴びて何か所も破れ、切り落とされた髪が何束も張り付き、血を吸ったローブは悲惨なありさまだった。幸運にも薬を入れた金属缶は壊れていなくて、一錠ずつと言わず缶ごと託した。
へこんで擦り傷のついた缶とローブを後輩は悲痛な面持ちで見つめている。
「妹さんを隷従させようとするなんて…魔術省よりたちが悪い。北嶺の火口に逆さ吊りして魔獣になるまで観察してやろうか」
呟いた後半が物騒すぎて聞き違いかなと思う。
「どれも白い錠剤で似てるので、間違えないように説明します」
平らなのは同じで、輪郭が楕円や五角形などで見分けられるようになっている。
「色分けする方が簡単なのに、先輩は形状で差をつけた。同化潜行紋用の塗料が白しかなかったからではないでしょうか」
見分けづらいなと思っていただけで、深く考えたことがなかった。
「妹さんは粉薬の方が速く効くし増量もできるのに、と言っていました。錠剤でないといけなかったんです。紋を描き込む面が必要だから」
後輩は半闇性精霊の使用で固有魔力の闇性度が高い状態にあり、副隊長に除染室詰めを命じられた。ローブが使い物にならない妹も闇性魔力の影響を低減するため除染室にいて、二人で兄の薬を検査する形になった。
自室から拡大鏡や器具を持ち込んで、後輩は慎重に薬の被膜を調べている。
「仕組みが違ったらどうしよう。うっかり発動させたら寝てしまう…」
「『眠くならない魔法の錠剤』を調べればいいのでは?」
後輩は黙って調べる薬を変えた。
「先輩の薬の秘密を暴くことに高揚して、僕は馬鹿になってる…。あった、やっぱり同化潜行用の塗料で覚醒紋を隠してありました。背景となる基材は濃い灰色。催眠や覚醒は必要魔能が低い。使用者を術者とみなして発動させるんでしょう。鐘でチン! みたいに」
「おー…でも、兄の薬を飲んで魔力を渡したとか吸われたって感じたことはないんです。だから精神操作術だなんて思ったことがなかった。発動するための対価魔力はどうしてたんでしょう」
「僕もあの時気付きませんでした。恐らく、必要な魔力を貯めたごく小さな蓄魔晶石が錠剤の中に封入されている…ほら、ありました。潜行紋が現れたらこの石から魔力を使うようにアルゴリズムを描き込んであるんだろうけど」
後輩は単眼ルーペを眼窩にはめて薬を観察していたが、しばらくしてうなった。
「小さすぎる。普通は紋の模様欠けによる失敗を防ぐために、舌いっぱいの大きさに描くんです。小さすぎてあり得ないから、妹さんに催眠の薬を盛られた時も同化潜行紋の手法が使われてるとは気付けなかった。どうやって描いたんだろう」
「兄が違反まみれなので、もう何を言っていいのか良くないのか分かりません…」
後輩は深くうなずいて同意を示している。
「極小細密描紋の手法はまた後で。いま集中すべきは『全てを無かったことにする魔法の錠剤』です。これが味見的に術の重ねがけを試すものなら…他の錠剤より厚みがあるな。側面も使って最短で。対価の最小化が優先か」
観察に集中する後輩をそっとしておく。
強風によって物が散乱していた除染室は片付けられて、霊木の芳香がやんわりと漂っている。屋外暖炉は新たな薪を焚かれて燃え盛り、北嶺の寒空の下でも力強く熱量を届けてくれる。
どこか遠くで精霊鑑別士のわめく声がする以外は穏やかな、束の間の休息だった。デッキチェアで傷だらけの貧血気味な体を休めているうちに、鎮痛剤が効いて眠っていたらしい。
ふわり、と体にかかる毛布の気配を感じて目を覚ました。
「ごめん。逆に起こしちゃった」
後輩が毛布を追加してくれていた。暖炉は穏やかな燃え方に落ち着いていて、しばらく眠っていたと分かった。
目が覚めた時に安心する人がいてくれて嬉しい。
「ずっとこうしていたい。…中堅さんが餓死しちゃうか。兄の薬、何か分かりましたか」
「はい。基本的な考え方は同じでした。複数の紋を一錠で試すために多面を使った構造で、催眠、覚醒、催い…っと、一晩きりの魔力増強術などを瞬間的に試し、重ねがけを検知して強制終了するようです」
兄が薬でどうやって『全てを無かったことにする』のか不思議だったけれど、仕組みを知れば納得できた。
「中堅さんの解呪は扱うのが精神操作術なので安全面が不安でしたが、方向性が合っていると確認できました」
「解明できたんですね。後輩さん天才」
「天才なのは先輩です」
後輩は真面目な、謙虚な様子で言った。
「僕は先輩の跡を拾っているだけ。こんな薬は僕には思いつけない」
「禁術を使った薬なんて、兄だけでいいんです。後輩さんは思いつかなくていいんです」
「思いつけば、解除する方法だって思いつける。今回みたいな、何者かからの攻撃を終わらせることが出来る。僕はいつも後から手がかりを拾い集めているだけ。先輩の薬や妹さんの言葉から」
彼ほど頭がいいと思う人を他に知らないくらいなのに、本人は全く自信がないようだ。
「後輩さんがそう感じているとしても、後輩さんには観察の鋭さとか…思索の構築とかの才能があるんです。何かに気付いて考えをめぐらせてる後輩さんを見ると、すごいことが起きる気がしちゃうもん。実際すごいこと起きるし」
「そうかなあ…」
彼は空を仰いで首をかしげたが、吹っ切ったように姿勢を正した。
「集中。それで、先輩は自宅で製剤していたはずです。僕は先輩の業務机を自由に使わせてもらっていましたが、薬のことは全く知らなかったので。先輩の錠剤が同化潜行紋なら、塗料があなたがたの家に残されているはずです」
「薬品庫にあるかも。魔法錠がかかってて、わたしの固有魔力で開きます。あ、でも家の土台に造り付けなので、わたしが直接行かないといけない…」
後輩はローブから眼鏡を取り出すと遠隔会話で話しかけた。
「というわけで移動禁止令下にある妹さんの外出許可を取ってもらえますか。新米さんの覚悟を示せる絶好の機会かと思います」




