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善き闇がち魔闘士が、  作者: シトラチネ
因縁の瓦解 編
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52. 善意を悪用される

『では中堅さんの魔導訓練に向かいますね』

「待ってください妹さん、後輩さんを映してください大事なことなんです」

 昨日の新米審査官は慌ただしく準備に追われた。絶賛経過観察中の後輩魔闘士の焦った顔を楽しむ程度の褒美はもらっていいだろうと思う。

 昨晩、中堅審査官から先輩魔闘士の妹へ眼鏡を渡してもらった。映像と音声の転送魔術具だと明かし、ちょっとした任務への協力を頼んだ。この仕事は中堅より彼女が適任に違いなかった。

 精霊鑑別士の監視だ。

 妹には昨晩のうちに後輩の印章指輪を外すように言っておいた。精霊鑑別士は魔闘士副隊長に怒られてしょんぼりしてみせていたが、すぐに探る視線を女性職員たちの手元に送っていた。

 後輩の印章指輪を持つ者がいることを知っていて、探している。事前に情報を得ている証拠だ。

 一方、後輩魔闘士はとても心配そうに妹の顔と手を交互に見ていて、けれどナーサリー懲罰走二十周がある。彼は坑口方面へ走り出しながら人差し指を唇の前に立て、次に耳、背後を素早く指してから駆けて行った。

 視界全体が傾いて、彼女が首をかしげたのが分かった。

「後で話したい、という魔闘士隊のハンドサインですよ」

 遠隔会話で教える。『僕が愛しているのは君だ!』のハンドサインでもしとけばいいのにと思う。

「指輪なしでご不便をおかけします。我々も精霊鑑別士として赴任するのが彼女だという憂うべき情報を入手したのが昨日のことで」

 東塔派と呼ばれ魔術界で権益を独占している派閥は、ある魔術師名門一族を核にしている。

 精霊を操る力に優れた魔能士、魔力を操る力に優れた魔導士、その両方を兼ね備えさらに攻撃術を得意とすれば魔闘士、これらをあわせて魔術師と呼ぶ。

 魔能の才能は完全に生まれつきで、血統型と突発型がある。血統型は優れた魔能士同士に遺伝で受け継がれる一方、突発型は平凡な能力の家庭に突然変異的に発生する。

 魔術師名門一族は魔能に優れた特性を維持するため、本家が一族内の結婚を決めている。一族の分家出身である後輩にも婚約者が決められていた。逆らう者は王国かこの世を出るしかないほど東塔派から迫害されると噂されている。

 けれど後輩は魔獣討伐後に闇堕ちしたことで、通達一枚で破談にされている。相手はすでに別の東塔派魔能士と婚約している。

 急展開をもたらしたのが先輩魔闘士に関わるとされる精霊の発見だ。

 仮に『半闇性精霊』とも呼ばれているこの精霊は、通常の精霊が純正の魔力で受け取る対価を半闇性魔力で受け取る。そして闇性魔力を純正化する。

 闇性魔力を放出するのが北嶺そのものだという事実は情報統制下にある。代わりに魔術省は魔獣の死骸が強汚染により処理が難しく、闇性魔力を強度に放散していると説明している。

 様々な要因で魔力需要が急上昇している現在、闇性魔力を純正化できる唯一の精霊を比較的低リスクで使える唯一の者として闇堕ちの立場は一気に改善したことになる。

 王令で討たれた魔獣を、王令で設立された基地で、王の剣と呼ばれる魔闘士が浄化する。これは非常に外聞の良い逸話になる。

 精霊鑑別士は半闇性精霊の鑑別依頼を見て、闇がち魔闘士の利用価値にいち早く気付いたのだろう。父親を通じて魔術師名門本家に交渉し、彼との婚約を一方的に決めたようだ。

 そして北嶺探査基地への転移のために来た魔闘士本部でたまたま再支給で用意されていた後輩の印章指輪を見つけ、自分のものにしたのだろう。

「問題は彼女が精霊鑑別士ではないことです」

 精霊鑑別士という職はあらゆる精霊の検査を幾度となく正確に繰り返す必要があり、求められる魔能は最上級だ。

 彼女は上級魔能士ではあるが鑑別士には足りず、補佐の身分だ。父親が一族の中では権力者で、今回の半闇性精霊の鑑別に先遣という体裁で強引にねじ込んできた。

「鑑別は精霊運用を大きく左右します。闇性魔力が放出されるがままの現在、先輩魔闘士さんの精霊は王国にとって最重要の一つと言っても過言ではありません。補佐ごときに鑑別されてはいけません」

『ですね! 兄の精霊は兄が最期に希望を託して遺したものです。妹として兄の精霊が適正に扱われないのは見過ごせません』

 審査部は本日付けで精霊鑑別士を不適格者として解任請求するが、処分が下されるまでは鑑別士は基地に留まるだろう。精霊をいじくりまわされないよう監視しなければならない。

「魔能不足の不出来な精霊鑑別士にとって、後輩さんとの結婚は一族内での地位を得る逃せないチャンスです。彼女は許可を得るため本家に出向き、理由として半闇性精霊という関係者外秘の情報を話したはず。その相手を突き止めなければならないんです」

 情報漏洩先を特定するため、精霊鑑別士に盗聴を仕掛けたい。もし可能な場面があればと妹に頼んでおいた。精霊鑑別士の転移をエスコートした若手魔導士に盗聴用器材を密かに託してある。朝礼後に妹へ渡してくれたはずだ。

「急ぎだったので盗聴用器材は私的なものを急遽、自己判断で投入しました。だからこの件、中堅さんには内緒ですよ」

『私的に盗聴用器材を持ってたってことですか? 審査部こわい…』

「懲罰走の間は彼女も後輩さんに話しかけられないでしょう。中堅さんの魔導指南はその間に終わらせておいてください。雪の中でナーサリーを二十周、着替えも考慮して二時間というところでしょうか」

 扱うのは中級攻撃術が組み込まれたアームガードだ。中堅と妹は流れ弾の危険性を考え、普段からほぼ使われていない西坑口の外の雪原を訓練の場に選んだ様子だ。

 転送映像の中でしっかりと魔導の練習をして、中堅は蓄魔晶石から精霊に対価魔力を渡すのも慣れてきたようだった。

 さて、と新米審査官は体を伸ばす。

 眼鏡型魔術具には映像と音声の転送だけでなく、記録できる機能もある。記録すると必要対価魔力はぐっと増えるが、さすが王国魔導士、難なく安定した魔力供給をしてくれている。

 王の耳たる者として、自分の手足に使える者は適材適所で動かさなければ。

 自己満足に浸ろうとした時、映像の中で西坑口の扉が開いた。

『こちらにいらしたのね。探していたんですよ、中堅審査官さん』

 姿を見せたのは精霊鑑別士だ。香水を落としたか映像では分からないが、足元は不釣り合いなブーツを履いている。魔闘士隊の在庫を借りたのだろう。

 涼やかな笑顔だが内心は屈辱ではらわたを煮えさせてるだろうな、と新米は面白く眺めた。

『あら…、あなたのようね、新人魔導士というのは』

 精霊鑑別士は不審なものを検分するような視線を妹へ向けた。

『ご用でしょうか』

 中堅は通常通り、ややのんびりとした事務的対応をしている。

『修練のお邪魔をしてしまったかしら』

 雪原に設置された的や、破砕風弾や風刃弾で乱された標的人形を精霊鑑別士はやけに熱心に眺め渡している。

『審査部の方なのに疾風の精霊とは筋がよろしいのね。頼もしいわ』

『あくまで自己防衛のためです。ご用件を』

『ええ、そうね。これほど早く本題に入れるとは思わなかったけれど…。今回の精霊鑑別は特別なので、追加の条項が書式として正しいか、ご判断を仰ぎたくて』

 精霊鑑別士がローブから書類を出す。なるほど、と中堅が歩み寄ってそれを受け取ろうとした時、書類の陰からアトマイザーが霧を吹いた。怯んでよろめいた隙に、精霊鑑別士は中堅の口内に何かを押し込みながら詠唱を始めた。

『我らの忠実なしもべ、狂乱の精霊よ来たれ、』

「ありえない」

 新米審査官は叫びながら立ち上がる。

 既知の精神攻撃術は官給ローブの防御術で弾かれるはずだ。魔術省に勤める者なら、特に防衛術を専門とする東塔派の人間なら知らないはずがない。

『中堅を侵せ』

 なのに精霊鑑別士は呪文を続けている。中堅は口内に押し込まれたものを吐き出そうとしたようだが、何も出てこない。駆け寄ろうとする新人魔導士を手で制し、中堅は彼女の顔を、眼鏡を見据えて素早く手を動かした。

『あの人面獣心な娘と自らの身命を刈り払え!』

「ハンドサインか中堅さん、何を…『ど』、『う』、『か』、『せ』、」

『中堅さん!』

 頭を抱えた中堅から新人魔導士へ、鋭い風切音と共に破砕風弾が撃ち込まれた。

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