58. 石を大事に持っていたい
五感のうち三つが機能しなくなると、ほとんどの者は魔術を使えなくなる。
魔術行使を阻害する頭部の拘束具は騒がしい仮面とも呼ばれる。鼻から上を覆うヘルメットは精霊を使って視覚、聴覚、嗅覚に過負荷をかけることで、被拘束者の魔術行使を封じる器具だ。
魔導士新人研修でくじに負けた研修生が試着させられた。ほんの五秒で鼻水を大開放しながら泣きわめいていた。騒がしい仮面という通り名は拘束具が感覚器官に対して騒がしいうえに、被拘束者が騒がしくなるという意味らしい。
それが二つ、もしかしたらそれ以上も基地に常備されていると知り、新人魔導士は暴力は控えようと思った。
魔闘士隊副隊長はその騒がしい仮面を精霊鑑別士に装着し、さらに手足も物理的に拘束して放り込んだのは野獣用の檻だ。
「監禁独房が中堅審査官で埋まっているから仕方ない」
と涼しい顔をしている。
眼鏡をかけた後輩魔闘士が横で頷く。
「基地内で同化潜行紋使用、殺人教唆、破壊行為、精神操作を企てた危険人物への処置として、審査部もこの対応を認めるでしょう」
「今度はおまえがその眼鏡か」
副隊長は腕を組み、うんざりした横目で眼鏡をにらんだ。
「どうせ監視記録を取っているんだろ。腹が立つが役立ったな。尋問は撮るなよ、プライバシーとかデリカシーとかいうものへのご配慮が必要なご時世だからな」
後半の見事な棒読みに、おっしゃる通りですと後輩も棒読みに同意している。むしろ尋問こそ撮らねばならない場面だろうと思うが、決定的な証言さえ記録すればそれでいいのかもしれない。
会話は盗み聞きすべきと学んだばかりだけれど、聞かなかった方がいい気がしている。
「監視を二分切れ、後輩。上司として確認する」
「はい」
「おまえが持ってるのは化け物級に大容量の蓄魔晶石だな。バングルの石については報告を受けているが、他にもあるとは聞いていない」
副隊長は強風で吹き飛んでいたデッキチェアを直し、座らせてくれながら呆れた口調だ。医務室で蓄魔晶石を後輩に渡したのを見られている。
「上級攻撃術の強制終了を瞬間的に、しかも三連続はあり得ない。直後に支配的直下降気流を特急魔導もなしにやった。やるなら魔闘士の一分隊が必要な魔力量だ」
「先輩の持ち物でした」
看破された以上、後輩は石の存在を認めることにしたらしい。
ああ、と副隊長は納得顔で空を仰ぎ、遠くへ視線を飛ばした。
「あいつはあの時それを使ってくれたのか」
魔獣討伐の時の、兄の最期の一手を思い返しているようだった。
「半闇性野獣を砂にした結界的防御術の展開もそれだな。徹底した省魔力化と先輩精霊の頑張りですとか見え透いた嘘をついていたな」
「申し訳ありません。僕は、妹さんから借り受けているだけと認識しています」
副隊長は片眉を上げて思案顔になる。
「闇堕ちが大きな技を使うには必要不可欠か。先輩精霊を多用すれば自家汚染で定性調整の負担が増える。先んじて蓄魔晶石に魔導しておけば発動時間短縮にもなる」
「公に存在を明かせず申し訳ありません。魔術省には製法を知られましたが、現物は頻繁に紛失したり、何故か発見したりしている状態です」
「なくすのは故意じゃない。仕方ない」
しれっとした棒読みに、仕方ないんですと後輩も棒読みで返す。
「中堅が妹の攻撃に使ったアームガードにもかなりの容量の石がついていたな。今後、魔闘士隊にも似たようなものが必要になってくる。闇堕ちを出さずに、得意不得意に関係なく正確な攻撃をするために」
「あれは試作品でもあります。ただ、石の調達が困難です」
「今は王国中で蓄魔晶石不足が深刻だからな。入荷待ちだ。他に聞いておくべきことは? ないならその忌々しい監視眼鏡を使わせてやれ」
はいと答えて後輩は映像と音声の転送を再開したようだ。
「監視と言えば」
ふと思い出した様子で、副隊長はつかつかと除染室の霊木の茂みに歩み寄った。中腰で枝葉をかき分け、何かをつまみ出す。
「さっき、後輩が援護に来るのを把握するため魔力探知していたら、なじみのないやつが引っかかってきた」
指先につままれているのは爪の大きさほどの甲虫だ。背中に不自然な幾何学模様が入っている。覗き込んだ後輩が眉を上げた。
「もしかして魔法虫ですか。実物は初めて見ました」
「こいつは魔力探知で引っかけるのが難しい。狭範囲に強い探知をかけたから偶然見つけられたが」
「性能は?」
「さあな。性能別に模様が違うと聞いたが、そんなもの覚えようとしたこともない。元々は隣国の半端な技術だ。偶然ここに迷い込んで来たわけがない、面倒なことになった。後輩、魔術省の解析に回せ。私は尋問の準備だ」
ぽんと掌に虫を乗せられ、後輩はぎょっとした顔をしている。檻を運搬しに行ってしまった副隊長の背中と掌の虫を交互に見て逃げ腰になっている。
小さい頃、兄に虫や脱皮後の抜け殻を不意に渡されて唖然としていた子を思い出して、つい笑ってしまった。
「王都育ちは虫も苦手れふか? 魚を釣るにはこういう虫の幼虫がいいんれふ」
虫が逃げないよう、ハンカチで袋状に包んで縛ってあげた。
「毒を持たせた虫かもしれません」
と王都育ちは言い訳をしている。
「この模様ならだいじょ…あ、指輪出しとこ。ごめんなさい血だらけのよだれまみれに」
「…妹さん?」
とっさにごまかしたけど遅かった。横からヒタッと定められている視線を感じる。
自分も言い訳を思いつきたい。彼から眼鏡を奪って聞いてからじゃないと、言っていいのか分からない。
この虫が新米審査官に盗聴用器材として渡されたものと全く同じだなんて。




